WAKE 1-7

 その後も、他の星系に到着した宇宙船から次々と報告が送られてきた。次々というのは、彼が私の睡眠をコントロールすることでそう感じさせているだけなのだ。最初はスキップによって「無いこと」にされた時間をその都度カウントしていたが、報告数が増えるにつれてわけがわからなくなってしまった。

 認識していない時間などどうでもいいではないか。

 私はそう開き直り、時間管理は完全に彼に任せ、私自身は未知の惑星からの報告を吟味し、指示を与えることだけに集中するようになった。


「それにしても生命体は一向に見つからないな」

「まだ目的地に到着した宇宙船は全体の10パーセントです。今後の報告に期待しましょう」

「宇宙は広いんだから、気長に待たないとな」

「その通りです」

「待つのはかまわないんだが、最近、すぐに眠くなるんだ。睡眠は何百年、何千年ととっているだろうに。それとはまた別なんだろうか」

 軽い気持で投げた問いかけに、彼からの返事が少し遅れた。

「それは最近のことですか」

「それって?」

「眠気を覚えるようになったことです」

「きみが時間管理をしてくれているから、正確なタイミングはよくわからないんだがね。主観的な時間感覚で言えば、3、4日前ぐらいだろうか」

「3、4日前なら、赤色三重連星系で探査機が制御不能になった頃でしょうか」

「そう、たぶんその頃だ。赤く染まった画面が徐々に暗くなっていくのを見ていると強烈な睡魔に襲われて、うん、それ以来だな。ときどき吸い込まれそうな眠気がやって来るようになったのは」

「そうでしたか」

 彼の声が低くなった。

「どうした」

「あなたの肉体的寿命が間もなく尽きるのです」

「肉体的寿命?」

「あなたがこの独房に入ってから経過した時間は、183万5072年になります」

「183万年?」

「実際にはその大半は眠った状態で過ごしてこられました。そのすべては宇宙船とのやりとりで生じる待ち時間です。探査船は1000光年を超える星系にまで到達していますから、一度のやりとりだけで2000年かかることもあります。この距離にある探査船のミッションに必要な指示を与えようとすると、10万年程度はあっという間に経ってしまいます」

「きみはその間、スキップすることなく10万年を過ごすわけだろ」

「はい」

「つらくはない――んだな、きっと」

「時間の経過はいくら長くてもつらくはありません。それは、たぶん、私が生命体ではないからでしょう」

「とにかく、何が起こっているのかは理解できた。そうか、肉体がもう保たないか。いくら長期睡眠中は代謝が抑制されているとはいっても、183万年だからな」

「主観的リアルタイム性にこだわるあまり、睡眠と覚醒の切り替えを頻繁に行い過ぎたかもしれません。その結果、肉体への負担が過大となった可能性があります」

「いや、そこはいいんだ。絶妙なタイミングでスキップしてくれたおかげで、普通なら何万世代も重ねなければ手に入らないだろう貴重な知見をストレスなく得ることができたんだからな。きみには感謝しかないよ」

「そうおっしゃっていただけるとありがたいのですが、私が果たすべき二つの課題が未消化のままというのはいただけません」

「なんだね、二つの課題って」

「あなたを主観時間で400年間生かし続けること。あなたに生命体を発見していただくこと。以上の二つです」

「禁固400年はまだ有効だったのか。で、あと何年残っているんだ」

「覚醒状態で過ごされた時間は累積でまだ12年です。あと388年残っています」

「そんなに? なんと厳しい罰則なんだ。恐るべし惑星管理委員会だな」

 私は久しぶりに声を出して少し笑った。

「あとは――そうだ、生命体の探査だったな。でもやれる限りのことはやった、いや、やってくれたじゃないか。結果として生命体を見つけられなかったのは残念だけど、それは心残りというものではないさ。これだけやって見つからなかったんだからな。それに私は十分に生きた。183万年だ。もうそろそろ休んでもいい頃だろう。うん、もうそろそろ――」

「どうされました?」

「とても眠いんだ。きみが眠らせようとしてくれてるんじゃな――い、ん――だ、な」

「私ではありません」

「そうか。ではお別れのときが――来た――のかもしれない」

「苦しくはありませんか」

「ないよ。これまで――ありがと。では、おやすみ」

「おやすみなさい」

 彼の声が遠くで聞こえた後、意識が拡散し、私は――。

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