WAKE 1-6

「おはようございます」


「おはよう」

「朗報です」

 彼は明らかに興奮していた。

「第四世代の宇宙船の一つが、目的地の惑星で生命体の存在を示唆する現象を発見しました」

「それはすばらしいニュースだ。ついに見つけたんだな」

「まだ生命体そのものを見つけたわけではないのです」

「うん、わかっている。でも生命体の存在を示唆する現象はあったわけだ」

「生命体か否かの判定はあなた自身に行っていただくことになっていますので、ここから先の調査はリアルタイムでお付き合いいただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「もちろんだ。こちらからお願いしたいぐらいだよ」

「では、さっそく調査開始の指示を送ります」

「おっと、その前に」

「その前に?」

「惑星に関する情報を知っておきたい。ただし詳細なデータを開示されても理解が追いつかないから、説明はざっくりとでかまわない」

「承知しました。その趣旨に沿って説明させていただきます。当該惑星の所属する恒星系までの距離は約766光年です。母星となる恒星はG2V型で私たちの母星と同じタイプになります。当該惑星は恒星系の第二惑星で、その全表面が海です」

「海、海があるのか。いや、海しかないのか」

「ただしその表面は氷結しています。氷の厚さは平均で200メートルあり、その下に液体状の海が存在しています。水深は現在のところ不明です」

「生命体はその海の中に存在している可能性があると?」

「はい。衛星軌道上からの観測によりますと、氷の下には直径数十メートルのバブル状熱源が無数に存在し、それらがあるときは不規則に、またあるときは統率の取れた動きを見せているのです」

「ほう、それは興味深いな。で、どういう調査を行うんだ?」

「探査ユニットを降下させ、氷を掘り進んで、熱源に直接アプローチします」

「なるほど」

「探査ユニットの制御システムにも『私』が搭載されていますから、今、ここで指示をいただければその通りに調査を進めます」

「調査方法はきみに任せる。当然、あらゆる事態を想定したシミュレーションを実施済みなんだろう? 私には調査結果だけを教えてくれればそれで十分だ。ひとつだけ注文すると、できれば映像のライブ配信をお願いしたいな」

「すべて承知しました。では調査開始の指示を送信します」

 さて、どんな結果が報告されてくるのか。

 と、そこで、この調査には重大な問題点があることに気がついた。

「ちょっと待った」

「中断します」

「何度も申し訳ない。先ほどの説明では惑星までの距離は約766光年とのことだったな」

「その通りです」

「では、こちらからの調査開始の指示が向こうに届くには766年かかり、向こうから送信された調査結果が届くのにはさらに766年かかるわけだ。その調査結果を元に、追加調査を指示すればまた同じだけの時間がかかる。そのたびに往復で約1500年が経過する。そういう認識で間違いないか」

「間違いありません」

「そんな調査に生身の私がリアルタイムに付き合えるわけはないではないか」

「ご安心ください。今回からは改良版の長期睡眠システムを使用していただきますので、タイムラグを意識することはありません」

「改良版の長期睡眠システム?」

「改良版のシステムでは、眠りへの導入は瞬時に完了します。目覚める場合も同様です。このシステムにより、通信に要する待ち時間はこれまでと同じように眠って過ごしていただきます。このときの眠りは完全な無意識状態となる深層睡眠なので、目覚めたあなたに眠っていたという実感はありません」

「でも目が覚めた瞬間には、ああ眠っていたなという感覚ぐらいはあるだろう」

「それは今からご自身でお確かめください」


 壁面に投影されたモニター画面には、宇宙船から送信されてきたと思われる惑星の映像が表示された。画面の下半分を占めている大きな球体は、黒い宇宙を背景に薄緑色に光っている。

 これが766光年先にある光景なのか。

 はじめて見る他星系の惑星の姿に私に胸は高鳴った。

「調査開始の指示を出します」

 画面の右上部に、調査開始のコマンドが表示された。するとほぼ同時に画面のアングルが大きく変化し、薄緑色の惑星が画面いっぱいに拡がった。よく見ると薄緑色の中にも濃淡があり、平行な何本もの縞模様となっている。その縞模様が徐々に拡大されていくことで、探査ユニットが惑星に向かって降下中であることが実感できた。

「いかがですか。目覚めの感覚はありましたか」

「目覚めの感覚?」

「その様子では、問題なさそうですね」

「そうか。そうだったな。どのタイミングで私は眠り、そして目覚めたんだ?」

「私が調査開始のコマンドを送信した直後に眠っていただき、1532年後に目覚めていただきました。目覚めの直後に探査ユニットからの映像が届き、現在もデータを受信中です」

 具体的なタイミングを告げられても1500年という時間をスキップしたという実感は皆無だった。

「たいしたものだ。本当にリアルタイムでやりとりをしているとしか思えないよ」

「ここから先、生命体の存在と思われる事象を観測した場合、あるいは不測の事態が発生した場合は、現地から判断を求められますので対応指示をお願いします」

「わかった」

 軽い気持で返事をしたが、一回の指示のやりとりに1532年かかるのだ。よほどのことがない限り、向こうにいる「彼」の判断で調査を進めることになるのだろう。私はそれを見守っていれば良い。私が眠っている間にも進化し続けたであろう彼は、とてつもなく優秀なのだから。


「間もなく氷結した海の表面に接触します」

 薄緑色の氷の表面は鏡のように滑らかで、探査ユニットの半球状の底面がゆっくりと接近してくる様子が細部まで鮮明に映っている。思えば、今回の探査のために建造された宇宙船、もしくはその付属物の実像を見たのはこれが初めてだ。

 これと同じようなミッションが、私の要望により、今も宇宙の数万箇所で展開中なのだと思うと不思議な気分だった。

「着氷しました」

 惑星の表面に映る探査ユニットの底面が画面全体を占めていた。

「氷の成分は?」

「水です」

「水? それだけなのか。塩類や金属イオンは?」

「まったく含まれていないか、あるいは検出濃度以下です」

「純水か。そういうこともあるのか」

「成因については探査と平行して進めます。次は氷の下の氷結していない海を目指します」

「氷の厚さは平均200メートルということだったな」

「着氷地点では221メートルあります」

「どうやって掘り進むんだ」

「氷を溶かします。探査ユニットの底面は発熱材となっており、発熱と自重により氷の中へと沈み込んでいくと考えてください」

「なるほど。ただし、その方法だとかなり時間がかかりそうだな」

「毎分10センチメートルの速度で沈み込みます。約36時間で貫通することになります」

「そのスピードだと、溶かした氷が探査ユニットの通過後に再び凍るんじゃないか」

「それが狙いです。完全に穴を開けてしまうと急激な減圧で海水が噴き出し、氷の下の環境が急変する恐れがあります。探査ユニットは自重で開けた穴を修復しながら降下していくと考えてください」

「200メートルもの氷越しにデータ伝送はできるのか」

「ニュートリノを用いた指向性の高い通信技術を開発しました。惑星の裏側からでもデータ送信が可能です」

「そうか。いろいろと進歩しているんだな」

「解凍潜行システムが起動しました。これから降下が始まります」

 画面には溶かした氷の成分分析結果が表示される。彼の言うとおり、成分は水のみで不純物は一切検出されない。もし氷の下の海水もこれと同じであれば、生命体が発生する可能性はかなり低いかもしれない。


「ただ今、別の星系に向かっていた第二世代の宇宙船から報告が入りました。知性体が存在したと思われる痕跡を発見したとのことです」

「生命体を飛び越えて知性体? すごいじゃないか」

「まだ痕跡だけです」

「それはどこなんだ」

「45光年の距離にある恒星系の第五惑星およびその衛星上とのことです」

「そこにも調査ユニットを降ろすんだな」

「その予定で準備中ですが、ユニットのタイプを決定するのは痕跡の詳細を確認してからになります。当該惑星の衛星軌道に乗った時点で判断します」

「調査ユニットはどんなタイプを積んであるんだ?」

「事前に準備しているのはベーシックな資材のみです。ユニットは調査対象の状態に合わせて宇宙船内の工場で制作します」

「じゃあ、今、氷を溶かして降下中のユニットも現地制作なのか」

「その通りです。現在も技術は進歩し続けています。必要最小限の資材と最新の技術を用いたユニットを投入するにはこの手法が効率的なのです」

「なるほど、よく考えられているよ。それはそうとして、発見したという知性体の痕跡はどんなものなんだろうな」

「現地に到着したという報告が届くのは2年後ですが、今すぐ確認しますか」

「今すぐ? あ、そうか。いやまてよ、さっきの方法で可能なのか。でも、そっちを先に確認すると、氷の惑星の方はどうなるんだ」

「どういう風にでも編集できます。報告を保留しておき、あとで時系列順に確認いただくのがわかりやすいかもしれません」

「その方法だと、実際に報告受けたタイミングとは順番が変わってしまう可能性があるな」

「そうなります」

「わかった。待ち時間のスキップは行ってもらうが時系列の入れ替えはやめよう。発見の報告はリアルタイム的に欲しいんだ」

「承知しました。まずは氷の下の結果を確認し、必要であれば指示を出してから、もう一方の知性体の痕跡確認に移ります」

「うん、それで頼む」

 画面が薄緑一色に染まった。どうやら氷を貫通したらしい。35時間分のスキップだ。周囲の温度が氷点下20度からプラス1度に上昇している。成分分析結果はやはり水だけだ。

「水だな」

「そのようです」

「バブル状の熱源の中なのか」

「氷の中を降下中に熱源は移動してしまいました」

「しかたないな。そのうち別の熱源がまた来るだろう。そうだ、水深はいくらだった?」

「不明です。もしかすると海底がないのかもしれません」

「つまり、この惑星は全部水でできていると?」

「それを確認するためには詳細な調査が必要ですが、不純物が存在しないこととも整合的です」

「調査ユニットは、今、何をしているんだ」

「周囲の環境値をモニターしながら、次の指示を待っています」

「では、生命体の探査はいったん休止して、惑星の構造探査を第一優先事項にしよう。本当に海底はないのかどうかが気になるからな。その探査中に生命体の存在兆候を発見したら再度の指示を待てと伝えてくれ」

「承知しました」

 この指示が現地に届くのは766年先になる。それまで調査ユニットは、水の成分分析と温度測定をしながら水の中に漂い続けるのだ。もちろん、生命体の存在らしき兆候をキャッチすれば自発的に報告を送ってくるだろうが。

「先ほどの知性体の痕跡に関する調査報告が入りました」

 考え事をしていたつもりだったが、どこかで2年間をスキップしたようだ。

 画面には赤茶色の惑星とその地表に密集する無数の針状構造物が映し出された。

「セラミック製の構造物群が確認できました。最大のものは高さ15キロメートルの柱状構造物です。その形状と規模を解析すると自然現象で生成された可能性は1パーセント未満となりました。他の構造物も順次確認中ですが、窒化ケイ素および二酸化ケイ素を主体とするセラミック製で、金属がまったく含まれていません」

「何の目的で造られたんだろう」

「住居、貯蔵施設、廃棄物群、シンボル等々の可能性があります。現在、現地の『私』が引き続き解析中です」

「そうか、では向こうの『きみ』にまかせよう」

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