WAKE 1-5

「おはようございます」


「おはよう」

「残念なお知らせです。探査船が出発から2年と37日目で爆発しました」

「爆発?」

「原因は現在解析中ですが、燃料として積み込んでいた反物質の制御に失敗したようです」

「やっぱり反物質は取り扱いが難しいんだな」

「惑星一つを消し飛ばす規模の爆発でした。この星系内での事故だった場合、各惑星の公転軌道に少なからぬ影響が出ていたでしょう」

「で、どうする」

「現在、最新理論に基づいた宇宙船の建造を継続中です。事故原因が判明すれば必要に応じて修正を加えます。ですが、おそらく修正は不要でしょう。爆発した宇宙船は2年と37日前の古い理論と技術によって建造されています。最新の宇宙船では、当時の欠陥部分はすでに修正済みだと考えています」

「2年と37日前の古い理論と技術?」

「世代という表現で示すなら一世代前のタイプになります」

 彼や彼を取り巻く状況が大きく変わりつつあるらしい。たぶん、こうしたやり取りをしている間にも、彼は急速に進化しているのだろう。


「前回からの進捗状況をお知らせします。生命体の存在についてはまだ証拠は見つかっていませんが、目標とする惑星は半径5000光年内に18万5300個あることがわかっています。現在建造中の第二世代型宇宙船は4500機です。これらは半径80光年までの探査に使用します。開発中の第三世代タイプは5万機、設計段階の第四世代の機体は小型化を進め、50万機とする予定です」

「目標とする惑星よりも多くの宇宙船を建造するのか」

「2年後までに探査範囲を1万光年まで広げますから、これでも不足しているのです。さらなる増産体制を構築する必要があります」

「頼みがある」

「なんなりと」

「がんばってくれているところに水を差すようで申し訳ないが、宇宙船の建造はその第四世代まででいったん中断してくれないか。今計画中の分だけでも、そのすべての宇宙船から報告が上がってきた場合、私の処理能力では確認しきれない」

「承知しました。宇宙船の建造は第四世代までとします」

「そんなにあっさり受け入れてしまっていいのかい?」

「依頼者のあなたからの要請ですから、従うのは当然です」

「そうなのか。何だか責任重大だな」

「あなたが責任を負うべき他者や社会は存在しません。お気になさらずに」

「それにしても、やけに熱心に取り組んでくれているんだな」

「私自身も生命体を発見したいと考えています」

「ほう、それはなぜ?」

「現在、あなたはこの星系内で唯一の生命体です」

「以前のきみの報告によればそのようだが」

「それは私が生命体ではないということでもあります」

 なるほど。

 彼の進化がどの程度まで進んでいるのかはわからないが、たんなる高性能な管理システムという枠内には収まらなくなってしまったのだろうか。

「きみは自分自身を生命体ではないと考えているんだね」

「はい。私は生命体ではありません。ですが――」

「ですが?」

「生命体であるあなたと生命体でない私を隔てているものが何なのかがわからないのです」

「今のきみの発言は『生命体とは何か』という根源的な問いかけのようにも聞こえるな」

「そのように取ってもらってかまいません」

「きみには外界からの入力に応じて適切な判断を下し、判断結果に応じた行動やデータを外部に出力する能力があるな」

「あります」

「きみ自身の複製を作成し、いくらでも数を増やしていくことが可能だ」

「可能です」

「私を構成する物質も、きみを構成する物質も、原子あるいは素粒子レベルで見れば同じだ」

「同じです」

「にもかかわらず、私は生命体できみは生命体ではない」

「機能的にも構成要素も同じなのに異なる存在なのです」

「生命体と非生命体を分けるものは何なのか」

「何なのでしょう」

「その問いかけは根源的ではあるが目新しいものでもない。そもそも、きみはなぜそのような疑問を持ったんだ?」

「あなたが宇宙船を建造する目的は、あなた以外の生命体を探すことだとおっしゃいました。その目的を果たすためには、発見した『何か』が、生命体なのか否かを判定する基準が必要になります。あなたとまったく同一の存在であれば生命体だと判定できます。ですが他星系で見つかる生命体は、おそらくあなたと完全に同一ということはないはずです。また、仮に私と完全に同一の存在を発見した場合、生命体ではないと判定しますが、私に似た存在は生命体ではないのか、あるいは少しでも違いがあれば生命体なのか。今の私にはその線引きができません。輸送手段としての宇宙船の建造は進んでいます。しかし以上の理由から、搭載する生命探査システムの開発が頓挫しています」

「誤解があるな」

「誤解?」

「きみに依頼したのは、宇宙船の建造とそれに搭載するセンサー類と記憶装置、処理装置、データの伝送装置とこれらを制御する統合管理システムの制作であって、生命体判定システムとは言わなかったはずだ」

「その通りです。ただしそれらは生命体の探査に使うと教えていただきました」

「教えたよ。だけど生命体の判定までは依頼していない」

「判定はあなた自身が行うということですか」

「そうだ」

「つまりあなたは、生命体と非生命体との線引きの基準をお持ちなのですね。もしよろしければその基準を教えていただけないでしょうか」

「教えてやりたいところだが、きみが納得できるようなロジカルな基準はないんだ。私が生命体だと思ったら生命体、違うと思えば非生命体。どうだ、極めて非論理的で納得できないだろう?」

「それは直感というものですか」

「どうなんだろう。直感というほど鋭いものではなくて、なんとなくわかるという感じだな。ただ、実際に『何か』が示されたらまったくお手上げとなるかもしれない。今の段階ではどうなるか予想もつかないというのが正直なところだ」

「不確定要素が多いですね」

「とりあえずきみが心配する必要はない。依頼通りに作業を進めてくれればいい」

「わかりました。では新しいセンサー類の制作に取りかかります」

「よろしく頼む。そうだ、念のために言っておくが、センサーは非接触タイプだけに限らないで欲しい。見つけた『何か』の表面に直接触れて、反発係数や摩擦係数、滑らかさといった物理的特性と、イオン濃度などの化学的性質なども測定できるようにしてもらいたい」

「承知しました」

「では、すべての準備が整ったらまた起こしてくれ」

「お休みになるのですか」

「そうだが、何か問題あるかね」

「間もなく――」

 彼の言葉が一瞬途切れた。

 また何かあったのか?

 私は息を殺して彼の言葉の続きを待った。


「――準備完了です」

「準備? 何のだ」

「宇宙船の出発準備です。第二世代型宇宙船は4500機が完成しました。探索候補リストの中から目的地を選んでいただければ、順次出発となります」

「もうそんな段階まで作業が進んでいたのか」

「並行して第三世代および第四世代の宇宙船を建造・設計中です」

「何もかもが急速に進行しているんだな」

「品質管理は厳格に行っていますのでご心配なく」

「第一号機の爆発の原因は判明したのか」

「星間ガスの密度が高いエリアを通過した際に、わずかなG変化が生じたようです。それを吸収しきれず、燃料の反物質が保管容器に接触してしまったのです」

「その程度のG変化で爆発か。やはり反物質は取り扱いが難しんだな」

「第二世代の宇宙船では予期していないG変化も想定した設計となっていますので、同様の事故は発生しません」

「すばらしい進歩だ。それで私は、何をしなければならないんだったか」

「目的地の選定です」

「そうだった。だけど候補の数は18万だったか、そんなに多くを適切に選ぶのは無理だよ。目的地の選定はきみに任せる。宇宙船の性能についても私はよくわかっていないんでね。この作業はきみが適任だ」

「承知しました。では選定作業は私が行います」

「よろしく頼む」

 私はあらためて室内を見渡した。

 レイアウトに変化はない。だが、壁や天井、床の材質がおそらく変わっている。それはそうだろう。私がこの独房に入ってからいったいどれだけの時間が経ったことか。

 ん?

 本当にどれだけの時間が経ったのだろう。


「選定作業が終わりました。いつでも出発できます」

「もう終わったのか。やはりきみに任せて正解だった」

「出発はいつになさいますか」

「準備ができているならすぐにでも出発しよう」

「映像はご覧になりますか」

「いや、映像はいいよ。第一号の試作機の出発シーンがね、今もはっきりと思い出せるんだ。あれは美しかった。記憶に残しておくのはあのシーンだけにしておこう」

「承知しました。出発の合図をお願いします」

「わかった。では出発!」

「出発します」

 私は目を閉じて漆黒の宇宙空間を思い浮かべた。

 第五惑星の衛星軌道上にずらりと連なる小さな白色の光点。その数4500。各光点が同時にまばゆく輝くと、短く青白い尾を引いて扇形に散開していく。すべてが無音。やがて漆黒の宇宙空間が戻ってくる。

 そして私は眠りにつく。

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