第11話 思い出の欠片

昨日ぶりに見る杵村さんと、俺の視線が交錯する。


「杵村さん…偶然だね」


なんとか言葉を紡ぐも、俺の顔は完全に固まっている。


それは思いがけない遭遇に加えて、単純に杵村さんの姿に目を奪われたからだ。


普段のおさげではなく、ストレートに下ろした髪にはカチューシャが着いている。フリルのついたブラウスに茶色のスカートを合わせた姿はまるで西欧の人形のようだ。


「そんなにまじまじと見つめて、何か変な想像しちゃってる?」


ニヤニヤした杵村さんが聞いてくる。俺は慌てて手を振り、


「そっ、そんなわけないだろ!ただ、いつもと雰囲気違うなって…」


「髪も違うしね。そう言う間宮くんはいつもと変わらないね」


杵村さんが俺の服装を眺めて言った。ちなみに今日も無難に無地のシャツとパンツを組み合わせている。


「それって、いつも通り地味ってことか?」


「あはは。確かに個性的かと言われればそれは違うけど、そこが間宮くんらしくて私は好きだけどな」


「そ…そうか?」


一瞬ドキッとしてしまう。杵村さんはナチュラルに相手の意識を奪うような言葉を発するから、マジで油断できない。


「と、ところで杵村さんは誰と来たんだ?」


話題を逸らすために、質問を投げかける。杵村さんは至って平静な顔を横に振り、


「誰とも。私一人だけど」


「え?そうなのか。てっきり、彼氏とデートにでも来てるのかと…」


オシャレしてるみたいだし、このショッピングモールに一人で行く人なんて聞いたことない。


「えー?私、彼氏なんていないよ?」


杵村さんはくすくすと笑った。俺は少し驚き、


「そうなのか?杵村さん、結構男子に人気ありそうだから…」


「私よりモテてる子なんてたくさんいるよ。それに、私は今いち恋愛には興味ないから」


軽く微笑む杵村さん。安堵と落胆が、ちょっとずつ俺の胸に巻き起こった。


「間宮くんは、誰かと来てるの?」


今度は俺が質問される。


「ああ。妹が映画を観たいって言うから、付き添いで来たんだ」


「てことは、間宮くんと妹さんの二人?」


「えっと、それはだな・・・」


凪沙の存在を誤魔化そうと言葉を探すが、杵村さんの全てを見透かすような目に、つい狼狽えてしまう。


「もしや、くだんの凪沙さんも一緒なのかな?」


はい、バレた。


「そ、そうなんだよ。でもこれは決してデートとかではなく・・・」


「あ!おにいちゃん発見!」


背後から聞き慣れた声がして振り返る。


「全く。女の子と出掛けてる時にすぐフラフラとどこかへ行く男は、デート終わりに振られちゃうわよ」


元気に手を振る明里と、不機嫌そうに腕を組む凪沙。


「噂をすれば、ね」


ニヤリと笑う杵村さん。俺は「はは・・」と乾いた笑いを漏らす。


こちらにやって来た二人は、すぐに杵村さんの存在に気づいた。


「あ、あなたは昨日の・・・」

「おにいちゃんまさかの浮気!?」


「そもそも本命がいないんだから浮気も成立しないだろ!」


俺たちのやり取りを見た杵村さんはにっこりと微笑み、


「こんにちは。間宮くんのクラスメイトの杵村舞夏です。凪沙さんは昨日ぶり、ね」


「どうも!私は間宮律の妹の明里です!いつも兄がお世話になってます!」


「き、昨日はどうも。ところで、どうしてあなたがここに?」


ぺこりと頭を下げる明里と、珍しく言いよどむ凪沙。


「小説を見に本屋へ入ったら、偶然ここで間宮くんとばったり。ほんと、びっくりしちゃった」


そう言って俺の顔をチラリと見る杵村さん。先程俺とぶつかった右手をそっと押さえている。俺はなんだか背筋が凍る感覚を覚えた。


「それはそれは、すごい偶然ね」


凪沙が、ジトっとした目を俺に向ける。


な、なんでそんな目で見るんだよ。


事実は小説よりも奇なり、って言うだろ。


「まあでも、市内で一番大きな本屋さんってここだから、読書家同士がここで出会うのは案外必然かもね」


杵村さんが天井を見ながら言った。


「え~?おにいちゃん、本なんて全然読まないじゃん。本物の読書家に失礼だよ」


「漫画ばっかり読んでる明里に言われたくないけどな」


せっかく杵村さんが出した助け舟を一瞬で沈没させる明里。


「漫画だって立派な文学なんだよ?漫画を否定することは文学を否定することと一緒なんだよ?つまり文学を否定するおにいちゃんは、やっぱり読書家の風上にも置けないね」


「わかったよ。俺の負けだ。勘弁してくれ」


俺は両手を挙げて降参の意思を示す。明里は「ふふん」と勝ち誇った顔を作る。


生まれてこの方、明里に口喧嘩で勝った試しがない。兄の威厳はどこへやら・・・


「あははは」


突然、杵村さんが声を上げて笑い出した。俺と明里と凪沙は、頭上に「?」を浮かべた。


「ごめんね・・・。こんなに楽しそうに喋る間宮くん、初めて見たからつい・・」


そう言って、目元の涙を拭う杵村さん。


「おにいちゃん、学校じゃもっと暗いの?」


明里が丸い目をして尋ねる。俺は「ゲッ」と思ったが、もう手遅れだった。


「暗いって言うか、外の世界をシャットダウンしてる感じ?自分で見えない境界線を引いてるって言うか・・・」


「えー。何その孤独と孤高を履き違えてる感じ。おにいちゃんらしくない」


「お前ら、随分と言いたい放題だな・・」


俺は額に汗を浮かべる。すると凪沙が急に俺の隣に並び、ぽん、と肩に手を置いた。


「私の前では、そんな様子ぜんっぜんないけどね。いつも優しくて、居候の私に気を遣ってくれて、私の記憶を取り戻すのに協力してくれて、、、とても頼りがいのある人よ」


突然褒め称えられ、俺は顔が熱くなった。


ていうか、凪沙昨日俺のこと「頼りない」って言ってたよな。

たった一日で評価変わりすぎてないか?


「頼りがいがあるかはともかく、おにいちゃんは間違いなく優しいよ!そんな他人に対して冷たい人じゃない!」


明里まで俺を褒めだした。何か言おうにも、喉の奥で言葉が詰まる。


「私も、間宮くんが本当は優しくて素敵な人ってことくらい理解してるわ。ただ、学校で被っている仮面を、妹さんや凪沙さんの前では外せているんだって・・・」


少しだけ悲しそうな顔で言う杵村さん。俺はいたたまれなくなり、慌てて言葉を口にする。


「人間って、誰だって表の顔と裏の顔があるだろ?学校と家で態度が違うくらい、別に大したことじゃないって」


「別に二面性を持つこと自体は否定しないけど、もしこの世界が本当の自分をさらけ出せないように作られているのなら、私はそんな世界捨ててやるわ」


腕を組んで言葉を返す凪沙。その表情は真剣そのものだ。


「世界を捨てて、その後どうするの?」


そう言った杵村さんと凪沙の目が合う。


「私と私の大切な人が、ありのままでいられる世界を作るまでよ」


そう言った凪沙は、ふん、と鼻を鳴らしてみせた。


・・・・なんか、かっこいいな。


毅然とした態度で自己主張する凪沙を見て、俺は素直にそう思った。


記憶を失くし、自分が何者なのかすら分からない。


そんな状況に置かれても、凪沙は決して自分を見失うことなく、己の信念を貫いている。


なんて真っ直ぐで、純粋で、眩しいんだろう。


俺は、これまで感じたことのないような胸の高鳴りを覚えた。


「あの~、そろそろ参考書、お会計してきていいかな・・」


明里が伺うような目で、腕に抱えた参考書を見せてきた。


「あっ、悪い」


間宮家の財政担当大臣である俺は、慌ててポケットから財布を取り出した。



*******


その後。


杵村さんと別れた俺たちはショッピングモールを後にして、駅前を散策した。


午後十四時半、一日の気温がピークに達するこの時間にも、たくさんの店が立ち並ぶ駅前にはたくさんの人だかりが出来ていた。


燃え盛る太陽に焼かれ、セミの大合唱を聞きながら、俺たちは歩いた。


左右に並んだ店に挟まれた広い道では、多くの人とすれ違う。みんな顔に汗を浮かべつつも、楽しそうに笑って歩いている。


「おにいちゃん、あそこのアイスクリーム美味しいらしいよ」


明里が左手前にあるアイスクリーム屋を指差した。なるほど、人が列を作って並んでいる。


「少し並ぶけど寄ってみるか?」


「うん!凪沙さんもアイス食べるでしょ・・・ってあれ?」


後ろを振り向いた明里の動きが止まる。俺も遅れて振り向く。


「・・・凪沙?」


後ろをついてきていたはずの凪沙がいない。


「あいつ、どこ行ったんだ?」


俺は小首を傾げる。


「さっきまでいたと思うんだけど・・・あ!あそこにいた!」


大声を出した明里が、人だかりの中心部を指差した。


目を凝らすと、行き交う人々の足元に、屈みこんだ凪沙の姿を発見した。


「凪沙さん!」 「凪沙!」


明里と俺は、どこかただならぬ様子の凪沙の元へ駆け出した。


「どうした?体調でも悪いのか?」


凪沙が立ち上がり、俺と目を合わせた。髪は乱れ気味で、顔色も良くない。


「・・・髪飾りを落としたみたい」


意気消沈といった様子で呟く凪沙。確かに見てみると、いつも白い光沢を放っている貝殻の髪飾りがついていなかった。


「マジか・・。いつ落としたことに気づいたんだ?」


「ほんのさっきよ。髪に触れたら、いつもあるはずの場所になくて・・・。一体、どこに落としたのかしら」


凪沙は困ったように頭を抱えた。


「ねえ、あの髪飾りってそんなに大切なものなの?」


明里が不思議そうな顔で言った。


「あれは凪沙にとって・・・」


幼馴染から貰った大切なもの、という事情を知っている俺はすぐさま明里に説明しようとする。


「ええそうよ」


ぴん、と背筋を伸ばした凪沙に、俺の言葉が遮られる。


「あの髪飾りは、かけがえのない私の思い出そのものなの。絶対に、何が何でも取り戻したい」


覚悟を決めたような、そんな表情で凪沙は明里を見つめた。


「そうだったんだ・・・。なら、今日は見つかるまで帰れません!だね!」


明里は笑顔でガッツポーズを作ってみせた。


「明里ちゃん・・・。ありがとう」


凪沙は目を細めて、明里を見つめた。


「凪沙さんのためなら、私はなんだってするよ!」


ドン、と自分の胸を叩いてみせる明里。


そんな二人を見て、俺は静かに一度微笑んだ。それから拳を握りしめ、口を開く。


「それじゃあ、三人で今日歩いた場所を手分けして探そう!」


「おー!」


明里が拳を上に挙げる。


「ありがとう間宮くん。・・・さて、私は引き続き駅前周辺を探そうと思うのだけれど、間宮くんと明里ちゃんはショッピングモールの方を頼めるかしら」


「え?私も凪沙さんと一緒に駅前を探すよ!」


明里が不満げな顔を作る。しかし凪沙は首を横に振り、


「外はこの気温よ。こんな猛暑の中ずっと歩きまわってたら熱中症で倒れちゃうわ。それに明里ちゃんもお兄さんと一緒の方が何かと安心でしょ?」


そう言って優しく諭す凪沙。熱中症の問題はお前も例外ではないと思うが・・・。


「心配しないでも私は大丈夫よ間宮くん。体力には自信があるし、何て言ったって喧嘩のプロですもの」


若干自嘲気味に言う凪沙。わかったよお前はか弱い女の子だよ。


「じゃあ今から一時間後、十六時に駅前の噴水広場に集合でいいか?」


俺はスマホで時間を確認しながら言った。


「了解よ。繰り返しになるけど、二人とも本当にありがとう」


凪沙が小さく頭を下げる。


「昨日言ったろ。俺は凪沙の存在を世界に認めさせるって。そのためにも、凪沙の記憶の欠片であるあの髪飾りを失うワケにはいかない」


「絶対見つけて戻ってくるから!倒れちゃダメだよ凪沙さん!」


俺たちの言葉を聞いた凪沙は頬を緩めて、


「ええ・・。では一時間後、また会いましょう」


俺たちは互いに頷き合う。



そうして俺と明里は駅前に凪沙を残し、ショッピングモールへの道を駆け抜けた。




































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