第32話 輝くステージ
『空色パレット』がパフォーマンスを終え、『カンパネルラ』の出番がやって来る。暗転したステージに光が灯ると、『輝く星に憧れて』のイントロが流れた。
「行くぞ!」
みんなの背中を追いかけながら、眩い光に向かって走る。ステージの中央に辿り着くと、観客席が一望できた。
その瞬間、僕は足が竦んだ。
観客席は7割ほど埋まっている。何千人という視線がステージに集まっていた。こんなに大勢の人の前に立ったのは初めてだ。
(怖い……)
恐怖に襲われる。いまの僕は、みんなのように笑えていない。ステージの上で放心したように立ち尽くしていた。
ダンスが始まる。みんなは練習通り踊れているのに、僕は動けなかった。
出遅れたことで、焦りが加速する。そんな中、海斗くんと視線がぶつかった。
海斗くんは優しく微笑みながら、拳を握ってガッツポーズを浮かべる。
大丈夫! そう励まされているような気がした。その姿を見て、恐怖が薄れる。
(そうだ。ステージに立っているのは、僕だけじゃない。練習通り、みんなで踊ろう)
イントロに耳を傾けると、身体が自然と動きだす。振付はちゃんと頭に入っていた。
もうワンテンポ遅れることもない。挽回できてホッとした。海斗くんに視線を送ると、にこっと微笑みかけられる。
(ああ、そっか。あれは海斗くんのスキルだ)
【ハイパーアシスト】
ライブ中にミスをした時、60%の確率でアシストする。
リズムゲームでミスをした時に、60%の確率で補正してくれるスキルだ。ゲームを始めたての初心者には、役立つスキルとして知られている。
ゲームでは何気なく恩恵を受けていたけど、実際にはメンバーがミスをした時にさりげなくアシストしてくれていたようだ。実に海斗くんらしいスキルだ。
海斗くんのアシストのおかげもあり、僕は何とか持ち返すことができた。
イントロが終わり、歌が始まる。歌い出しは
「♪~傷ついて眠れない夜は、闇夜に紛れて消えてしまいたくなる」
やや低音からスタートするAメロ。瑛士くんが堂々とした佇まいで歌い始めると、観客が一斉に注目した。
瑛士くんは片手を伸ばして左右に振る。その瞬間、観客は意図を察したようにペンライトの灯りをつけた。
(あ、瑛士くんのスキルだ)
【ビックバン】
歌の入りと同時に注目度が上昇し、10秒間のボーナスタイムに突入する。
リズムゲームでは、音符を叩いた時に入る得点が1.5倍になる。得点を効率よく稼ぐスキルだ。
瑛士くんが観客を惹きつけてくれたおかげで、会場内に徐々にペンライトが灯っていく。
レッド、イエロー、ブルー、オレンジ、そしてホワイト。それぞれの色がメンバーのモチーフカラーになっていた。
各メンバーのモチーフカラーは、学園の公式サイトで事前に発表されている。海斗くんはレッド、夏輝くんはイエロー、瑛士くんはブルー、
(僕を応援してくれている人がいる。信じられない)
公式サイトで明かしているのは、アーティスト写真とプロフィールだけ。そんな少ない情報にも関わらず、僕を推してくれている人がいるとは思わなかった。
エネルギーが身体の奥底から湧きあがってくる。もう、恐怖心はない。僕を推してくれる人の期待に応えたい。
僕の出番が回ってくる。大きく息を吸い、高らかに歌った。
「♪~見上げれば星が煌めいていて、いまならあの場所に行けそうな気がした」
サビに橋渡しをするBメロ。盛り上がるようにクレッシェンドをかけて歌った。
巨大なアリーナに歌声が響き渡る。やっぱりこの身体は良い声が出る。普通は自分の声なんて気持ち悪いと思ってしまうけど、この声は聴いていて心地良かった。
ステージ上から観客席を見渡すと、キラキラした笑顔に溢れていた。こんなに大勢の人から笑顔を向けられたのは初めてだ。
こんな自分でも、誰かを笑顔にできる。その事実が堪らなく嬉しかった。
高揚感に包まれながら自分のパートを歌いきると、バトンを託すように夏輝くんに視線を送る。
一瞬だけ視線が交わる。夏輝くんから微笑みかけられたような気がした。
大きく息を吸ってから、夏輝くんはサビを歌い始めた。
「♪~輝く星に憧れて、僕は列車に乗り込んだ」
心に響くような真っすぐな歌声。観客の視線が夏輝くんに集まった。
ステージの中央で歌う夏輝くんは、圧倒的な輝きを放っている。誰もが夏輝くんに釘付けになっていた。
「♪~過去の自分を追い越して、高く高く飛び立つんだ」
ペンライトの色がイエローに変わっていく。夏輝くんの色だ。巨大なアリーナがイエローに包まれた。
これも夏輝くんのスキルが影響している。
【ハイパワーサンシャイン】
圧倒的な輝きで観客の心を鷲づかみにし、15秒間のボーナスタイムに突入する。
リズムゲームでは、得点が1.2倍になる。ボーナスタイムに入るのは瑛士くんのスキルと同じだけど、時間が伸びたことで得点が上昇しやすくなる。音数の多いサビなら余計に。
(いまこの瞬間、夏輝くんの魅力に落ちた人が大勢いるんだろうな)
最前列にいた女性が、熱の籠った瞳で夏輝くんを見つめている。それは推しを称えるような熱い眼差しだった。
アイドルだ。僕らはいま、アイドルになっていた。
後半のサビをユニゾンで歌い切ると、二番が始まる。再び瑛士くんから順々に歌を回していった。
盛り上がりが衰えることなく二番を歌い切ると、ラストのサビに繋がる間奏が流れた。
ラストのサビは、僕と夏輝くんの見せ場。ここで決めて、最高の状態で締めくくりたい。
間奏を聴きながら、これから歌う歌詞を思い起こす。すると、この間のデートイベントを思い出した。
(ああ、やっぱりこの歌は、夏輝くんの歌だ。君に伝えたいことが全部詰まっている)
前世から、ずっと夏輝くんを推していた。一人ぼっちだった僕は、君の笑顔に勇気付けられたんだ。
そしてこの世界でも、僕はまたしても君に救われた。卑屈だった僕を、明るい場所まで引き上げてくれたんだ。
でもね、最近気付いたんだ。君に与えられるだけの存在じゃダメだって。
だから誓うよ。僕は、僕は――。
しん、と静まり返る。伴奏が止んで静寂に包まれた後、僕は歌った。
「♪~輝く星に憧れて、僕は列車に乗り込んだ」
手を伸ばした先には夏輝くんがいる。もう夏輝くんしか見えない。ステージ上で、僕は夏輝くんのために歌っていた。
「♪~いまは淡い光だけど、いつか君を照らす星になりたい」
君に守られるだけの存在じゃなく、君を守れる存在になりたかった。
(ダメだな、僕は。数千人の観客よりも、推しのためだけに歌っているなんて)
夏輝くんは、驚いたように目を見開いている。当然だ。こんな演出は練習ではしてこなかったんだから。
感極まってはじめてしまった演出だけど、夏輝くんにだったら届くような気がした。音楽室で歌った時のように。
僕のパートを歌い切ると、夏輝くんに後半のサビを託す。次の瞬間、信じられないものを見た。
夏輝くんは、僕だけに微笑みかけた。瞳の中には僕しかいない。好きで好きで堪らなかった推しの笑顔を、ステージ上で独り占めしていた。
「♪~輝く星に憧れて、僕は列車に乗り込んだ」
夏輝くんは数千人の観客ではなく、僕に向かって歌っている。差し伸べられた手は、僕だけに向かっていた。
「♪~たとえ行き先を見失っても、君となら辿り着ける気がするよ」
夏輝くんの感情がダイレクトに伝わって来る。感極まって泣きそうになった。
(ダメだなぁ、夏輝くんは。僕じゃなくて、観客に向けて歌わないといけないのに。これじゃあ、あとで海斗くんに怒られちゃうよ)
でも、嬉しかった。こんなのは最大級のファンサだ。
ステージに立っているのに、僕らは互いのためにだけに歌っていた。
観客席に視線を送ると、イエローとホワイトの2色に包まれていることに気付く。
(綺麗……)
あまりの美しさに圧倒される。イエローとホワイトのペンライトがアリーナ―全体を包み込み、強く、強く、輝いていた。
(夏輝くんの言った通りだ。ステージの上から見る景色は最高だ)
僕らはいま、星空の中にいる――。
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