第30話 1年生デビューライブが始まる

 スタトレをプレイしている中で、ずっと腑に落ちない部分があった。それは、本編とキャラストが完全に分離されていることだ。


 どういうことかと言うと、キャラストで上げた好感度が本編には一切引き継がれないのだ。


 キャラストで推しと親密になっても、本編に戻ると綺麗さっぱり忘れてしまう。その現象を目の当たりにして、酷くガッカリしたのを覚えている。


 夏輝なつきくんのキャラストがいい例だ。デートイベントの終盤で、夏輝くんはプレイヤーのことをあだ名ではなく、名前で呼んでくれる。前世でプレイしていた僕は、嬉しさのあまり悲鳴を上げた。


 きっと夏輝くんにとって心から信頼できる相手に昇格したから、名前で呼んでくれたんだと思う。だけどその喜びは、一時的なものだった。


 本編に戻った途端、夏輝くんはこれまでと同様にプレイヤーのことをあだ名で呼んでいた。名前呼びしていたのが、幻だったかのように。


 そういう仕様になってしまう事情は理解できる。多分、大人の事情だ。


 でも、いまは違う。


 キャラストから本編に戻っても、好感度はちゃんと引き継がれていた。その証拠に、


「詩音」


 夏輝くんの声で振り返る。夏輝くんは僕を上から下まで眺めた後、ふわりと微笑んだ。


「衣装、よく似合ってるね」


 胸の中をくすぐられたように、こそばゆくなる。名前で呼んでもらえることが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。


 信頼されていることが伝わって来て、思わずにやけてしまう。


 ちなみに夏輝くんが名前呼びをするのは、二人で話している時だけだ。絶妙なタイミングで呼んでくるから毎回ドギマギしてしまう。まったくどこまで僕を沼らせる気なんだ。


「夏輝くんも、カッコいいよ」


 心臓が暴れまわるのを感じながら伝える。目の前に現れた推しのビジュアルも、胸の高鳴りを加速させる要因になっていた。


【涼風夏輝 ライブVer】


 夏輝くんはいま、『カンパネルラ』の衣装に身を包んでいる。


 白地の燕尾服に紺碧のベスト、ボタンは金色。星空をイメージしたような装いだった。ジャケットには金糸で刺繍が施されており、華やかさを増している。


 足元には黒の編み上げブーツを合わせている。5cmほどのヒールが付いているせいで、いつもより背が高く見えた。


 ゲーム内で何度も見てきた衣装だけど、いざ目の前にした時の破壊力は凄まじい。尊過ぎて、昇天してしまいそうだ。


 ちなみに僕もお揃いの衣装を着ている。夏輝くんと比べたらぎこちないけど。


 僕達がライブ衣装を着ている理由は他でもない。1年生デビューライブ当日を迎えたからだ。


 僕たちは今日、『夢魔インキュバス』と勝負をする。ふと、先ほど確認した氷室のステータスを思い返した。


氷室ひむろ壮馬そうま

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 57

歌 51

演技 43

スキル サボタージュ


 予想した通り、氷室のステータスは50付近まで上昇していた。『夢魔』の他のメンバーは氷室よりは低いものの、各ステータスは40付近を推移していた。


 楽屋にいる『カンパネルラ』のメンバーのステータスも確認する。


夢野ゆめの詩音しおん

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 34

歌 55

演技 32

スキル スタートレイン



涼風すずかぜ夏輝なつき

✿…才能開花…✿

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 74

歌 73

演技 82

スキル ハイパワーサンシャイン



水瀬みなせ海斗かいと

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 42

歌 48

演技 39

スキル ハイパーアシスト



神宮寺じんぐうじ瑛士えいじ

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 46

歌 41

演技 38

スキル ビッグバン



矢神やがみひじり

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 59

歌 49

演技 46

スキル ラピッドグロウス


 氷室のステータスには到達していないものの、夏輝くんが才能開花したことで大きく差を付けていた。


 いまのステータスなら勝機はある。あとはライブ本番でミスをしないことが重要だ。


 ちなみにゲーム内では、ライブはリズムゲーム形式で進めていく。この世界ではリズムゲームの要素が、僕のパフォーマンスに置き換わっているようだ。


 だからこそ失敗するわけにはいかない。プレッシャーに苛まれると、無意識で表情が固くなった。


「もしかして、緊張してる?」


 夏輝くんに顔を覗き込まれる。余計な心配をかけないように全力で首を振った。


「き、緊張なんて、ぜんぜ」

「嘘だね。ガチガチだもん」


 夏輝くんは僕の肩に手を置くと、緊張をほぐすように肩揉みを始めた。


「俺たちの出番は最後だから、いまから緊張してたら持たないよ?」


『カンパネルラ』の出番は、1年生デビューライブのラストだ。夏輝くんの言う通り、いまから緊張していたら気力が持たない。


「楽屋のモニターからステージの様子が見れるから、他のユニットのパフォーマンスを見学してようよ」


「そう、ですね」


 夏輝くんに促されて、モニターの前に移動した。

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