第29話 才能開花
屋上のフェンスに寄りかかりながら、僕らは並んで座る。
「しおりん、聞いてもらってもいいかな」
「うん」
聞くよ、と示すように小さく頷くと、夏輝くんは話を始めた。
「俺さ、中学時代はいまみたいな性格じゃなかったんだ。人見知りで自分から話しかけにいくタイプじゃなかったし、愛想がいい方でもなかった」
「そう、だったんだ」
「でも、それじゃあダメだと思ったんだ。だから壁をぶち破って、距離を詰めていくようにしたんだ。えいちゃんには、距離近すぎってウザがられることもあるけど」
はははっと笑い飛ばす。僕も唇の端を持ち上げて笑って見せた。夏輝くんは頬を緩めながら話を続ける。
「いまの俺は、理想のアイドルを演じているだけの偽物なのかもしれない。けどさ、俺はいまの自分が結構好きなんだ。昔の自分より、ずっと好き」
ふと考える。それから僕なりの意見を伝えた。
「偽物なんかじゃないと思うよ。いまの夏輝くんもちゃんと本物だと思う」
もしかしたら最初は無理して演じていたのかもしれない。だけど、いまはそれだけとは思えない。いままで関わってきた夏輝くんが、理想のアイドルを演じているだけの偽物とはどうしても思えなかった。
多分、演じているうちに少しずつ本物になっていったんだと思う。背伸びをしていたら、いつの間にか背が伸びていたように。
「身体が成長するように、心だって成長します。多分、いまの夏輝くんは中学時代よりも成長しただけだと思います」
夏輝くんは驚いたようにこちらに見つめる。それから息をつくように微笑んだ。
「成長……そっか」
夏輝くんは空を仰ぐ。光を閉じ込めたようなキラキラとした眼差しだった。
「俺さ、アイドルも本当に好きなんだ。最初は逃げるようにして選んだ道だけど、いまでは本気でなりたいと思っている。アイドルになって、たくさんの人を笑顔にしたい」
「うん」
「カンパネルラのみんなも大好き。カイくんはいつもメンバーのためを思って行動してくれるし、えいちゃんは曲がったことが大嫌いな男前な性格だし、ひっちーはストイックに努力する天才だし、本当にみんなカッコいい。だから俺は、これからもみんなとアイドルを続けたい」
うん、と返事をしようとした途端、コテンと肩に重みを感じる。夏輝くんは僕の肩に頭を預けていた。
「もちろん、しおりんのことも。多分、みんなの好きとはちょっと違うけど……」
心地よい重みを感じる。夏輝くんは目を閉じたまま言葉を続けた。
「ねえ、しおりん。俺、頑張るから。だから、もっともっと俺のことを好きになってよ」
僕は息を飲む。気を許したように預けられた身体、安心しきったように閉じた瞼、規則正しい穏やかな呼吸音。そのすべてが尊い。夏輝くんに信頼されていることが伝わってきた。
嬉しさを噛み締めていると、ある異変に気付く。
(あれ? 夏輝くんの身体が光っているような……)
夏輝くんの身体がオレンジ色に光っている。ひとつの可能性が過り、僕は急いでステータス画面を確認した。
【涼風夏輝】
✿~才能開花~✿
高校1年生
アイドルランク ノーマル
ダンス 30→60
歌 31→61
演技 42→72
スキル ハイパワーサンシャイン
ステータス画面に「才能開花」の文字が加わっていた。各ステータスもぐーんとアップしている。
(才能開花してる!)
感極まって、僕は夏輝くんの両手を掴んだ。
「もちろんです! これからも推して推して推しまくります!」
僕の言葉を聞いた夏輝くんは、愛おしそうに目を細めた。
「ありがとう、詩音」
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