第27話 地上からは届かない
【スター☆トレイン
◆
「もっと泣けよ、夏輝。お前の泣き顔は、最高に興奮する」
中学時代、俺は虐めに遭っていた。尊厳を踏みにじられて、アイツの玩具になっていた。
身体中、傷だらけ。青痣と噛み痕が執拗に刻まれていた。
場所は決まって制服に隠れる箇所。周囲にバレるのを警戒していたのだろう。
きっかけはクラスメイトを庇ったことだった。虐められている気弱なクラスメイトを放っておけなかった。そこからターゲットが俺に変わった。
アイツからの虐めは、泣けば泣くほどエスカレートした。俺が泣く度に、アイツは恍惚とした表情で笑った。
泣くのをやめればいいのは分かっていたけど、勢いよく振り上げられた拳を前にすると反射的に涙が滲んだ。本物の暴力の前では、抗うことなんてできなかった。
こんな目に遭っていることは、両親には言えない。言ったらショックで泣き崩れてしまうから。
辛くて、苦しくて、もういっそ、全部リセットしたかった。
[――繁華街 PM7:00]
アイツから解放された後、俺は駅前の繁華街を歩いていた。すると、巨大なデジタルサイネージにアイドルのPVが映し出される。
[♪~]
思わず足を止めて、見入っていた。映し出されていたアイドル達は、キラキラと輝いていた。
星のようだと思った。
眩しかったからではない。自分とはまるで違う、何万光年も離れた存在だと思ったからだ。
[――住宅街 PM7:30]
帰り道。道路脇で黒猫が横たわっているのを見つけた。
最初は寝ているだけかと思ったが、触ってみると固くて冷たかった。外傷はないが、死んでいるようだ。
◆
「綺麗に死ねて、よかったね」
そう囁いた直後、
死に触れたせいかもしれない。妄想だと分かっていながらも、息の仕方を忘れるほどに動揺していた。
怖くなった。消えたいと何度も願っていたけど、いざ死を目の前にすると震えるほどの恐怖に襲われた。
俺は黒猫を抱きかかえて、夜の住宅街を走り出した。
[――自宅 PM7:40]
黒猫を自宅の庭に埋めることにした。放っておけなかったからだ。
[ザック、ザック、ザック]
スコップで穴を掘りながら、俺は泣いていた。
掘り返した土の中に黒猫を収め、柔らかい土をかけてあげる。
◆涼風夏輝
「ばいばい」
黒猫を埋めてから、そっと両手を合わせた。
目を閉じた瞬間、どこからともなく汽笛の音が聞こえた。顔を上げると、夜空に星が輝いていることに気付く。
◆涼風夏輝
「そっか。お迎えが来たんだね」
泥だらけの手を、夜空に伸ばす。何万光年も離れた星には、地上からいくら手を伸ばしたって届かなかった。
◆涼風夏輝
「やっぱり俺は、あの場所には行けそうにないや」
そう思った直後、アイツのにやけ顔が脳裏に過った。咄嗟に頭を抱えて蹲る。
虐められたことへの憤りはもちろんある。だけどそれ以上に、何もできない弱い自分が憎かった。
奥歯を噛み締める。零れ落ちた涙が地面に沁み込んだ。
しばらく蹲っていると、あることに気付いた。
◆涼風夏輝
「そっか。弱い自分だけを殺せばいいんだ」
立ち上がり、もう一度夜空を仰ぐ。
◆涼風夏輝
「弱い自分はもう死んだ。これからは新しい自分に生まれ変わろう」
夜空に輝く星には、地上から手を伸ばしたって届かない。だけど、ここから飛び立てばきっと近づける。
ふと、繁華街で見たアイドルの姿が蘇る。
遥か彼方で輝く星々。あんな存在に自分もなりたい。もう二度と、地上に引きずり降ろされないように。
弱い涼風夏輝は、今日死んだ。
いまだったら乗れるような気がした。
死者の魂を乗せて星空を駆ける、
[――自宅 AM7:00]
◆涼風夏輝
「父さん、母さん。俺さ、アイドルになりたい」
両親にアイドルになりたいと伝えた。二人とも凄く驚いていた。
当然だ。そんなこと一度だって口にしてこなかったから。
二人とも色々思うところはあっただろうけど、最終的には受け入れてもらえた。
母さんからは、アイドルを目指すなら
もしかしたら母さんは気付いていたのかもしれない。だからスクールに通うという名目で、逃げ道を作ってくれたんだと思う。
中二の終わりに、俺は転校した。そして新しい街に引っ越した。
そこで俺は、生まれ変わった。明るくて、人懐っこくて、笑顔が似合う、そんな人間に。
これでいい。アイドルを目指すキラキラした涼風夏輝が、いまの俺だ。
輝く星に、ほんの少しだけ近づけた気がした。
星架学園に入学してから、『カンパネルラ』のメンバーと出会った。才能に溢れた優しい人達だ。みんなと一緒なら、本当にアイドルになれる気がした。
だけど、ふとした瞬間に乖離が起きる。理想のアイドルを演じている自分と、弱い自分との間に。
夢の中で、あの日死んだ黒猫が言う。
――みんなが好きなのは、アイドルの涼風夏輝だけだ。
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