第26話 シリアスパートに入ります
デート中に突如現れた黒髪短髪の男。その姿を見た瞬間、
いつもの明るくて元気な夏輝くんは、ここにはいない。顔色はサッと青ざめて、手は小刻みに震えていた。
「
声が震えている。城田と呼ばれた男は、そんな反応すら楽しむかのようににやりと笑った。
「お前に会いたくてこの辺りで張ってたんだ。ここ、
「なんで、俺が星架学園に通ってることを……」
「同中の奴らの間で話題になってたからな。涼風夏輝がアイドル養成学校に入ったって」
くくくっと小馬鹿にするように笑う。見ているだけで不快だった。
だけど、まだ僕が出て行くタイミングではない。怒りを抑えながらスマホを握りしめた。
城田は夏輝くんの前髪を掴んで、強引に視線を合わせる。
「夏輝がアイドルねぇ。テレビに向かって笑顔を振り撒くの? へへっ、分かってねえなぁ」
そのまま耳元に顔を寄せる。僕は握っていたスマホを二人の傍に置いた。
城田は囁く。笑いを堪えたような口調で。
「夏輝は泣き顔が一番似合うんじゃねーか」
すーっと肝が冷えていく。夏輝くんが何も言わないのを良いことに、城田は興奮を滲ませたようなにやけ顔を浮かべていた。
「泣けよ、夏輝。その可愛い顔が涙でぐちゃぐちゃになっている様は最高にそそられる。他の奴じゃダメなんだ。俺はお前の泣き顔じゃないと満足できない」
夏輝くんの身体がビクンと跳ねる。反応を示したことに「くくくっ」と悦びを露わにした。
城田の行動はさらにエスカレートする。骨ばった手を伸ばすと、スタジャンの下に着たインナーに指を這わせ、脇腹から鎖骨までゆっくりと撫でた。
「なあ、俺の付けた傷、まだ残ってんの? 中学時代、その綺麗な身体を散々痛めつけてやったからな」
夏輝くんは浅い呼吸を繰り返している。錯乱しかけていた。それでも城田は止まらない。
「見せてみろよ。消えったって言うなら、もう一度付けてやるぜ。殴って、蹴って、引っ掻いて、噛みついて、忘れられないくらい、いたぶってやんよ」
「やめっ……」
「くくくっ……。いいねぇ、その怯えた顔、最高だ」
恍惚とした表情を浮かべる城田。そのまま夏輝くんの腕を引っ張って、無理やり立ち上がらせた。
「来い、夏輝。中学時代の続きをしよう」
腕を引っ張って店から連れ出そうとする城田。夏輝くんはその場に踏み留まり、抵抗していた。
夏輝くんの瞳には涙が滲んでいる。ヘーゼルの瞳からきらりと涙が零れ落ちた瞬間、プツンと僕の中で何かが切れた。
(限界だな)
体温が低下するのを感じながら、冷え切った瞳で城田を見据えた。
欲しいものは手に入った。これ以上、我慢している理由はない。
僕は椅子から立ち上がり、二人の間に入った。城田の手首を掴むと、勢いよく振り上げる。その衝動で夏輝くんの腕が解放された。
突如介入してきた僕に驚く城田。その間抜け面に、冷え切った口調で伝えた。
「汚い手で夏輝くんに触るな」
こんな風に誰かを威嚇したのは初めてだ。だけど不思議と恐怖はない。恐怖以上に目の前の男への嫌悪感が沸き上がった。いや、嫌悪感なんて生易しいものではない。これはきっと、殺意にも似た感情だ。
自分でも驚いている。どうやら僕は、推しのためなら【狂人】にもなれるらしい。
城田は驚いたように固まっている。もしかしたら、僕が隣にいたことにすら気付いていなかったのかもしれない。
だけど、それ以上に驚いている人物がいた。夏輝くんだ。
「しお、りん」
涙ぐむ夏輝くんに、そっと手を差し伸べる。
「大丈夫だよ」
安心してもらいたかった。だけど夏輝くんは僕の手を取ることはなかった。
「ごめん、なさい」
怯えるように謝罪の言葉を口にした瞬間、夏輝くんは店へ飛び出した。
~☆~☆~
本当はいますぐ追いかけたいけど、まだやらなければならないことが残っている。
飛び出していった夏輝くんに視線を送る城田。その視界に無理やり入り込んで、僕は薄ら笑いを浮かべた。
「お兄さん、ちょっと良いですか?」
突如視界に現れた僕を見て、城田は警戒の色を露わにする。
「なんだ? つーか誰?」
「夏輝くんのファンです」
「ファン?」
怪訝そうに眉を顰める。威嚇される前に、さっさと要件を伝えた。
「金輪際、夏輝くんに近付くのはやめてもらえますか?」
「なんでお前にそんなこと」
「不快だからです」
食い気味に答える。城田は口元を引き攣らせ、苛立ちを露わにした。
これ以上、余計な会話はしたくない。さっさと追い詰めることにした。
「約束、守ってください。じゃないと」
僕は城田の耳もとに顔を寄せる。あまり上品な言葉ではなかったから、周囲に聞かれないようにこっそり伝えた。
「みんなにバラしちゃいますよ。貴方が可愛い男の子を痛めつけて興奮するサディストのド変態野郎だってことを。
男の表情がサッと恐怖に染まる。
「なんで俺の名前を……」
僕は笑う。できる限り薄気味悪く。何をしでかすか分からない狂人のように。
演技のレッスンがこんな場面で活きるとは思わなかった。
「僕は貴方のことを何でも知っています。貴方が過去にしてきたことも、全部」
怯える男の顔を見上げながら、さらに追い詰める。
「バラされたくないですよね? 虐めの事実が世間に知られれば、貴方は非難される。この先、夏輝くんが有名になればなるほどに」
脅しの効果は十分にあったようで、男は冷静さを失った。
「しょ、証拠はあるのかよ? 俺が夏輝を虐めていたって証拠は!」
声を荒げて言い逃れしようとする。その逃げ道をきっちり塞いだ。
「ありますよ。ここまでのやりとりは、全部スマホで録音しているので」
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