第25話 一応、男の子なので
目的地に到着して、デートイベントが本格始動した。
やって来たのは、駅前のショッピングモール。日曜ということもあり、家族連れやカップルで賑わっていた。
到着して早々、約束通り服を見立ててもらうことになったのだが……これがなかなかに厄介な事態に陥ってしまった。
「しおりんは、可愛い色も似合うけど、モノトーンも似合うなぁ」
「お客さまぁぁ!! こちらの淡いブルーのシャツなんていかがでしょう? 薄手なのでこれからの時期にもぴったりですよぉぉ!!」
「いいですねぇ! 爽やか系も似合いそう、着てみてよっか、しおりん」
「はい……」
勧められた淡いブルーのシャツに袖を通すと、目の前の二人からほうっと感嘆の溜息が漏れる。
「いい、可愛いよ、しおりん」
「美少年は何を着ても様になりますねぇ」
「そ、そうですかねぇ……」
確かに
目の前の二人は、可愛い、可愛いとしか言わないからあまり参考にならなかった。
夏輝くんは一度試着室から離れて、店内を物色している。今度は何を持ってくるのかと待ち構えていると、予想以上にとんでもない代物を持ってきた。
「しおりん、次はコレ着てみてよ」
ぺろんと広げたのは、紺色のシャツワンピ。どう見ても女性用だ。
「いやいやいや、コレ、女性用でしょ?」
「そうだけど、しおりんだったら似合うと思って」
へにゃりと笑う夏輝くん。冗談だよって言われるのを待っていたが、いつまで経っても引き下がってくれなかった。本当に着る流れになりそうだ。それだけは避けたい。
「僕、一応男なんで女装はちょっと。そういうの着てほしいなら、本物の女の子にお願いしてください」
角を立てないように言葉を選びながら伝えると、夏輝くんはキョトンと固まる。次の瞬間、慌てたように僕の肩をガシっと掴んだ。
「違うよ!?」
「へ?」
必死な表情に圧倒される。夏輝くんは勢いのままに、自らの言い分を主張した。
「俺はしおりんのことを女の子の代わりとして見ているわけじゃないよ? ちゃんと男の子として見てるから! それだけは分かってほしい!」
「う、うん」
「ワンピースを勧めたのだってさ、女の子になってほしいからじゃない! 男の子のしおりんに男の子としてワンピースを着てもらいたいだけだから!」
「えっと、つまり、女装男子がお好きということで?」
「ちっがーう!」
ブンブンと首を振りながら叫んだ後、夏輝くんは恥ずかしそうに両手で顔を覆いながら白状した。
「好きな子の色んな姿を見たいって思っただけ」
好きな子という言葉に反応してしまう。一瞬ドキッとしてしまったが、恐らく推しという解釈で合っているのだろう。だとしたら、夏輝くんの言っていることも理解できる。
僕だって夏輝くんの色々な姿を見たくて、ガチャを回してきた。もしも女装イベントのカードが用意されているなら、絶対に引き当てたい。
「僕も夏輝くんの女装を見てみたいです」
「えっ」
「いえ! なんでもないですっ」
うっかりとんでもないことを口走ってしまった。案の定、夏輝くんはきょとんとしていた。おかしな空気を断ち切るために、試着室のカーテンを閉める。
「とりあえず、もとの服に着替えますねっ」
試着室で一人になってから、へにゃへにゃとその場で崩れ落ちた。
(推しとのデートは楽しいけど、ジリジリとHPを削られていく)
色々試着してみたが、最終的には淡いブルーのシャツを購入した。僕が選んだのを見て、夏輝くんも同じ色のトレーナーを購入していた。「これでリンクコーデができるねぇ」なんて楽しそうに微笑みながら。可愛すぎかっ!
~☆~☆~
ショップの紙袋を下げた僕達は、コーヒーショップに入った。カウンターで僕はブレンド、夏輝くんはカフェラテを頼む。品物を受け取ってから横並びの席についた。
「しおりんは砂糖入れる?」
「いえ、ブラックで」
「おっとな」
茶化すように笑いながら、夏輝くんはシュガースティックをさらさらとカフェラテに加えていた。
(知ってる。夏輝くんは甘党だもんね)
推しの好みは公式ファンブックで予習済みだ。あえて聞くまでもない。
僕は君のことならなんでも知ってるんだと優越感に浸りながらコーヒーを飲んでいると、夏輝くんが顔を覗き込むように首を傾ける。
「ねえ、しおりん。ひとつ聞いて良い?」
「ぐふっ……なんでしょう?」
コーヒーが変なところに入りそうになりながらも、不自然にならないように笑う。すると夏輝くんは、かしこまったような表情で尋ねた。
「しおりんはさ、いつから俺のファンだったの?」
「いつから?」
「うん。初めて会った時から尊敬の眼差し? みたいなのを向けられていたような気がしたから」
夏輝くんは、あははーっと恥ずかしそうに笑いながら視線を逸らした。
夏輝くんの指摘は正しい。中庭で会った時から、僕は夏輝くんに120%の愛を向けていた。普通の同級生と接する態度とは、明らかに違っていただろう。
夏輝くんのことは、前世から知っていた。ゲームを通して、ずっとずっと応援していた。
いまの夏輝くんだけでなく、過去の夏輝くんも、未来の夏輝くんも全部知ったうえで推している。夏輝くんからしたら、タイムトラベラーみたいな存在なんだと思う、僕は。
もちろん、そんな事実を告げられるわけがない。おかしな奴だと思われるだけでなく、この世界の根底すらも崩しかねない。
だから誤魔化さないと。120%の愛を60%くらいに抑えないと不自然だ。
「入学した時、ですかね。ひと際輝いている人がいるなーって思って……」
咄嗟に嘘をつく。夏輝くんは目を細めながら息を吐くように微笑んだ。
「入学した時か。うん、だよね」
だよね、が何を指すのかは分からない。だけどほんの一瞬だけ、目を伏せたような気がした。
僅かな変化に違和感を抱いていると、夏輝くんは何事もなかったかのようににぱーっと笑った。
なんとなく、無理やり明るく振舞っているように見える。気のせいなら良いんだけど。気持ちを切り替えるようにコーヒーを一口含んだ。
その直後、避けては通れないイベントが発生してしまった。
「よう夏輝、久しぶりだな」
嘲笑が混じったような男の声。夏輝くんの笑顔が一瞬にして消えた。
恐る恐る振り返る。そこには、黒髪短髪の高校生くらいの男が立っていた。男はポケットに手を突っ込みながら、半笑いでこちらに近寄る。
「会いたかったぜ、夏輝」
夏輝くんの表情が恐怖に染まる。化け物でも前にしたような反応だ。カフェラテを持っていた手も、微かに震えていた。
デートに夢中で本来の目的を見失っていたが、イベントはきっちり稼働していた。覚悟はしていたけど、いざ始まると胸が痛む。
『スター☆トレイン』には、大きな特徴がある。
アイドルを目指す男子高校生という華々しい設定とは裏腹に、キャラクター達は全員重い過去を背負っているのだ。
悩みなんてひとつもなさそうに見える夏輝くんもまた然り。そしていま、夏輝くんの過去が明らかになろうとしていた。
僕はスマホをギュッと握りしめながら、事の成り行きを静かに見守った。
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