第24話 推しとデートをしてきます

 日曜日。僕は駆け足で正門に向かっていた。


 今日は待ちに待ったデートイベントだ。期待と不安が入り交じりながらこの日を迎えた。


 昨日の夜は、緊張のあまりほとんど眠れなかった。初デート、それも推しとのデートだから緊張してしまうのも無理はない。


(絶対に粗相はしませんようにっ!)


 グッと拳を握りながらひっそりと決意した。


 夏輝なつきくんは先に正門に向かっている。同じ寮に住んでいるのだから一緒に行けばよかったのだけど、ゲームのシナリオ通りに進めるためにあえて外で待ち合わせをした。


 それに外で待ち合わせたほうが、デートっぽさが増してドキドキする。夏輝くんとは今朝も顔を合わせたけど、外で待ち合わせたらいつも違った夏輝くんに会えるような気がした。


 正門に近付くと、夏輝くんを発見する。その姿を見て、ズキュンと胸を撃たれた。


【SSR 涼風夏輝 デートVer】


 ベージュ×白のカフェラテ配色のスタジャンを、ゆるっと羽織っている。インナーはシンプルな白。首元にはさりげなくシルバーのネックレスを付けていた。ボトムスは黒のチノパンだ。


 コーディネート自体は知っていたけど、リアルで見た衝撃はデカい。可愛らしい色使いでありながらも、カジュアルな少年らしさを感じさせた。


 端的に言えば尊い。あんな尊い存在の隣に並ぶなんて恐れ多い。

 僕の存在に気付いた夏輝くんは、パアアっと表情を輝かせた。


「しおりーん!」


 大きく手を振る夏輝くん。掌がスタジャンの袖で半分隠れている。萌え袖だ。狙ってやっているのか天然なのか分からないけど、めちゃくちゃ可愛い。


 僕はぎこちない足取りで正門に近付いた。


「お、お待たせしました」


 開始早々にテンパっている僕だったが、夏輝くんはとくに気に留めることなくにっこり微笑んだ。


「外で待ち合わせるのって新鮮だね。デートっぽくてドキドキする」


 ニコニコ愛らしい笑顔を浮かべる夏輝くんの前で、ぎこちなく笑う僕。傍から見たら不釣り合いだと笑われてしまうかもしれない。


 すると夏輝くんがふふっと吹き出すように笑った。


「もしかしてしおりん、緊張してる?」


 見抜かれてしまった。いまさら誤魔化しても無駄だろう。


「夏輝くんがあまりにカッコよくて。さすがSSR」

「えすえすあーる?」

「何でもないですっ」


 緊張のあまり余計なことを口走ってしまった。これ以上余計なことを言わないように口を押さえていると、夏輝くんは目を細めながら穏やかに微笑んだ。


「カッコいいって言ってもらえたのは凄く嬉しい。ありがとう」


 こちらこそ、いいものを見せていただきありがとうございます。心の中で感謝感激の嵐に包まれていると、夏輝くんは僕の服装を上から下まで見つめる。


「しおりんの服は……ちょっと地味だね」


 夏輝くんにつられるように視線を落とす。いま着ているのは白のケーブルニットにシンプルなジーンズ。可もなく不可もないシンプルスタイルだ。僕のセンスというわけではなく、夢野詩音が持っていた服だ。


 夏輝くんと並んで歩くには地味すぎるかもしれない。不釣り合いな存在と本人から指摘されたようでサーッと青ざめる。


「スイマセン! こんな地味な奴と並んで歩くのは苦痛ですよね。いますぐ着替えてきます」


 引き返そうとする僕の手を、夏輝くんが慌てて掴む。


「待って待って、そう言う意味じゃないって! 地味だけど可愛いよ? しおりんはもとが可愛いから何着ても可愛いの」


「そんな馬鹿な」


 気を遣われているようで余計に辛い。申しわけなさでいっぱいになっていると、夏輝くんは困ったように眉を下げる。


「ごめん、こういう時はまず褒めないといけないよね。失敗したなぁ。俺、デートも初めてだから慣れてなくて」


 初めてというのは意外だった。夏輝くんならデートくらい経験済みかと思っていたから。


 とはいえ、お互い初めてというのはちょっと嬉しい。緊張が少しだけ和らいだ。

 落ち込む夏輝くんをフォローするように告げる。


「じゃあ、もしよかったら僕に似合う服を選んでくれませんか? 夏輝くん、センスいいから頼りになりそう」


 図々しいお願いと承知しつつも口にしてみる。するとシュンと落ちていた尻尾をブンブンと振り回す幻覚が見えた。


「選ぶ! しおりんに似合う服、選びたい!」


 キラキラの笑顔で見つめられる。あまりの眩しさに思わず目を細めた。


 今日の目的地はショッピングモールだ。夏輝くんのキャラストでもショッピングデートだったから、同じシチュエーションを選んでみた。


 だから僕の服を選んでもらうというイベントも十分成立する。イベントをこなしつつ、夏輝くんセレクトの服が手に入るなんて最高だ。


 目的が定まったところで、さりげなく手を差し伸べられる。


「じゃあ、行こっか」


 僕は夏輝くんの手と顔を交互に見る。


(手、繋ぐんだ!? 外でも距離感、変わらないんだ)


 気恥ずかしさは感じるものの、嫌な気はしない。


「うん」


 差し出された手を取って微笑んだ。


 ヤバい。まだ学園から一歩も出ていないのに、もう楽しいっ!

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