三章 君を照らす星になりたい

第23話 SSRをお迎えしたい

「ふふふっ、ついにこの日がやって来たぞ」


 早朝のリビングで、僕は一人ほくそ笑んでいた。他のメンバーはまだ就寝中。やるならいましかない。


 僕はステータス画面の上で輝く5つのスターをタッチした。


 スターが5つ溜まればガチャが1回引ける。前回は1日で5つ獲得できたけど、以降は3~5日に1つのペースでしか獲得できなかった。無課金勢には世知辛い世の中だ。


 そんなもどかしい状況だったけど、今日ようやくスターが5つ溜まった。これは浮かれずにはいられない。


【ガチャを引きますか?】

   YES  NO


(神様、仏様~! どうか夏輝なつきくんのSSRをお迎えできますように~!)


 両手を擦り合わせながらお祈りする。前回の【SR 涼風夏輝 バスケVer】も最高だったけど、一番お迎えしたいのはSSRだ。レアな推しの姿をこの目で拝みたい。


 願掛けとして、夏輝くんの好物のなめらかプリンも用意した。お迎えする準備は万端だ。


 僕は震える手でYESをタッチした。


 画面が切り替わり、煌びやかなステージが映る。ドラムロールが鳴り響くと、ステージの中央に人影が現われた。キランという効果音と共にカードが映し出される。


【SSR 涼風夏輝 デートVer】


 カードを見て、息が止まる。数秒立ってから、ようやく理解が追い付いた。


「はわあああぁぁぁ~っ! 夏輝くん!? うそうそうそ、本当に来ちゃったあああぁ~!」


 拳を突き上げながら歓喜する。嬉しさのあまり、早朝とは思えないほどにテンションが上がっていた。


 すると海斗かいとくんが血相を変えて飛んで来る。


「どうした!?」


 バタンと大きな音を立てながら、部屋着のまま現れた海斗くん。髪を縛っていない姿はレアだなぁ、なんて思いながら眺めていると、海斗くんにガシっと肩を掴まれた。


「夏輝に何かされたのか?」


 そこでようやく自分の異常性に気付く。


「えっと、そういうわけではなく」


 ガチャでSSRを引き当てて、歓喜のあまり叫んでいたなんて言えるわけがない。視線を泳がせながら言い訳を探す。海斗くんもリビングの中を見渡していた。


「夏輝は?」

「まだ部屋で寝ています」


 この場に夏輝くんがいないと分かると、海斗くんは「はあぁ」と大きく息を吐きながら脱力した。


「随分なまめかしい声が聞こえたから、俺はてっきり夏輝の奴が……」

「なまめかしい!?」

「あー、いや、忘れてくれ」


 なんだかおかしな誤解をされているようだ。この件に関しては夏輝くんは悪くない。どう考えても悪いのは僕だ。


 緊急性はないと判断したのか、海斗くんは部屋に戻っていった。窮地を切り抜けてホッと溜息をついた後、もう一度夏輝くんのカードを鑑賞した。


(このカードが出たってことは、アレができるなぁ……)


 スタトレでは、本編とは別にキャラクターごとのストーリー(通称キャラスト)が用意されている。先日のバスケイベントもキャラストの一種だ。


 通常はストーリーを読んで終了だが、SSRは少し勝手が違う。キャラストを攻略するとある変化が起きるのだ。


 才能開花――。

 各ステータスが跳ね上がり、急成長できる。


 才能開花をすれば、『夢魔インキュバス』との対決が有利になるのは間違いない。氷室ひむろとの差を埋められるチャンスだ。


 SSRをお迎えできたことも、推しのキャラストを進められることも、才能開花させてあげられることも嬉しい。だけど、気が進まない部分もあった。


(あのキャラストをリアルで見るのは、ちょっとしんどいな……)


【SSR 涼風夏輝 デートVer】


 このカードに関連するキャラストでは、夏輝くんの過去に触れる。涼風夏輝というキャラクターをより深く知るきっかけとなるストーリーだ。


 僕は推しのキャラストは何度も読み返しているが、このキャラストだけは一度読んだきりだ。


 正直、かなり重い展開で、思い出すだけで息が詰まる。


 推しには笑顔でいてほしい。一時的であっても、夏輝くんから笑顔を奪うのは心苦しかった。とはいえ、才能開花をさせてあげたいという気持ちもある。


 守りたい、だけど成長させてあげたい。相反する感情の間で揺れていた。


~☆~☆~


 いつも通り学校に向かう。隣にいる夏輝くんは、無邪気な笑顔を浮かべていた。


「今日も一日頑張ろうね、しおりん」


 何度も見てきた夏輝くんの朝の挨拶だ。この尊い笑顔を奪いたくない。


「うん、頑張ろうね」


 いまの僕は、ぎこちない笑い方をしているだろう。重い気持ちのまま桜並木を歩いていると、前方に氷室を発見した。


「げっ……」


 咄嗟に夏輝くんの背後に隠れる。夏輝くんも氷室の存在に気付き、意図を察してくれた。


「見つかると面倒だから、後ろで隠れてようね」

「ありがとう、ございます」


 やっぱり夏輝くんは優しい。僕は夏輝くんに守られてばっかりだ。


 推しの背後で身を潜めながら、こっそり氷室のステータスを確認する。


氷室ひむろ壮馬そうま

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 52

歌 44

演技 34

スキル サボタージュ


 前回確認した時よりもステータスが上がっている。夏輝くんのステータスとも見比べてみた。


【涼風夏輝】

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 30

歌 31

演技 42

スキル ハイパワーサンシャイン


 やっぱり差は埋められていない。地道にレッスンを続ければ追い付けそうだけど、才能開花させて一気に差を縮められたらどんなに楽だろう。


 才能開花に頼りたい一方で、やっぱり踏み切れない自分がいた。


「どうしたの、しおりん?」


 夏輝くんに指摘されて、ハッとする。


「なんでも、ないですっ」

「そう? 悩みがあったら何でも相談してね」


 なんで僕の推しはこんなに優しいんだ! 余計に好きになっちゃうじゃないか!


 熱くなった顔を隠すように、そっぽを向きながら伝えた。


「それは夏輝くんも同じです。何かあったら僕に頼ってくださいね」


 僕だって夏輝くんの支えになりたい。チラッと反応を窺うと、夏輝くんは驚いたように目を見開いていた。目が合うと、ふわりと微笑みかけられる。


「ありがとう、しおりん」


~☆~☆~


 夕食を終えた後、少しだけひじりくんとダンスのレッスンをしてから、シャワーを浴びて部屋に戻った。


 部屋の中は真っ暗で、夏輝くんは寝息を立てていた。僕は足音を立てないようにそーっとベッドに潜る。


 うとうとと微睡みかけていた時、頭上から苦し気な声が聞こえた。


「うー……やだ……きらいに、ならないで……」


 夏輝くんだ。うなされているのかもしれない。


 あまりに苦しそうだったから、梯子を登って様子を窺う。


 夏輝くんは固く目を瞑りながら、浅い呼吸を繰り返している。額には汗が滲んでいた。


 その姿を見た瞬間、かつての記憶が蘇る。確か夏輝くんのキャラストは、悪い夢を見るところから始まっていた。


(もうキャラストの影響が出ているのか)


 夏輝くんがうなされているのは、例のカードを引き当てたせいだ。選ぶ余地もなく、強制的にキャラストに突入してしまったらしい。


 夏輝くんの苦しむ姿を目の当たりにして胸が痛む。悪い夢から覚ましてあげようと、身体を揺さぶった。


「夏輝くん、大丈夫ですか?」


 呼びかけると、夏輝くんがゆっくりと目を開ける。


「しお、りん」


 開いた瞼から、潤んだ瞳が覗いていた。


「嫌な夢でも見ましたか?」

「よく分かったね」

「うなされていたから」

「そっか」


 夏輝くんはこちらと視線を合わせないまま、天井を見上げる。それからどこか淡々とした口調で尋ねた。


「しおりんさ、アイドルの涼風夏輝が好きなんだよね?」


 唐突な質問に面食らう。少しでも彼の不安を取り払ってあげたくて頷いた。


「はい」


 ようやく視線が合う。夏輝くんは、どこか作りものめいた笑顔を浮かべていた。


「だよね」


 好きだと伝えても以前のようには喜んでもらえない。夏輝くんが何を考えているのか分からなかった。


「心配事があれば、何でも相談してくださいね」

「ありがとう。でも、平気」


 夏輝くんはにっこり微笑む。これ以上は踏み入れさせないと線引きをされたような気がした。


(まだ完全には心を開いてもらっていないんだな)


 涼風夏輝は、簡単には弱みを見せない。物理的な距離は近いけど、本当はとても警戒心の強い子なんだ。


(夏輝くんから信頼されるためには、例のキャラストは避けて通れないか)


 僕はようやくキャラストを進める決心がついた。天井を見上げる夏輝くんに、意を決して告げる。


「夏輝くん、僕とデートしてくれませんか?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。信じられないものを見たかのような反応だ。


「デート!? えっ? しおりん、俺をデートに誘ってくれるの?」

「そのつもりです」


 改めて指摘されると恥ずかしい。男同士で出掛けることをデートなんて言わないのかもしれないけど、引き当てたカードが【SSR 涼風夏輝 デートVer】なのだから仕方ない。僕や夏輝くんがどう認識していようが、これから起こるのはデートイベントだ。


 戸惑っていた夏輝くんだったが、僕が冗談で言っているのではないと理解するとパアアと表情を明るくした。


「しおりんからデートに誘ってもらえるなんて嬉しい! あのシャイなしおりんがデートに誘ってくるなんて!」


 無邪気に笑う夏輝くんからは、先ほどまでの落ち込んだ雰囲気は感じられない。とりあえず気が紛れたようで良かった。


「次の日曜日でいいですか?」

「うん、いいよ! 楽しみだなぁ」


 感動に浸るように枕に顔を埋める夏輝くん。元気を取り戻したようでホッとした。


「じゃあ、僕は下に戻りますね」

「うん、おやすみ、しおりん」


 ひらひらと手を振る夏輝くんに手を振り返してから、僕は下のベッドに移動した。

 一人になってから、いまの状況を再確認する。


(勢いで誘っちゃったけど、推しとデートするのか)


 とんでもないイベントに突入しかけていることを自覚して、顔が熱くなる。


(生きて帰れるかな。色んな意味で……)

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