第20話 君は最推しだから
1日の予定を終えて眠りにつく間際、僕は『カンパネルラ』の育成計画を立てていた。二段ベッドの下の段でノートを広げ、メンバーのステータスを書き記していく。
(いまから本番まで約1ヶ月、効率よくレッスンを受けてステータスを上げないと)
本番まで30日と仮定すると、経験値は30~90の範囲であげられる。一度のレッスンで得られる経験値は1~3だからだ。
だけど、
だけど落とし穴なのが、ラビットグロウスの発動は『確定』ではなく『高確率で』ということ。毎回4の経験値が得られるわけではない。僕がゲームをプレイした所感としては約80%の確率といったところだ。
つまり、10回のレッスンのうち8回は4の上昇が見込めるが、2回は1~3の範囲でしか上がらないということだ。30日で得られるトータルの経験値をざっくり計算すると102~114といったところか。
これを、ダンス・歌・演技のレッスンにバランスよく割り振っていくのが僕の作戦だ。
(ラビットグロウスの効果を得るためにも、これからはまとまってレッスンを受けるのがいいだろうな)
あと考慮すべきなのは、氷室のスキルだけど……その辺りはいまの段階では確実なことは言えない。
ステータスを見比べながら明日以降のレッスンを決めていると、お風呂から上がった夏輝くんが部屋に戻っていた。白いTシャツに黒のハーフパンツ。ミルクティー色の髪は僅かに湿っていた。
「あれ? しおりんまだ起きてたんだ」
「あ、はい! 明日以降のレッスン計画を立てていて」
ノートをしまって返事をすると、夏輝くんは目を細めながら穏やかに微笑んだ。
「しおりんはカンパネルラの育成係だからね」
育成係なんて恐れ多い。僕はただ、ステータスが見える特性上、効率よくレッスンを割り振っているだ。
だけど役割を与えられて、期待されるのは嬉しい。チームの一員として認められたような気がした。
「ねえ、しおりん。ちょっとだけお話しよっか?」
「え? いいですけど……」
「ありがとう。じゃあ、そっち行って良い?」
そっちってどっち、と聞き返す前に、夏輝くんは二段ベッドの下の段に入ってきた。
決して広くはないベッドに、二人で並んで座る。やや閉鎖された空間の中にいると、秘密基地にいるような気分になった。もっとも僕には、友達と秘密基地を作った経験なんてないけど。
夏輝くんとの距離の近さにドキマギしていると、ふと話を切り出される。
「今朝はごめんね」
「何がです?」
「手、強く握って」
ああ、そっちか、というのが正直な感想だった。もっと謝るべきことがあるような気がするけど。勝手に宣戦布告したこととか。
「痛かったけど、嫌じゃなかった、よ」
素直な気持ちを明かしてみる。確かに手を強く握られた痛みはあったが、それ以上に手を繋いでくれたことは嬉しかった。とはいえ、嬉しかったなんて言ったら誤解されそうだから、嫌じゃなかったとしか言えない。
夏輝くんはへにゃりと表情を緩める。
「良かったぁ。しおりんに嫌われたらどうしようって怖かったんだ」
嫌われるなんてどうしてそんな発想になるんだ。おかしな夏輝くんだ。
夏輝くんは、俯きながら言葉を続ける。
「俺さ、自分が思っている以上に、しおりんのこと好きみたい」
「好き!?」
推しからの突然の告白に、全思考が停止する。ぽかんと口を開けながら固まっていると、夏輝くんは恥ずかしそうに俯きながら語った。
「今朝、ひむろんにキスされているのを見た時、すっごい嫌な気分になったんだ。多分、嫉妬しているんだと思う」
顔を上げて視線を合わせる。ヘーゼルの瞳は、真っすぐこちらを見据えていた。
「しおりんのこと、誰にも渡したくない。一番近くで応援していたいんだ」
誰にも渡したくない。一番近くで応援したい。
夏輝くんの気持ちを理解するために脳をフル回転させていると、ある結論に至る。
(これは同担拒否か?)
同担拒否とは、推しが被っている相手とは仲良くできない事象だ。推しを他のファンに取られたくないという独占欲から発症する、オタク特有の厄介な病である。
(同担拒否……分かるよ、夏輝くん! 僕もその傾向はあるもん)
推しへの愛が溢れ返った末に発症する同担拒否。それを自分に向けられているというのは光栄な話だった。
嬉しくて思わずにやけてしまう。そんな僕の心境とは裏腹に、夏輝くんは気まずそうに視線を落とす。
「男同士でこんなの気持ち悪いよね。やっぱり俺、しおりんとの正しい距離感が分からないや」
気持ち悪いなんてとんでもない。気持ち悪いのレベルでいえば、僕の方が遥かに上回っているのだから。
「こんな俺だけど、嫌いにならないでね」
(嫌いになるわけっ……)
捨てられそうなわんこのように不安そうな瞳をする夏輝くん。こんなに可愛い生き物を嫌いになるはずがない。
僕は夏輝くんの両手を掴んで、はっきりと宣言した。
「安心してください。僕の最推しはいつだって夏輝くんですから!」
キョトンとする夏輝くん。
「最推しってなに?」
改めて聞かれると困る。推しは「好き」という意味に等しいから、きっとこの言葉が適切だろう。とはいえ、面と向かって伝えるのは恥ずかしいから、耳元でこそっと囁いた。
「一番好きってことです」
「一番好き!?」
夏輝くんの表情がパアアアと明るくなる。瞳をキラキラさせ、周囲には花が舞った。かと思えば、勢いよく僕に抱きついてきた。
「好きって言ってもらえて嬉しい! 俺もしおりんのこと一番好きだよ!」
突然重心をかけられて、支えきれずに後ろに倒れこむ。ベッドに仰向けで寝転がると、夏輝くんは僕の胸にすりすりと顔を埋めた。
へにゃっと笑いながらじゃれついてくる夏輝くん。見ているだけで微笑ましい。
(やっぱり僕の推しは、世界一可愛い)
この純粋で可愛い生き物を守りたいと思った瞬間だった。
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