第18話 宣戦布告

 ライバルユニットである『夢魔インキュバス』の氷室ひむろから、ユニットに入らないかとスカウトされてしまった。


 原作では夢野ゆめの詩音しおんが『夢魔』にスカウトされる展開なんてない。衝撃的な展開に言葉を失っていると、瑛士えいじくんが真っ先に反発した。


「入るわけねーだろっ! こいつは俺達のメンバーだ!」


 その言葉に同意するように、海斗かいとくんが頷いた。


「瑛士の言う通りだ。詩音はもう『カンパネルラ』に加入しているんだ。そっから引き抜こうとするのはナシだろ」


「他のユニットから引き抜いてはいけない、なんてルールはなかったはずだが?」


「それはそうだけど、モラルの問題だ」


 海斗くんが説得を試みるも、氷室はやれやれと肩を竦める。


「これはエンジェルのためを思っての提案なんだけどねぇ」

「どういう意味だ?」


 眉をひそめながら尋ねる海斗くん。その顔を一瞥してから、氷室は立ち上がって一歩こちらに近寄った。


「カンパネルラには圧倒的な輝きがある。君達4人は等しく輝いているから、バランスが取れているんだ。だけど、エンジェルは違う」


「何が違うんだよ?」


「エンジェルの光は、月のように朧気おぼろげだ。君達の輝きを前にしたら埋もれてしまう。ユニットのカラーが合わなくて埋もれていった光があることは、君達も知っているだろう?」


『カンパネルラ』の面々は言葉に詰まらせる。夢野詩音は『カンパネルラ』に相応しくない。そう言われているようだった。


「エンジェルのためにも、ここは身を引くべきなんじゃないか? 夢魔でなら、エンジェルを輝かせることができる」


 依然として『カンパネルラ』の面々は押し黙っている。氷室の言葉に惑わされているようだ。だけど僕の心は決まっている。


(僕が夢魔に入る? 冗談じゃない! カンパネルラを抜けたら、一番近くで夏輝なつきくんを応援できなくなるじゃないか!)


 僕は夏輝くんの手を握り返す。そのまま断固拒否した。


「入るわけないじゃないですか。僕はカンパネルラのメンバーです」


 はっきりと断ると、『カンパネルラ』の面々に安堵の表情が滲む。僕が意思を示したことで、瑛士くん、海斗くん、ひじりくんが加勢してくれた。


「夢野本人がこう言ってるんだ! とっとと諦めな!」

「こういうのは本人の意思を尊重すべきだろう?」

「あっはっは! フラれたようだな、氷室」


 そうだ、そうだ、と頷きながら賛成する。その反応を見た氷室は、悩まし気に額を抱えた。


「強がる姿も愛らしいね。だけど君が抜けることは、カンパネルラのためでもあるんだよ?」


「どういう意味です?」


「君の存在がカンパネルラに影を与えるとしたら?」


 こちらの弱みを誘い出すように笑う氷室。その誘惑に、揺らいでしまった自分がいた。


(もしかしたら、僕はカンパネルラの異物なのかもしれない)


 もともと『カンパネルラ』は4人組ユニットで完成をしていた。そこに無理やり僕が加わったのがいまの状態だ。


 4人で釣り合いが取れていたユニットに、僕が加わって台無しになってしまったらと想像するとゾッとした。大好きなユニットを他でもない僕自身が壊してしまうことになる。


 またしても卑屈な考えに支配される。本当に嫌だ。やっぱりこんなにネガティブな奴がいたら、みんなの足を引っ張ってしまうかもしれない。


 そう思った直後、夏輝くんが一歩前に出て、氷室に立ち向かう。


「それなら、カンパネルラでしおりんが輝けることを証明すればいいんだね?」


 強気な夏輝くんの態度に、氷室が面食らう。


「証明する? どうやって?」

「ちょうどいいイベントがあるじゃないか。1年生デビューライブ」


 1年生デビューライブ。その言葉で、一同はハッと顔を上げる。


 夏輝くんは勝気な表情で微笑みながら、氷室にビシッと指をさす。


「勝負しようよ。1年生デビューライブで、カンパネルラと夢魔のどっちが頂点に輝けるか。カンパネルラが勝ったら、しおりんがうちに必要な存在だって証明できる」


 宣戦布告を受けた氷室は、肩を震わせながら笑う。


「面白い。受けて立とう。もし夢魔が勝ったら、エンジェルはうちのユニットに加入してもらうよ」


「うん、いいよ」


「ちょっ……ちょっと夏輝くん!? 勝手に約束取り付けて」


 抗議するも、顔を覗き込みながら制止させられる。


「大丈夫。勝てるから」


 その言葉に迷いはなかった。にっこりで微笑みかけられて、一気に心を持って行かれる。


(勝気な夏輝くん、めちゃくちゃカッコいい! でもその自信はどこから~!?)


 推しのカッコよさに悶えながらふわふわとしていると、氷室がこちらにやって来て微笑みかける。


「今日のところは引き下がるよ」


 氷室の伸ばした手が、僕の髪をそっと撫でる。


「エンジェル。今宵、夢の中で君と愛し合えることを願っているよ」


 サアァと寒気が走る。


(ああ、もう、気持ち悪い)


 夢にまで出て来られたら、気が狂いそうだ。嫌悪感を露わにしていると、氷室はひらひらと手を振りながら去っていった。


 本来であれば、一刻も早く視界から消したいところだったが、勝負の約束を取り付けられてしまった以上、戦力を確認しておく必要がある。僕は氷室のステータスを確認した。


氷室ひむろ壮馬そうま

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 45

歌 38

演技 27

スキル サボタージュ


(やっぱりだ。向こうの方が圧倒的にステータス高い)


 ゲーム内でもそうだったが、氷室は他のキャラクターよりもステータスが高い。序盤で引き当てれば、有利にゲームを進められるカードとして知られていた。初回のガチャで、氷室のカードを出すためにリセマラする人もいるほどだ。


(氷室に勝つには相当特訓が必要だろうな……)


 夏輝くんは勝てると言っていたけど、そんなに簡単な話ではない。勝つためにも、もっとステータスを上げなければ……。

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