第17話 ライバルユニットの登場
『プリズム』のライブから一夜明け、いつも通りの朝を迎えた。
昨日は憧れのアイドルのライブを観るというビッグイベントをこなしたことで、いまだに気分が高揚している。朝起きて、歯を磨いて、制服に着替えて、朝食を食べている間も、『プリズム』の曲が延々と脳内で再生されていた。
「ご機嫌じゃねーか、
「
浮かれているところを見られてしまった。ちょっと恥ずかしい。
「えっと……昨日のライブの余韻に浸っていて……」
正直に事情を明かすと、瑛士くんも腕を組みながらうんうんと頷いた。
「確かに凄いパフォーマンスだったな。ダンスもキレキレで見ていて惚れ惚れしたぜ」
「ですよね!」
食い気味に同意すると、瑛士くんはギョッとしたように目を瞠る。引かれたかと焦ったが、すぐにくくっと吹き出すように笑った。
「お前は本当にアイドルオタクなんだな」
「そう、ですね」
僕は照れながらも頷く。瑛士くんの指摘はもっともだ。
出掛ける支度を終えた僕と瑛士くんは、一足先に学校に向かう。
今朝の食器洗い当番は夏輝くんだ。その役目を放り出してこっちに加わることはできない。
そんな事情から僕と瑛士くんは、二人で学校までの道のりを歩いていた。連なるように並んでいる桜並木は葉桜に変わっている。
柔らかな風に乗って花びらが散る様子をしみじみ眺めていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おやおや、カンパネルラの瑛士くんじゃないですか」
僕と瑛士くんは一斉に振り返る。その直後、まったく同じ反応をした。
「「げっ……」」
現れたのは、ウェーブがかった銀髪ショートにフレームの細い眼鏡をかけた男。この人物を僕は知っている。
『カンパネルラ』のライバルユニット『
学年は僕らと同じ高校一年生だけど、同級生とは思えないほど大人びている。切れ長の一重まぶたを流し目にしながら微笑んでいる姿からは、無駄に色気が溢れていた。
イケメンであることは間違いないのだけど……正直僕はこいつが苦手だ。出来ればお近づきになりたくなかった。
だけど会ってしまった。この先に起こる展開も予想できる。
僕はさりげなく瑛士くんの後ろに隠れる。気配を消していたつもりだったが、見つかってしまった。
氷室は澄んだ瞳でじーっとこちらを見つめる。次の瞬間、真っ白だった頬がポワンと赤く染まった。
「マイ・スウィート・エンジェル」
最悪だ。フラグが立ってしまった。
氷室との出会いを回避できなかったことを悔いて左手で額を抑えていると、音もなく近寄ってきた氷室に右手を掴まれた。
(はっや! マズイ、この展開は……)
慌てて手を振り解こうとしたが、手首からがっちり掴まれていて振り解けない。心の中で悲鳴を上げていると、氷室は騎士のようにその場で片膝をついた。それから、ゆっくりと手の甲に唇を近づける。
「やっ……」
なんとか抵抗の声を漏らしたものの届くことはなく、チュっと軽いリップ音を立てながら僕の右手にキスをした。唇を離すと、潤んだ瞳と上気した頬でこちらを見上げる。
「なんて美しいんだ。まさしく漆黒の天使。僕の心は、君に奪われてしまった」
(やっぱりこうなるかぁぁぁ!)
僕は手を掴まれたまま放心していた。
~☆~☆~
『カンパネルラ』のライバルユニットである『
『夢魔』のメンバーでもぶっちぎりにイカレてるのが氷室壮馬だ。
一見すると色気溢れるイケメンだが、その中身は犯罪すれすれのド変態野郎だ。主人公である夢野詩音にひと目惚れしたことをきっかけに、彼(彼女)に強引に迫ってくる。
先ほどの手の甲にキスはまだ序の口。不意打ちのバックハグ、密室での壁ドン、耳元で破廉恥な言葉を囁くなど、やりたい放題だ。
制作者はなんでこんなキャラを採用したのかと問いただしたい。個人的にはスタトレの最大のバグだと思っている。
だけど氷室は何故か女性に人気だった。現実世界でもそうだ。『氷室様』と心酔する女性ファンが大勢いた。現に姉さんも氷室推しだった。
ちなみに前世で見た薄い本で、夏輝くんにアンアン言わせていたのも氷室だ。そのトラウマも重なって、僕は氷室を嫌っている。
そんな変態野郎が、夢野詩音(僕)に惚れてしまった。この先、数々のセクハラ行為を受けると考えるとゾッとした。
放心して真っ白になっていると、瑛士くんが氷室の手を振り払ってくれた。
「お前っ……何してんだよ! 夢野から離れろ!」
ガルルルッと猛犬のように氷室に噛みつく瑛士くん。原作でも瑛士くんは真っ先に助けてくれたが、そこは変わらないらしい。
僕を庇うように立つ瑛士くんを見て、氷室はフフっと不敵に笑う。
「僕とエンジェルとの仲を引き裂かないでくれるかな? 部外者は立ち去ってくれ」
「どう見たって夢野が怯えてんだろ!? これ以上おかしな真似したらただじゃおかねーぞ!」
「おかしな真似なんかしていないさ。僕はエンジェルと愛を育んでいただけさ」
「愛だぁ!? 寝言は寝て言え! 通りすがりの同級生にいきなりキスするなんて、セクハラ以外の何ものでもないだろ!」
僕は瑛士くんの後ろで、首がもげるほど頷いた。
瑛士くんと氷室がジリジリ睨み合いをしている中、背後から推しの声が聞こえた。
「しおりん……」
慌てて振り返ると、数メートル先に夏輝くんがいた。小さく口を開けて放心している。スクールバッグを持つ手は、僅かに震えていた。
(マズイ……。さっきのを見られたか?)
夏輝くんは虚ろな目のまま、ヨロヨロとこちらに歩いてくる。
「いまのは見間違いかな? しおりんがキスされていたような……」
見られていたようだ。最悪だ。
「ご、ごめんなさい!」
男が男にキスされる見苦しい現場を見せてしまって申し訳ない。推しの目を汚してしまうなんて、ファン失格だ。
「いまのは何のごめんなさい? 無防備でごめんなさい? それとも浮気してごめんなさい?」
「な、夏輝くん?」
様子がおかしい。いつもの無邪気な笑顔が消え失せて、殺伐としたオーラを放っている。
こちらに迫ってくる夏輝くんをビクビクしながら見つめていると、おぼつかない足取りで隣までやって来た。かと思えば突然右手を掴み、ぎゅーっと力任せに握った。
まるで握力検査をするような力の入れ具合だ。手の甲から締め付けられていて、指先に血が通わなくなる。振り解こうとしたものの、離してはくれなかった。
「いたい、よ……」
言葉を絞り出すように抗議すると、夏輝くんは我に返ったかのようにハッと息を飲む。
「ごめん!」
手を握っていた力を緩められる。だけど解放されることはなかった。
そうこうしている間に、
「お前ら何やってんだー?」
「なんだ? 事件か?」
『カンパネルラ』のメンバーが勢ぞろいした。それを見た氷室は、腕を組みながら不敵に笑う。
「みんな揃ったようだな。ちょうどいい」
「はあ? 何言ってんだよ」
瑛士くんが睨みつけるも、スルーされる。それから氷室は再び僕の前にやって来て、片膝をつきながら手を差し伸べた。
「マイ・スウィート・エンジェル。僕達のユニットに入らないか?」
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