第15話 お星さまハンバーグだって!?
バスケ勝負を終え、ヘトヘトになりながら寮に戻る。
結局、あの後も勝負は続いた。
寮に戻ってからシャワーを浴びて汗を流す。Tシャツとハーフパンツに着替えてリビングに向かうと、海斗くんが夕食を作っていた。
「あのっ、手伝います!」
手伝いを申し出ると、海斗くんは嬉しそうに微笑んだ。
「おー、助かる!」
「何を作るんですか?」
「今日はみんな頑張ったから、お星さまハンバーグにしようと思う」
メニューを告げられた瞬間、息が止まりそうになった。
(おっ……お星さまハンバーグだって!? あのコラボカフェでも即完売だった、海斗特製お星さまハンバーグ!?)
お星さまハンバーグとは、ゲーム内で海斗くんがみんなに振舞う料理だ。ライブ終わりやイベント終わりなど、みんなが頑張った時に出てくる。
ハンバーグの上に星型にカットされたチーズが乗っかっていて、見た目からして超絶可愛い。
(コラボカフェは恐れ多くて行けなかったけど、まさか食べられる日がくるなんて……感激だ!)
そわそわ、わくわくしていると、海斗くんにクスっと笑われる。
「幼稚園児みたいな反応するんだな」
「ええ!? そうですか?」
「目をキラッキラにさせて、満面の笑みを浮かべてたぞ」
恥ずかしい。嬉しさが顔に出ていたなんて。咄嗟に頬を抑えると、海斗くんにぽんと頭を撫でられた。
「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。こっちも作り甲斐がある」
目を細めながら笑う海斗くんは、どこか嬉しそうだった。
さっそく調理が始まる。海斗くんは手際よく玉ねぎをカットしていた。細かくみじん切りにすると、まな板ごとこちらに渡される。
「じゃあ、詩音は玉ねぎ炒めて。その間に俺はお星さまを作るから」
その発言にきゅんとしてしまう。海斗くんは、自分が可愛い発言をしているなんて微塵も感じていないようだけど。
フライパンで玉ねぎを炒めながら、お星さまが作られる過程を観察する。スライスチーズを包丁で星型にカットする海斗くん。包丁捌きに迷いがない。作り慣れている証拠だ。
「海斗くんは、料理上手なんですね」
ふと感想を漏らすと、海斗くんは手を動かしながら答えた。
「慣れてるだけだよ。施設にいた頃から手伝っていたからな。お星さまハンバーグもチビ達が喜ぶからよく作ってたんだ」
何気なくそう話した直後、海斗くんは手を止めた。数秒固まった後、視線を落としたまま言葉を続ける。
「あ、や、いまの忘れて」
咄嗟に誤魔化そうとする海斗くん。いまはまだ知られたくないのかもしれない。この話をしてくれるのは、もっと先だろうから。
いまの僕が知ったようなことは言えないけど、これだけは言える。
「海斗くんは、素敵なお兄ちゃんですね」
僕の知っている海斗くんは、仲間想いで、世話好きで、責任感の強いお兄ちゃんだ。みんなをさりげなくアシストしてくれる存在。海斗くんがいるから『カンパネルラ』はひとつにまとまっている。
感極まって頬が緩む。見守るように微笑んでいると、海斗くんはフフっと目を細めながら小さく笑った。
「詩音って、そんな風に笑うんだな」
「え?」
おかしな笑い方でもしたかと、頬を手で覆う。
「ごめんなさい、気持ち悪い笑い方でした?」
「そうじゃない。随分可愛い笑い方をするから和んだだけだ。夏輝がゾッコンになるのも分かる」
可愛いなんてとんでもない。可愛いのは夏輝くんをはじめとした『カンパネルラ』のみんなであって、僕は対象外だ。
「可愛いなんて、言わないでください」
咄嗟に抗議をしたものの、海斗くんは悪だくみをしている大人のようににやりと笑うばかり。
「可愛いはアイドルにとってステータスだ。その笑顔もいつかきっと武器になる」
「そんなことっ……。そもそも僕はアイドルになるような器じゃ……」
勢い余って、また卑下してしまった。悪い癖はなかなか抜けない。
反省したものの、海斗くんからはウザがられることはなかった。むしろ矛先は海斗くん自身に向かう。
「アイドルになる器じゃないのは、俺の方だよ。俺は華があるタイプじゃないし、あいつらみたいに明るいわけじゃない。育ちだって……」
その表情からは悲壮感が滲んでいた。
そんな悲しそうな顔をしないでほしい。海斗くんの表情が曇ると、こっちまで辛くなる。
自信を取り戻してもらいたくて、思いの丈をぶつけた。
「海斗くんはアイドルになるべき人です」
感極まって少し大きな声が出る。海斗くんは驚いたようにこちらに視線を向けていた。
視線が交わりながらゆっくりと時間が流れる。その間も僕は目を逸らさなかった。この言葉が嘘じゃないと証明したかったから。
先に視線を逸らしたのは海斗くんだった。どこか懐かしむように目を細めながら穏やかに視線を落とす。
「そう言ってくれたのは、二人目だよ」
知ってる。その人の期待に応えたくて、いまこの場所にいることも。だからこそ、言えることがある。
「誰かの推しになりたいと努力できる人は、アイドルになる素質があります」
自信を持って欲しかった。海斗くんはこの場所にいるべき存在であると。
海斗くんは柔らかく微笑む。
「ありがとう、詩音」
話はそこで中断となった。海斗くんに笑顔が戻ってホッとした。
~☆~☆~
「こ、これがお星さまハンバーグ……」
キラキラした眼差しで完成したハンバーグを見つめる。
平べったく成形したハンバーグの上には、星型にカットしたスライスチーズ。その上からデミグラスソースをとろ~り。食べる前から分かる。これは絶対に美味しいやつだ。
うずうずしているとデミグラスソースの香りにつられてみんなが集まってきた。
「あー! 今日はハンバーグだ!」
夏輝くんが真っ先にテーブルに駆け寄ってくる。にぱーっと嬉しそうに笑う夏輝くんは、子供のようで可愛らしい。
「夏輝くん。これはただのハンバーグではありませんよ。お星さまハンバーグです」
「なんて?」
「だから、お星さまハンバーグです」
親切心から正式名称を伝えると、夏輝くんは笑いを堪えながら視線を逸らす。
「くふふっ……しおりんの言い方、最高。そうだね、星のチーズが乗ってるからお星さまハンバーグだね」
なんだか馬鹿にされているような口調だ。おかしなことは何一つ言っていないはずなのに。
むっと唇を尖らせていると、瑛士くんと聖くんもテーブルを覗き込んだ。
「おー、今日は随分手が込んでるじゃねーか」
「チーズを星型に切るなんて、やるなっ、海斗!」
「お星さまハンバーグだって、しおりんがそう言ってた」
「ほーう、お星さまねぇ」
「天才的なネーミングセンスだなっ」
何だか僕が命名したような流れになっている。僕はただ、正式名称を言っただけなのに。みんなからニマニマ見つめられて居心地の悪さを感じていると、ご飯茶碗を持った海斗くんがやって来た。
「みんな揃ったな。さっそく食べようぜ」
~☆~☆~
念願のお星さまハンバーグは絶品だった。
じゅわっと肉汁が溢れるハンバーグに、濃厚なデミグラスソース。そこにとろーりチーズのコラボレーション。まさにご褒美飯だ。
「幸せ~」
頬に手を添えて美味しさを噛み締めていると、夏輝くんと海斗くんからほっこりとした眼差しを向けられる。
「しおりんは美味しそうに食べるんだねぇ」
「喜んでもらえて何よりだ」
二人から見守られながら、僕はお星さまハンバーグを堪能した。
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