第14話 攻めの反対は守りでしょ?

 目の前にはバスケのユニフォームを着たSRの夏輝なつきくん。その姿だけでもカッコいいのに、プレイなんて見せつけられたらどうなってしまうのだろう?


 期待に胸を躍らせながら見守っていると、夏輝くんは体育倉庫からバスケットボールを持ってきて、感覚を慣らすかのようにドリブルを始めた。


 ボールが弾む音とバッシュが擦れる音が体育館に響く。軽くドリブルをしていたかと思えば、一気にゴールに向かって走り出した。


 ゴール下でタンっと地面を蹴ると、足にバネでも入っているのかと疑うほど高く跳躍する。そのまま力強くダンクシュートを決めた。


 ボールが手元に戻ってくると、夏輝くんは満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振る。


「しおりーん! いまの見たー? カッコ良かったー?」


 ヤバイ……。僕の推し、超カッコいい。


 にやけてしまいそうなのをなんとか堪えるように歯を食いしばる。そんな反応とは裏腹に、瑛士えいじくんが舌打ちした。


「夏輝の奴、多分何も考えてねーよ。単純に夢野と遊びたくて誘ってるだけだろ」


 その言葉に海斗かいとくんが苦笑いを浮かべながら同意する。


「悪い。俺もそう思えてきた。『見て、見て、カッコいいでしょ~。一緒にやろうよ~』ってじゃれついてるだけに見えてきた」


「あっはっは! まさに犬だな」


 外野で悪態を吐かれていることを知らない夏輝くんは、ボールを指先でくるくる回しながら遊んでいる。


 瑛士くんはもう一度舌打ちをしてから、荒々しい声で叫んだ。


「おい、夏輝! 初心者相手に1on1は大人げねぇんじゃねーの?」


 瑛士くんが叫ぶと、「うーん」と考え込む。


「確かにそうだねー」


 流れが変わってきたところで、夏輝くんがにぱっと笑う。


「それなら2on1でいいよ。えいちゃんかカイくん、入ってよ」

「夏輝、俺は!?」


 ステージの上で手を上げてアピールするひじりくんを見て、夏輝くんはにっこり微笑む。


「ひっちーとは後で勝負するから、いまは待って。お願い」

「むむっ。そういうことなら」


 勝負の予約をしてもらったことで大人しく引き下がった。それから海斗くんと瑛士くんが顔を見合わせる。


「まあ、聖が入ったら味方ぶっちぎって1on1に持ち込みそうだから、俺か瑛士が入るのが妥当だろうな。どうする? 瑛士」


「俺がやる。調子に乗った夏輝の鼻をへし折ってやる」


「ん、じゃあ頼んだ」


 瑛士くんはシャツの袖をまくりながら立ち上がった。


~☆~☆~


「じゃあ、オフェンスとディフェンスを交互にやろっか。シュートが決まったらオフェンスの勝ちで、止めたらディフェンスの勝ち。十本勝負でいい?」


「ああ、いいぜ」


 ルールが決まったところで三人はコートに入る。最初はこっちがオフェンスに決まった。


「しおりんがえいちゃんにパスしたらスタートね」

「はいっ」


 二人から注目されながらパスを出す。瑛士くんがボールを受け取った瞬間、勝負が始まった。


 瑛士くんはドリブルをしながらゴールに走る。夏輝くんはコースを塞ぐように守っていた。


 守りが固くてなかなか抜けない。二人の攻防戦を眺めていると、瑛士くんがこちらを一瞥して叫んだ。


「おい、夢野! ぼーっと突っ立ってんじゃねーよ!」


 その言葉でハッとする。僕は一歩たりとも動いていなかった。


 とはいえ、どこにいるのが正解なのか分からない。おろおろしているうちに瑛士くんがシュートを打った。


 しかし夏輝くんのブロックでボールが弾かれる。一本目の勝負がついた。


「一本目は俺の勝ち」


 にこっと笑ってピースサインをする夏輝くん。その表情を見て、瑛士くんは「くそっ」と悪態をついた。


「あの、スイマセン」


 まったく戦力にならなかったことに謝ると、こっちに走ってきた瑛士くんから思いっきり背中を叩かれた。


「とにかく走れ! いいな?」

「はいっ!」


 態度は荒々しいけど見捨てられたわけではなさそうだ。気を取り直して攻守交代する。今度は夏輝くんがシュートを狙う番だ。ボールを持った夏輝くんはゴールに走り出した。


 瑛士くんが守りに入るも、すばしっこくてついていけない。フェイクを交えられると、あっという間に抜かれて華麗にレイアップシュートを決められた。


 またしても点を取られてしまった。僕はまた何もできていない。


(次は戦力にならないと)


 今度は瑛士くんからパスを出される。取りこぼさないようになんとか受け取ると、ゴールに向かって走り出した。


 絶妙なコースで夏輝くんが塞いでくる。前に進めずにいると、瑛士くんが手を上げているのに気付く。パスを回そうとした瞬間、夏輝くんがにやりと笑う。


「しおりん、分かりやす過ぎ」


 ボールが手を離れた直後、あっという間に奪われてしまった。


「ごめんなさい!」


 申しわけなさでいっぱいになりながら謝ると、瑛士くんは首を振る。


「いい! ただ突っ立ってるよりずっとマシだ!」


 その後も苦戦を強いられた。数的有利な状況でも夏輝くんからは一本も取れない。瑛士くんがいれば、いい勝負ができると思ったのに。


 もしかして相手が僕だからじゃ……と嫌な考えが過ったがすぐに振り払う。落ち込んでいる暇なんてない。


 足手まといにならないように、ボールを追いかける。夏輝くんがシュートを打とうとしたところでブロックをするも、ボールは綺麗な放物線を描いてネットに収まった。


 初めはカッコいいと思っていたプレイだけど、こう何度もしてやられると腹が立つ。落ちてきたボールを拾う夏輝くんを凝視していると、フフっと小さく笑われた。


「しおりん、いい顔してるね。本気になってきた?」


 その表情からは可愛らしさは滲んでいない。憎たらしいことこの上ない。


(次は勝ってやる~!)


 苛立ちつつも、自分がこんなにも負けず嫌いな性格をしていることに驚いた。


 勝負は終盤に差し掛かる。僕たちはオフェンスに回っていた。


 最初に瑛士くんにパスを出す。ドリブルをしながら走る瑛士くんに合わせて、ゴールに向かって走った。


 夏輝くんの守りは相変わらず固い。なんとかゴール付近まで辿り着いたものの、簡単にはシュートを打たせてくれなかった。


(ここで瑛士くんが打ってもブロックされるだろうな)


 そう思った直後、ぱちんと瑛士くんと目が合う。ほんの一瞬、何かを伝えるような強い視線だった。


 瑛士くんはシュートを決めるかのようにボールを放つ。ふわっと高く浮いたボールはリングを通り越して、反対側に落ちてきた。その場所には僕がいる。


 スポンとボールが手元に収まる。


「打て! 夢野!」


 瑛士くんが叫ぶ。


 これはチャンスだ。いまなら夏輝くんのブロックが届かない。


 タン、タタンっと地面を蹴る。多分こんな感じっと体育の授業を思い出しながら、レイアップシュートを決めた。


 ボールは音もなくネットに収まる。その瞬間、湧き立つような興奮に包まれた。


「入った……入ったよ!」


 そう叫んだ瞬間、瑛士くんに肩を組まれる。


「よくやった、夢野!」


 わしゃわしゃと頭を掻きまわされる。たった一本、シュートを決めただけなのに、完全勝利した気分だった。


 前世では、ゴールを決めるどころかパスが回ってくることすらなかった。戦力と考えてなかった自分が活躍できたのは嬉しい。しかも個人プレイでなく連携プレイで。チームの役に立てたことを実感できた。


 瑛士くんに撫でくり回されながら喜びを露わにする一方で、夏輝くんは「うわー」と大袈裟に悔しがっていた。


「いまのは読めなかった。えいちゃんのフェイクも流石だし、ここぞって時に決めるしおりんもカッコ良かった。これは完敗だぁ」


 悔しがる夏輝くんを見て、瑛士くんと顔を見合わせて笑った。


「どうだ、参ったか! これが俺らのチームプレイだ」

「えー、威張ってるけどトータルでは俺の勝ちだよね?」

「おい! それを言うなよ!」


 夏輝くんはヘラヘラと笑いながらこちらに近付いてきた。僕の足もとに転がったボールを拾うと、顔を覗き込むように尋ねてくる。


「ねえ、しおりん。いまでも『夏輝くんには敵わない』って思ってる?」


 唐突な質問に面食らう。たしかに最初は敵わないって思っていた。だけど、いまは違う。


 試すようにこちらを覗き込む瞳を、真っすぐ見据える。


「思って、ません」

「おっ?」

「次は、負けませんから」


 気付けば宣戦布告をしていた。やっぱり僕は存外負けず嫌いな性格らしい。

 すると夏輝くんは、目を細めながら柔らかく微笑んだ。


「やっとこっちに来てくれたね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る