第12話 結局地道に鍛えるしかないようです

「きっつー。体力がないのは相変わらずなのか……」


 僕は息を切らしながら床に倒れこむ。ダンスのレッスンですっかり疲弊していた。


 基本的なステップを繰り返しただけでこのザマだ。転生前も体力はなかったが、それはいまも変わらないらしい。


 ゲームではスマホでポチポチするだけだったけど、実際にやるとこんなに辛いなんて思わなかった。クラクラしながら天井を見上げていると、不意に推しの顔が飛び込んできた。


「しおりん、大丈夫?」


 夏輝くんが心配そうな表情で僕を見下ろしている。その姿を見て、息を飲んだ。


涼風すずかぜ夏輝なつき 体操服Ver】

白の半袖に青のハーフパンツといった一般的な体操服だけど、夏輝くんが着ていると輝いて見えた。


 ゲームをプレイしていた時は気付かなかったが、ハーフパンツから伸びている脚には、ほどよく筋肉が付いている。


(可愛いのにカッコいいとか、反則だ)


 思わず見惚れていると、手を差し伸べられる。


「ほら、早く起きて。そんなところで転がってたら邪魔になるよ」

「はい、ありがとうございます」


 ぐいっと夏輝くんに引き上げられながら、その場で立ち上がった。


「しおりんは、ダンスが苦手なんだね」

「そう、ですね。振付が分かっていても、身体が付いていかないんです」


 振り付けはゲーム内で何度も見てきたから何となく分かるけど、動きを再現しようにも身体が付いていかなかった。


「うーん、しおりんの場合は、基礎的な体力を付ける必要がありそうだね」

「はい、体力ないのは自覚しています」

「ライブ本番は何曲も踊りっぱなしだから、体力を付けておくに越したことはないよ」

「そう、ですよね……」


 夏輝くんの言う通りだ。少し躍っただけで息が切れているようでは、ライブ本番では使い物にならない。このままでは一曲踊り切れるかも怪しい。


(ダメだなぁ、僕は)


 不甲斐ない自分が情けなくなってくる。つい先ほどのダンスを振り返っても、夏輝くんとの差は歴然だった。


 曲に合わせながら、キレのある動きをする夏輝くん。額に汗を滲ませながらも、周囲に笑顔を振り撒く余裕があった。


 対する僕は、動きが付いていかず、ワンテンポ遅れている。挙句の果てに自分の足にもつれて転んでいるんだから、情けないったらありゃしない。


 夏輝くんのようなカッコいいダンスは、とてもじゃないけどできそうにない。


「やっぱり夏輝くんは凄いです。僕には真似できません」


 卑屈になって弱音を吐く。僕はいつもこうだ。上手くいかないことに直面すると、すぐに及び腰になる。


 はああっと溜息をつくと、夏輝くんは不意に笑顔を引っ込める。


「しおりん、ひとつだけいいかな?」

「何、でしょう?」


 弱音を吐いたせいでウザがられたのかもしれない。ビクビクしながら言葉を待っていると、沈んだ声が聞こえてきた。


「俺のことを手の届かない存在みたいに扱うのはやめてよ」


 夏輝くんは困ったように眉を下げている。言葉に詰まらせていると、力なく微笑みかけられた。


「勝手に距離取って逃げないで。こっちに来て」


 僕が弱音を吐いたせいで、夏輝くんを曇らせてしまったようだ。明るい夏輝くんから笑顔を奪ってしまったことに申し訳なさを感じる。


 こんな時、「そうだよね、暗いこと言ってごめん!」と笑い飛ばせるくらいの明るさがあればいいのに、卑屈な僕はそれすらできない。重たい空気のまま、黙って俯いていた。


 すると夏輝くんにポンと両肩を叩かれる。顔を上げると、いつものキラキラスマイルを浮かべていた。


「だからさ、一緒に頑張ろっ!」


 明るく、軽く、激励を飛ばすと、夏輝くんは海斗かいとくんのもとに走って行った。


 多分、気を遣わせてしまった。夏輝くんは僕がへこんだのを見かねて、明るく振舞ってくれたんだと思う。


(推しの顔を曇らせるなんて、最低だ)


 僕は気配を消しながらフロアの隅に移動する。そのまま膝を抱えて、しゃがみ込んだ。


『勝手に距離を取って逃げている』という言葉がグサッと胸に刺さる。


 確かにその通りだ。夏輝くんと僕には大きな差があるから追い付けなくて当然だと、弱腰になっている自分がいた。


 僕はいちファンとして彼らの傍にいるだけだ。同じ土俵に立とうなんて思っていなかった。


(こんな僕がメンバーでいいのかな?)


 僕自身はアイドルになりたいという強いモチベーションはない。ユニットに入ったのも、夏輝くんたちと一緒に楽しい学園生活が送りたかったからに過ぎない。


 そんな人間が、彼らとユニットを組んでいていいのだろうか? 中途半端な気持ちでユニットを組んでいるなんて、失礼極まりない行為に思えてきた。


 一度考えだすと、どんどん闇に引きずられていく。ずーんと沈みながら膝を抱えていると、頭上から明るい声が聞こえてきた。


「どうした詩音、暗いな!」


 顔を上げると、ひじりくんがいた。腰に手を当てて、堂々とした佇まいでこちらを見下ろしている。


「あ、えっと……あまりにダンスが下手すぎて、絶望して……」

「あっはっは! 確かにお前のダンスは絶望的だったな! 天才の俺の足もとにも及ばない」

「うう……そんなはっきり……」


 ずーんと余計に沈む。事実だけど、はっきり言われると辛い。


「やっぱり、僕は足手まといですよね……」


 またしても弱音を吐いてしまった。ウザがられるかもしれないと思いつつ身構えていると、聖くんは「あっはっは」と高笑いした。


「何を弱気になっているんだ、こんな序の序で!」


 卑屈な言葉を跳ね返すように笑う聖くん。明るい光に吸い寄せられるように顔を上げた。


 聖くんの表情には、一片の曇りもない。あまりの眩しさに圧倒されながら、彼の言葉に耳を傾けた。


「誰かと比べて落ち込むのは分かる。人と関わっている以上、比べてしまうのは仕方のないことだからな」


 励ましてくれているのかもしれない。いまの聖くんからは、お茶らけた雰囲気はない。迷いのない眼差しが向けられている。


「圧倒的な実力差を見せつけられた時、そこで足を止めるか追い越そうと努力できるかで、結果が変わってくる。お前はどっちを選ぶ?」


 選択を迫られる。諦めるか、努力をするかの2択だ。ここで足を止めたら、もう追いつくことはできない。そう言われているような気がした。


 責められているようにも見えるが、決してそうではない。聖くんは僕を焚きつけるためにこんな言い方をしているんだ。


 随分暑苦しいやり方をしてくれる。こんなのは体育会系のノリだ。天才を自称して飄々ひょうひょうとしている聖くんとは真逆の思考だ。


 だけど「らしい」とも思っている自分もいた。こういう暑苦しい一面も含めて矢神聖なんだ。


(そっか。ラピッドグロウスって、こうやって発動するんだ)


 ラピッドグロウスは、レッスンで得られる経験値を上昇させるスキルで、一緒にレッスンを受けたメンバーにも高確率で効果が及ぶ。


 ゲーム内では何気なく恩恵を受けていたけど、実際には聖くんが激励を飛ばすことでみんなをやる気にさせていたのかもしれない。スキルが発動する瞬間を目の当たりにして、思わず笑ってしまった。


「もう少し、頑張ってみます」


 聖くんのスキルにまんまと影響されている自分がいる。聖くんは満足そうに頷いた。


「うむ、それでこそ俺たちの仲間だ! 来い、詩音。天才の俺がダンスのコツを伝授してやろう!」

「はい! お願いします!」


 聖くんの後を追って、レッスンに再び参加した。


~☆~☆~


 レッスン終わりにステータスを確認する。


夢野ゆめの詩音しおん

高校1年生

アイドルランク ノーマル

ダンス 10

歌 27

演技 10

スキル スタートレイン


(ダンスのステータスが4上がってる。聖くんのスキルのおかげだな)


 あれから聖くんにコツを伝授してもらいながら、何とかレッスンに食らいついていった。終わった頃には、汗だくのヘロヘロ。明日の筋肉痛は不可避だろう。


 だけど思いっきり身体を動かしたら、グチグチ悩んでいたことがどうでもよくなってきた。


(足手まといかもなんて考える前に、やれるだけのことはやってみよう)


 地道に周回していけばステータスは上がる。それは昨日今日のレッスンで検証済みだ。だったらコツコツレベルを上げていくしかない。


 ここで卑屈になって立ち止まったら、もう追いつくことはできない。いまは彼らに追いつくことだけを考えることにした。

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