第10話 ガチャを引いてみました
音を立てないように制服に着替えてからリビングを覗く。まだ5時台だったこともあり、誰も起きていなかった。
洗面所で顔を洗って歯磨きを済ませてから、しんと静まり返ったリビングに戻る。ダイニングテーブルについてから、普段ゲームを起動させるのと同じ要領でステータス画面を開いた。すると、昨日から変化があることに気付く。
【
高校1年生
アイドルランク ノーマル
ダンス 6
歌 27
演技 10
スキル スタートレイン
(あ、歌のステータスが4上昇している)
昨日歌のレッスンを受けたから、ステータスが上がったようだ。変化はそれだけではない。ステータス画面の上部で星が5つ輝いていた。
(あれって、もしかしてスターか?)
スタトレでは、スターが5つ貯まるとガチャを1回引ける。ガチャを引くことで、キャラクターのカードを獲得できるのだ。
スターは基本的にログインボーナスやライブで勝利した時に獲得できる。あとは課金で購入することもできるけど、前世の僕は課金禁止といわれていたから手を出していなかった。
いま貯まっているスターは、ログインボーナスで獲得したのかもしれない。生きているだけでログインボーナスを獲得できるなんて最高かっ!
ガチャを引けるとなるとウズウズする。
(ガチャ引きたい。けど、この世界でのガチャって何なんだろう?)
この世界におけるガチャの概念が分からない。カードそのものが出てくるのかもしれないが、それはちょっと微妙だ。カードを眺めるまでもなく、学校に行けば実物に会えるのだから。
(とりあえず引いてみるか)
半透明で宙に浮いたステータス画面から、スターをタッチする。
【ガチャを引きますか?】
YES NO
YESをタッチすると、画面が切り替わり煌びやかなステージのエフェクトが映った。ドラムロールの音が鳴り響くと、ステージの中央が光輝き、人影が現われる。キランという効果音と共にカードが映し出された。
【SR 涼風夏輝 バスケVer】
(うわあああああぁぁ! 夏輝くんのSRだぁぁぁぁぁぁ!)
現れたのは、縁取りが銀色になったSRのカード。描かれていたのは、バスケのユニフォームを着て、ダンクシュートを決めている夏輝くんだった。その表情は、バスケを心から楽しむ少年のように輝いていた。
(カッコ良すぎて、死にそう)
あまりに尊いカードを前にして、目を細める。表情は緩んでいるが、誰も居ないからセーフだろう。
推しの尊い姿を見られてテンションが上がる。とはいえ、この後どうすればいいのか分からない。
ゲームの世界ではカードを集めて対戦用のユニットを組んだり、カードに関連したキャラクターストーリー(通称キャラスト)を読めたりするけど、この世界ではどういう扱いになるのだろう?
(カードを集めるだけなのかな?)
実際に引いてみたが、やっぱりこの世界でのガチャの概念が分からない。どうしたものかと悩んでいると、リビングの扉が開いた。
「あれ? 詩音、もう起きてたのか、早いな」
「
リビングにやって来たのは海斗くんだ。制服に着替え、髪もきっちり整えている。しっかり者の海斗くんらしい。
「これから朝食作るんだけど、卵サンドでいいか?」
「はい、大丈夫です」
海斗くんはキッチンの引き出しから紺色のエプロンを取り出すと、制服の上からサラッと纏った。【
思わず見惚れてしまったが、すぐにハッと我に返る。
「手伝います」
椅子から立ち上がり、キッチンに走る。共同生活をしている以上、お客様気分ではいられない。出来ることからやっていかないと。
手伝いを申し出ると、海斗くんはニッと歯を見せて眩しい笑顔を浮かべた。
「ありがとう、詩音。そんじゃあ、食パンをトースターに入れてもらっていいか?」
「分かりました」
指示された通り、8枚切りの食パンをトースターに入れて加熱する。ジリジリと音を立てて、トースターの中が赤くなるのを見届けてから次の指示を仰いだ。
「他にやることありますか?」
僕がパンを入れているうちに、海斗くんはやかんで湯を沸かし、小鍋でゆで卵を作っていた。手際がいい。
「んー、じゃあ次はスープのもとを人数分のカップに入れてくれ」
「了解です」
それからも海斗くんに指示を仰ぎながら、テキパキと朝食の準備をした。
~☆~☆~
テーブルに、卵サンド、サラダ、スープを人数分並べる。朝食の準備が終わったタイミングで、海斗くんは時計を見ながら呆れ顔を浮かべた。
「あいつら、まだ起きてこないのか……」
あいつらというのはこの場にいない三人だろう。そろそろ起きてこないと学校に間に合わなくなる。
「詩音、悪いんだけど起こしてきてもらえるか?」
「え、僕がですか?」
「俺だと甘ったれて起きないんだよ。あと5分〜とか言って」
その光景はなんとなく想像できる。1秒でも長く布団に籠城したいと思うのは、みんな同じらしい。
「頼んでもいいか? 詩音」
「分かりました」
海斗くんに代って、みんなを起こす係を引き受けた。
リビングを出て、隣り合った2つの部屋を交互に眺める。今朝のことがあるから夏輝くんを起こしにいくのはちょっと気まずい。先に
「おはようございます、入りますよ」
扉をノックしてから瑛人くんたちの部屋に入る。部屋の中には二段ベッドがひとつ。その脇には、畳んだ敷布団があった。瑛人くんと聖くんがベッドで寝て、海斗くんが布団で寝ていたのだろう。三人部屋はちょっと窮屈そうだ。
ベッドを覗くと、案の定二人は夢の中だった。ますは二段ベッドの下の段にいる聖くんを起こす。
聖くんはベッドの上で大の字になって寝ている。布団は足もとに蹴り飛ばされていた。
気の緩み切った聖くんを見られるのはレアだ。もう少し眺めていたいけど、そういうわけにはいかない。
「聖くん、起きてください」
「うーん、あと5分」
出た、出た、あと5分。そう言いたくなる気持ちは分かるけど、先延ばしにしたって起きる辛さは変わらない。
「ダメですよ、もう起きてください」
聖くんは目を細めながらこちらに視線を送る。その直後、驚いたようにパチっと大きく目を開けた。真ん丸とした猫のような瞳に見つめられる。
「海斗じゃない」
「海斗くんに頼まれて、起こしに来ました」
「そうか」
起こしに来たのが僕だと分かると、聖くんは素直にベッドから起き上がった。まだぽやぽやと寝ぼけ顔だったが、上のベッドの住人もまだ就寝中と分かるとニヤリと笑った。そのまま
「起きろ! 瑛士!」
瑛士くんのベッドにダイブする聖くん。突如のしかかられた瑛士くんは、「ぐわぁっ」と悲鳴を上げた。
「いってーな、何すんだ!」
「寝坊助を起こしてやったんだ。感謝しろ」
「頼んでねーんだよ! さっさと退け!」
怒鳴り声を上げる瑛士くんと、ベッドの上で転がりまわる聖くん。なんだかんだでこの二人は仲がいい。布団の上で戯れあっている二人は微笑ましかった。
そんな中、ピンポーンとチャイムが鳴り響く。
「こんな時間に誰だろう? 出てきますね」
僕は玄関に走った。ドアを開けると、荷物を抱えたお兄さんがいる。
「ちわーす、お届け物でーす」
「はい、ご苦労様です」
荷物を受け取り、サインをする。ダンボールに貼り付けられた伝票を確認すると、差出人は学園の事務局、宛先は涼風夏輝だった。
「夏輝くん宛の荷物だ。なんだろう?」
ダンボールを抱えながら廊下を歩いていると、タイミングよく部屋から夏輝くんが出てきた。
「あ、おはよー! しおりん」
制服に着替えた夏輝くんから、いつものキラッキラスマイルを向けられる。相変わらず尊い。だけど、今朝の出来事が尾を引いて顔を直視できない。
「これ、夏輝くん宛の荷物です」
「俺に? 学園からだ。なんだろう?」
夏輝くんも心当たりがないらしい。夏輝くんは不思議そうにしながも、ダンボールを開けた。すると箱の中からバスケのユニフォームが出てきた。
「バスケのユニフォーム? なんで?」
首を傾げる夏輝くんだったが、僕の方はピンとくる。
(これは、今朝のガチャと関連があるのかもしれない!)
どう使うのかは皆目見当も付かないけど。
「学校に持ってけってことなのかな?」
バスケのユニフォームを持っていれば、なんらかのイベントが発生するのかもしれない。持ち歩いていて損はなさそうだ。
「持っていった方がいいと思います」
「うーん、しおりんがそういうなら鞄に入れとこ」
夏輝くんは一度部屋に戻って、ユニフォームを鞄に詰める。廊下からその様子を眺めていると、不意に夏輝くんと目が合った。
「ん? どうしたの? そんなにまじまじと見て」
「いえ! なんでもっ」
咄嗟に誤魔化す。あんまりじろじろ見ていたら、また変な誤解をされる。落ち着きなく視線を泳がせていると、夏輝くんは眩しいほどの笑顔を浮かべた。
「まあいいや。しおりん、今日も一日頑張ろうね!」
(あ、このセリフと表情は知っている。夏輝くんの朝の挨拶だ)
スタトレはログイン時間によってキャラのセリフが変わる。いまのセリフは、朝の時間帯に言われるセリフだ。なんてことない普通の挨拶だけど、その言葉と笑顔に毎朝励まされてきた。
自然と頬が緩む。推しへの愛が溢れ出して、笑顔がこぼれた。
「うん、頑張るよ」
いつもと同じように返事をする。いままでは画面越しでしか返事ができなかったけど、いまはこうして直接伝えられる。感動だ。
すると、夏輝くんが驚いたようにこちらを凝視していることに気づく。なんだろうと思っていると、パアアと嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「しおりんってそんな風に笑うんだ! 可愛い! もっと見せて!」
勢いよくこちらに近付き、顔を覗き込んでくる。わんこがブンブンと尻尾を振る幻覚が見えた。
突如推しの顔が目の前に来て、慌てて距離を取る。僕は動揺したまま叫んだ。
「急に近付かないでください! 心臓に悪いっ!」
そのままリビングに逃げ込んだ。勢いよく扉を閉めてから、ヘナヘナとその場で崩れ落ちる。
(マズイ……。こんなにドキドキしてたら早死にする)
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