二章 カンパネルラになりたくて

第9話 推しとの共同生活が始まりました

 私立星架せいか学園は全寮制の男子校だ。生徒たちは校舎の右手にあるマンションを寮として使っている。


 部屋割りはユニットごとに組まれていて、『カンパネルラ』のメンバーも同じ部屋で寝起きしていた。


 部屋の間取りは2LDK。マンションの一室でシェアハウスをしているイメージだ。これもメンバーとの絆を深めるための制度なのだろうけど……。


「しおりんの荷物って、これで全部!?」


「は、はい。多分」


「りょうかーい!」


「部屋割りはどうすっかー。いまは夏輝なつきひじり、俺と瑛士えいじで割り振ってるけど」


「この際だからイチから組み直そうぜ。あのハイテンション馬鹿二人が同室だと煩くて仕方ねえ」


「ハイテンション馬鹿ってひっどいなぁ、えいちゃん」


「間違ってねえだろ! つーか昨日はドッタンバッタン何やってたんだよっ!?」


「バク転の練習だけど? どっちが綺麗にできるかひっちーと勝負してたんだ」


「すんなっ! 深夜二時に!」


「確かにこの二人を同室にするのは危険だな。他の部屋にも迷惑がかかる」


「カイくんまでそういうこと言うー」


「あっはっは! 夏輝といると、つい勝負を挑みたくなるからな。昨日のバク転対決も天才の俺の大勝利だったけどなっ!」


「クッソ。この馬鹿と同室なのも地獄だな……。どうせなら大人しそうな夢野と一緒がいい。あー、けどあいつら分けるとなると、どっちか付いてくるのかー……」


「それなら、俺としおりんとえいちゃんの3人で組もうよ! 俺もしおりんと同室がいい」


「はははははー……」


『カンパネルラ』のメンバーは、部屋割りの相談をしている。僕は部屋の隅で苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 僕は今日から彼らと共同生活をすることになった。ここに来るまでは、新入生同士でランダムに振り分けられた部屋で生活していたらしい。記憶がないから確かなことは言えないけど。


 でも今日からはそういうわけにもいかない。学園にユニット加入届を出して正式にメンバーに加わったからだ。


 ちなみにゲーム本編では、夢野詩音はこの段階でマネージャーになりたいと学園側に主張する。


 生徒がマネージャーになりたいなんて前代未聞だったようで、学園長も登場してひと悶着あったが、最終的にはどのユニットにも属さずに中立的な立場でサポートするなら良いということで話がまとまった。


 だけど今回は違う。普通にユニット加入届を提出して、普通に承認された。驚くほどあっさり認められて、学園長が出る幕もなかった。


 そんなわけで正式に『カンパネルラ』に加わった僕は、今日からみんなと共同生活をすることになったわけだけど……。


(推しとの共同生活なんて刺激が強すぎる……。僕はやっていけるのか?)


 家族以外と暮らした経験がないのに、他人と共同生活なんて難易度が高すぎる。その上、相手はずっと憧れていた『カンパネルラ』のメンバー。こんなのはウルトラハードモードだ。


 心臓がいくつあっても足りない。彼らに失礼のないようにと気負っている状況では、まともに生活できるかも怪しい。


 部屋の隅でみんなのやりとりを見守っていると、海斗くんがメモ帳とペンを取り出した。


「ここは公平にあみだで決めようぜ。夏輝と聖は分けるの前提で」

「だってよ、ひっちー。残念だけど俺らお別れだね」

「ああ、向こうに行っても元気でやれよ、夏輝」

「うん、ひっちーもね」


 まるで今生の別れのように握手を交わす二人。その様子を瑛士くんが冷めた視線で眺めていた。


「けっ……大袈裟なんだよ、お前らは」


 かくして部屋割りを決めるあみだくじをすることとなった。


 その結果は……。

 部屋1 海斗、瑛士、聖

 部屋2 夏輝、詩音


 結果を見た僕は心の中でジタバタと悶えた。


(わあああ! 推しと同室になってしまったぁぁ!)


 不運なことに(?)夏輝くんと二人部屋になってしまった。これでは余計に先が思いやられる。


 僕の心中なんて知る由もない夏輝くんは、キラキラとした笑顔を向けている。


「やった! しおりんと同室だ。これからよろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」


 ダメだ。眩しすぎる。今夜は眠れそうにない。


~☆~☆~


 割り当てられた部屋で荷物の整理をする。夢野詩音は持ち物がかなり少ないようで、制服、教科書、文房具など最低限の荷物しか持っていなかった。そのおかげで片付けは思いのほかスムーズに進んだ。


「うん、こんなものかな」


 すっきりした部屋の中を見渡して一息つく。10畳ほどの部屋には二段ベッドと簡易的な勉強机が置かれている。現状では部屋を仕切るカーテンやボードは存在せず、プライベート空間はない。


 お互い二段ベッドに入ってしまえば、プライベート空間を作れないでもないけど……。心の平穏を保つためにも仕切りを用意した方がいいのかもしれない。もういっそ僕一人が籠る段ボールでも用意しようかと画策していた。


 ふとカーテンの外に視線を向けると、すっかり暗くなっていた。時計を見ると、19時を回っている。ぐううと腹の虫も鳴き始めた。


(そういえば、ここに来てからまだ何も食べてないな……)


 お腹が空くのは当然だ。リビングに向かおうとしたタイミングで、トントンと扉がノックされる。


「はい、どうぞ」


 入室の許可をすると、海斗くんがひょっこり顔を出した。


「そろそろ飯にしようぜ」

「あ、はい! いま行きます」


 タイミングよく夕食のお呼びがかかったことで、慌てて部屋から飛び出した。


 リビングに向かうまでの間、どことなく海斗くんがソワソワしていることに気付く。なんだろう、と思いながら観察していると、海斗くんは僕を誘導するようにリビングの扉を開けた。


「詩音、先入れ」

「はい」


 促されるままにリビングに入る。そこには驚くべき光景が広がっていた。


【ようこそ! シオン】


 壁には赤、青、黄、緑のカラフルな色画用紙でカットされた文字が貼り付けられている。折り紙で作った輪つなぎもあった。これからパーティーでも始まるかのような装飾だ。


「ど、どうしたんですか、これ……」

「どうしたもなにも、作ったんだよ! 分かんだろ!」


 瑛士くんがぶっきらぼうに答える。言い方は雑だけど、ちょっと照れているのが伝わってきた。


(作った? 僕のために?)


 あまりの出来事に固まっていると、夏輝くんを筆頭にみんなが楽しそうに話し始める。


「びっくりした? しおりんが部屋の片づけをしている間に急いで作ったんだよ。俺はね、『よ』と『う』を作った。『よ』はね、難しかったんだよ」


「見ろ、詩音! この天才的な『!』を。この製作者は何を隠そう俺だ!」


「一番簡単なやつ選んどいてドヤるな、聖! お前はそれしか作ってねーだろ!」


「むむっ、輪つなぎも作ったぞ。それよりなんだ、瑛士の作った『こ』と『そ』は。不格好にもほどがある」


「うっせーなっ! こういうちまちました作業は苦手なんだよ!」


「こういうの一番上手いのはカイくんだよね。『シオン』はカイくんが作ったんだよ」


「あー、まあ、作り慣れてるからな」


 わいわいがやがや制作秘話を話す4人。そんな彼らを見ながら感動に浸っていた。


 こんな風に友達からサプライズされたのは初めてだ。嬉しすぎて涙が溢れそうになる。


「ありがとう、ございます」


 涙をグッと堪えてお礼を告げる。すると4人は、嬉しそうに微笑んだ。


「よーし、詩音の歓迎会をするぞ!」


「しおりん、今日はね、タコパだよ! 『奇笑天傑きしょうてんけつ』のなんばっちからタコ焼き器を貸してもらったから」


「難波って、あのお笑いアイドルユニットのか? あいつそんなもん寮に持ち込んでたのかよ」


「あっはっは! 天才の俺は、たこ焼きだって完璧に作れる!」


 賑やかな空気のまま、たこ焼きを作る準備を始める。何の躊躇ためらいもなく、輪の中に混ぜてもらえて嬉しかった。


(そうだった。僕の推しはこういう人達だった。明るくて、優しくて、仲間想いで、そんな彼らが大好きだったんだ)


 あらためて彼らの魅力を痛感した瞬間だった。

 前途多難かと思われていた共同生活も、彼らとなら上手くやれそうだ。


 ~☆~☆~


 翌朝。目を開くと、推しの寝顔が飛び込んできた。夏輝くんが僕の隣で気持ちよさそうに眠っている。


 緩み切った寝顔は、子供のように無垢だ。目を閉じていると、まつ毛の長さが強調される。寝顔ですらこんなに可愛いなんて、反則だ。


 夢の続きかと疑ったが夏輝くんが「んんー……」と声を漏らした瞬間、一気に眠気が吹き飛んだ。


「なっ……なっ……つき、くん!?」


 僕はベッドから飛び起きる。


(ど、どうして僕のベッドに夏輝くんが?)


 当然のことながら、昨日は別々にベッドに入った。それなのに何故……?


 布団を手繰り寄せて、ベッドの端で固まる。物音を立てたせいか、夏輝くんも目を覚ました。


 しばしばとした目で僕を見つめる。また眠たそうだ。


「あれ、なんでしおりんが俺のベッドに? もしかして夜這い?」

「なわけ……ここは僕のベッドです!」

「……あ、ホントだ。トイレから戻ってくるときに間違えちゃったみたい」


 そんなうっかりは勘弁してほしい。


 夏輝くんはチラッと時計に視線を送る。まだ6時前であることを確認すると、もう一度目を閉じた。


「まだ早いね。もうちょっと寝よ」

「寝るなら、自分のベッドに」

「んー、面倒くさい」

「面倒くさいって……」


 もう一度眠りにつこうとしている夏輝くん。こんな所で寝られたら困る。


 どうしたものかと悩んでいると、突如夏輝くんに腕を引っ張られた。そのまま引きずり込まれるように、ベッドに倒れ込む。


「わわっ! なにっ!?」

「しおりん。一緒に寝よ?」


 意味が分からない。夏輝くんは一体何を言っているんだ?


「ダメです! そんなのっ」


 一緒に寝るなんてとんでもない。いくらぼっちでも、男同士で寝るのがおかしなことくらいは分かる。


 パニックになっていると、隣にいる夏輝くんはうっすら目を開けながら口元に笑みを浮かべた。


「いいじゃん。だってしおりん、俺のこと好きでしょ?」


 その表情はいつもの可愛らしい笑顔とは違って、どこか色気を含んでいる。夏輝くんのこんな表情を見たのは初めてだ。公式では見たことがない。


 推しの新たな一面を目の当たりにして戸惑いを隠せずにいると、夏輝くんは言葉を続ける。


「反応見てれば分かるよ。しおりん、分かりやすいもん」


 なんてこった。推しへの愛がバレていた。


 恥ずかしさでその場から消えたくなる。穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。


 頭を抱えて項垂れていると、腕を掴まれて隠していた顔を露わにされる。驚き目を丸くしていると、夏輝くんは目を細めながら嬉しそうに笑った。


「俺さ、男の人に好かれたのは初めてなんだ。驚きはしたけど、好きになってもらえたのはめちゃくちゃ嬉しい」


 理解が追い付かずに固まっていると、夏輝くんは指先で僕の髪に触れた。髪を梳くように何度も撫でられる。


「でもさ、俺誰かと付き合った経験ないから、どうやって距離を詰めればいいのか分からないんだ。相手が綺麗な男の子なら、なおさら」


 なんの話をしているんだ? 目をぱちぱちとさせていると、夏輝くんは悩まし気な表情を浮かべた。


「ねえ、これからどうしよっか?」




 ――前言撤回。推しとの共同生活は前途多難です。

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