第8話 一歩踏み出す勇気
『俺は、君と一緒に輝きたい』
そんなセリフは、スタトレ本編にはなかった。
期待されて、求められるのは嬉しい。だけどその手を取るには、まだ自信がない。
言葉に詰まらせていると、さらに口説かれる。
「いまはまだ、淡くて頼りない光だけど、育てればもっと輝きが増す。俺は君の一番近くで、君の才能を育てたい」
「育てる?」
「あー、育てるってのは上から目線だよね……。そうだなぁ、なんて言えばいいんだろう」
うーんと悩まし気に腕を組む夏輝くん。どんな言葉が飛び出すのかと待ち構えていると、何かを思いついたかのように、にぱっと笑った。
「お互い応援しながら、一緒に高みを目指していこうよ」
それはつまり、推しを推して、推しからも推されながら、高みを目指していくということか? なんだか凄く幸せなループに思える。
夏輝くんから応援してもらえるだけで、エネルギーが沸き上がってくる。憧れの人から応援されたら、なんだってできそうな気がしてきた。
こんな風に、他人から認められて、応援されたのは初めてだ。
もしかしたら、いまが変わるチャンスなのかもしれない。
前世での僕は、いつもひとりぼっちだった。教室の隅から楽しそうにはしゃぐクラスメイトを眺めるだけの日々。輪の中に入れない自分を、惨めに思っていた。
環境が合わないだけ。そう言い訳をしてきたけど、本当は違う。
僕は、踏み出す勇気がなかったんだ。卑屈で意気地なしだったから、いつまで経っても動けないままだった。
ひとりぼっちの真っ暗な学園生活はもうこりごりだ。僕だって、輝きたい。
変わるために、一歩踏み出さなければ――。
高鳴る心臓の音を感じながら、顔を上げる。
「入ります」
言えた。最初の一歩を踏み出せた。
心臓は激しく暴れまわっている。アイドルなんて務まるのかという不安は、いまだに拭えない。自信だってこれっぽっちもない。
それでも、まずは一歩、踏み出せた。
夏輝くんの瞳に光が宿る。パアアっと子供のような無邪気な笑顔を浮かべたかと思うと、人懐っこいわんこのように抱きついてきた。
「そうこなくっちゃ!」
いきなり抱きつかれたもんだからバランスを崩す。一歩、二歩とよろけながらも、なんとか態勢を保った。夏輝くんは僕に抱きつきながら、すりすりと頬擦りをしてくる。
(近い、近い、近い!)
推しに抱きつかれてパニックになる。触れている場所からはじんわりとぬくもりを感じた。くすぐったいような息遣いも感じる。それに甘い匂いも。花やお菓子の匂いとはまったく別の甘さ。多分、夏輝くんの匂いだ。
画面越しでは伝わってこなかった感覚に包まれて、クラクラした。
(ダメだ。どうしようもなく可愛い)
わんこのようにじゃれてくる夏輝くんは、やっぱり可愛い。あまりにも可愛いからこちらからも抱きしめたり、頭を撫でてみたくなったが、そんなことをしたら失礼かもしれない。
夏輝くんは一度身体を離すと、にっこり笑った。
「これからよろしくね、しおりん」
「しおりん!?」
そうだった。夏輝くんはみんなにおかしなあだ名をつける習性がある。プレイヤーのことは『〇〇りん』と呼んでいた。
たとえば「ゆか」と設定したら「ゆかりん」、「かなこ」と設定したら「かなりん」だ。上2つの文字を取って「りん」を付ける。
夢野詩音は「しおん」だから「しおりん」。ゲームでも聞き馴染みのある呼び方だったけど、こうしてリアルで呼ばれると気恥ずかしい。しおりんなんて女の子みたいじゃないか。
不服ではあったが口に出すことはできず、もう一度されるがままに夏輝くんにじゃれつかれる。そうこうしていると、スマホが振動する音が聞こえた。
夏輝くんはパッと僕から離れると、制服のポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。
「あ、えいちゃんから電話だ。なんだろう?」
夏輝くんはいつもの調子で電話に出た。
「もしもし、えいちゃん? んー、いま? 夢野くんを抱いてた。……え? 違う違う、そういう意味じゃなくて。……襲っているわけじゃないよ。ほんとだって。俺、無理やりとか趣味じゃないし。……あー、いま? アリーナ。こっち来る? うんわかった。待ってるー」
なにやらおかしな会話が繰り広げられていた気がする。電話を切った夏輝くんは、にっこり可愛らしく微笑んだ。
「みんな来るって。来たらちゃんと伝えるよ。しおりんがメンバーになったこと」
そこで、ハッと気づく。
(入ると言ったはいいけど、メンバーは夏輝くんだけじゃない)
ほかのメンバーにも受け入れてもらえるか不安だった。こんな陰キャは願い下げだと言われたら絶対にへこむ。
ビクビクしながら待っていると、真っ先に
「夢野! 無事か!?」
いつになく焦った表情でこちらに走ってくる。ステージまで駆け上ってくると、僕の肩を掴みながら上から下まで凝視した。
「着衣の乱れなし。襲われてはいないようだな」
「もー、だから襲ってないって言ってるじゃん」
夏輝くんが頬を膨らまして抗議すると、「かわいこぶってんじゃねーよ」と頭を引っ叩かれた。それから瑛士くんは、深刻そうな表情で忠告する。
「夢野、気を付けろよ。こいつは可愛い顔しているけど、中身は普通に男だからな。ポヤポヤしてると喰われるぞ」
「くわっ!?」
なんだかとんでもないことを言われたような気がした。二人を交互に見ていると、夏輝くんがムッとした表情を浮かべる。
「なんてこと言うんだよ、えいちゃん! いくら美人が相手でも無理やり襲ったりしないから」
そうだ。そんなことあるはずがない。夏輝くんは男らしい一面もあるけど、基本的には可愛い男の子だ。
なんとか納得させていと、
「瑛士、足速すぎ! 追いつけねーよ」
「あっはっは! 天才の俺を負かすとは、やるな瑛士」
ぜえぜえと息を切らす海斗くんに、高笑いする聖くん。『カンパネルラ』のメンバーが揃った。すると夏輝くんがステージ上で大きく手を振る。
「はいはーい、注目! ビックニュースでーす」
みんなの視線を集めると、夏輝くんは僕の肩に手を回す。そのまま高らかに宣言した。
「今日からしおりんがカンパネルラのメンバーに加わります! 異論のある人~」
恐る恐るみんなの表情を見る。突然の宣言に驚きはしていたものの、異論を唱えるメンバーはいなかった。
「あー、いいんじゃないか? 夢野くん、歌上手いし」
「そーだな、うちのユニットは圧倒的に歌唱力が劣ってるんだ。夢野が入ればそこも補えるだろう」
「あっはっは! 5人目が加わって『カンパネルラ』もパワーアップだな! いいぞいいぞ!」
こっちが驚いてしまうほど、好意的に受け入れてくれた。そんな態度を取られたら、こっちが恐縮してしまう。
「いいん、ですか? 僕みたいな陰キャが加わって」
おずおずと尋ねると、みんなは何食わぬ顔で答えた。
「そんな風に自分を卑下するなって。陰キャのアイドルってのも斬新かもしれないぞ?」
「うちのユニットはうるさい奴ばっかりだから、大人しい奴を入れた方が釣り合いが取れる」
「気にするな! 陰キャも個性だ!」
彼らの言葉に圧倒されていると、夏輝くんは僕の肩に手を回したままにこっと笑った。
「みんな受け入れてくれたね。これでしおりんも仲間だ」
仲間。ずっと憧れていた人達に仲間と認めてもらえた。それは、自分自身が全肯定されたかのように嬉しかった。みんなの期待に応えたい。
「僕、頑張ります!」
こうして夢野詩音はアイドルとして『カンパネルラ』に加わることになった。
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