第5話 オープニングは神曲です

 授業開始を知らせるチャイムが鳴り響く。その直後、ガラガラと扉が開いて先生がやって来た。


「ボンジュール、ヒヨコちゃん達! 楽しい音楽の時間ですよ~」


 艶やかな銀色の髪を腰まで伸ばした男性が、ひらひらと手を振りながら教壇に登る。まばゆいオーラに、みんな圧倒されていた。


(セドリック先生だ。画面越しで見るよりオーラある)


 中性的な美しい顔立ちに、モデル並みのスラッとしたスタイル。フランス生まれということもあり、彫りの深い顔立ちをしていた。


 セドリック先生は歌のレッスンを受け持っている。独特の喋り方で進めるレッスンは、見ているだけで面白い。現実の世界にもこんなに面白い先生がいたらなぁと思っていた。


「では、発声練習から始めましょう」


 セドリック先生のピアノに合わせて、発声練習を始める。集中しなきゃと頭では分かっているけど、すぐ隣に夏輝なつきくんがいる状況では集中なんてできなかった。


(夏輝くん、いい声してるなぁ。音階に合わせて声を出しているだけなのに惹きつけられる)


 発声練習に参加しながらも夏輝くんを盗み見る。何度もチラチラ見ていたものだから、本人にも気付かれてしまった。


 目が合うと、夏輝くんはちょっと呆れたようにフッと笑う。発声練習を中断すると、耳元に顔を寄せてこそっと注意した。


「集中しないとダメだよ」


 耳元に吐息がかかる。その瞬間、腰が抜けてヘナヘナと椅子にしゃがみ込んでしまった。


 突然しゃがみ込んだ僕を見て、セドリック先生はピアノを中断する。


「黒髪のヒヨコちゃん、気分でも悪くなりました?」


 周囲から一斉に注目されたところで慌てて立ち上がる。


「ダイ、ジョブですっ。なんでもありません!」


 返事をすると、ドッと笑いが起きる。恥ずかしさで消えてしまいたくなった。


~☆~☆~


 授業が中盤に差し掛かると、セドリック先生が楽譜を配り始める。


「ここからは一人ずつ歌ってみましょう!」


 前から順番に楽譜を配布された。。


 一人ずつ歌うなんて陰キャにとっては苦行以外の何ものでもないが、曲名を見てハッとした。


(これ、スタトレのオープニングだ)


 指定された曲は、スター☆トレインのオープニング曲『Shiningシャイニング Starスター』。何百回と聞き込んでいるから、歌詞も暗記している。


(これだったら歌えるかもしれない)


 セドリック先生がピアノの前に座る。細い指先で奏でられたのは、やはりスタトレのオープニングだった。


 明るい曲調のメロディーが、ピアノでダイナミックに奏でられる。スタトレファンには堪らないシチュエーションだ。


 聴いているだけでワクワクしてくる。曲に合わせて自然と身体が揺れていた。


 1曲弾き終わった後、セドリック先生は何人かの生徒を順々に指名した。指名された生徒は、ピアノの隣に移動して、サビをソロで歌い始めた。


 アイドルたちの生歌が聴けるとワクワクしていたが、いざ聴いてみるとイメージしていたのと違う。みんなはこの歌に馴染みがないのか、探り探りの自信なさげな歌い方だった。


(音程がズレてる。リズムも違う。あ、いま歌詞間違えた……)


 お世辞にも上手いとは言い難い歌にモヤモヤする。自分だったらもっと上手く歌える。そう思ってしまうほどだった。


「違う……。『Shining Star』はこんなんじゃない……」


 俯きながらぶつぶつ言っていると、隣に座っていた夏輝くんから視線を向けられる。


(マズイ! またおかしなところを見られた)


 後悔していると、夏輝くんはにこっと明るく笑いながら挙手をした。


「セドリックせんせー! 次、夢野くんが歌いたいそうです!」


 突如指名をされて目を瞠る。夏輝くんは一体何を言っているんだ?


「僕、歌いたいなんて一言も……」

「えっ? 違った? 僕の方が上手く歌えるのにっているアピールかと思った」

「違います!」

「まあ、でも良いじゃん。俺、夢野くんの歌聴きたい」


 キラキラした眼差しでお願いされると断りづらくなる。ぐぐっと押し黙っていると、セドリック先生も輝くような笑顔を浮かべた。


「わおっ! 黒髪のヒヨコちゃん、やる気があって良いですね~。それじゃあ、前に来てください」


 結局、歌う流れになってしまった。


(なんでこんなことに……)


 元凶である夏輝くんにジトっとした視線を送るも、本人は楽しそうにニコニコ笑うばかり。罪悪感は微塵も抱いていなさそうだ。可愛いんだけど、腹立つっ!


 僕は渋々立ち上がり、ピアノの前に移動した。


(人前で歌うなんて恥ずかしい。本当に勘弁してほしい……)


 セドリック先生はサビの手前からピアノを弾きはじめる。Bメロからサビに向けてドンドン曲が盛り上がっていく。ピアノの音がダイナミックになるにつれて、鼓動も早くなった。


 みんなから注目されているのが分かる。意識しないように目を閉じて、ピアノの音に集中した。


 本当に嫌だ。恥ずかしい。逃げたい。だけど……。


(やるからには中途半端にしたくない。大好きな曲だから)


 サビの直前で大きく息を吸う。パチッと目を開いた瞬間、夏輝くんと視線が交わった。


 迷いないメロディーで、僕は歌う。


『♪~君と出会って僕の毎日は輝き始めた』


 ワンフレーズ歌っただけで気持ちがたかぶってくる。歌詞と物語がシンクロして、映画のフィルムのように名場面が脳内を駆け巡った。


 部屋の中で、教室の隅っこで、駅のホームで、僕はずっと彼らの物語を追いかけてきた。物語に触れながら、何度も笑って、何度も泣いた。本当に彼らの物語が大好きだったんだ。


『♪~闇の中から連れ出してくれたんだ』


 その中でも夏輝くん。君は特別だ。


 君の笑顔に、君の言葉に、君の生き様に、僕は何度も勇気づけられた。力強い圧倒的な光で、どん底にいた僕を照らしてくれたんだ。


 一人ぼっちで孤独だった学校生活も、君がいたから頑張れた。君のようになりたくて、ずっと追いかけてきたんだよ。


『♪~君は僕の一番星だから』


 この想い、届くかな? いや、届くわけないね。


 君はまだ何も知らない。これから始まる物語を。

 いまはまだ、スタートラインに立っているんだから。


 その美しい瞳がどんな景色を映し出して、どんな夢を見るのか。どんな苦難にぶち当たって、どんな風に乗り越えていくのか。それをいまこの段階で知っているのは、僕ひとりだけだ。


(ねえ、君の物語を、もう一度僕に見せてよ)


 願いを込めながら歌う。夏輝くんはじっとこちらを見つめている。その瞳にキランと光が宿ったような気がした。


♪~


 歌いきった。ピアノの伴奏が止んでも、ドキドキは収まらない。


 歌っていて気付いたけど、この身体は良い声が出る。少年らしさの残る甘い歌声は、自分で聴いていても心地よかった。


 疲労感に包まれながら浅い呼吸を繰り返していると、盛大な拍手に包まれる。


「めちゃくちゃ上手いな!」

「上手すぎて鳥肌たった!」

「歌詞もメロディーも完璧じゃん」


 拍手に混ざって賞賛の声も届く。こんな風にクラスメイトに褒められたのは初めてだったから、気恥ずかしくなった。


 セドリック先生も大きく拍手をしながら賞賛する。


「トレビアーン! メロディーも歌詞も完璧ですね。なにより心がこもっている! 私、感動しました!」


 顔が熱くなる。恥ずかしくなって、僕は早足で席に戻った。


 席に戻ると、夏輝くんからじっと視線を向けられる。その眼差しは真剣そのもの。


「さっき、俺を見て歌ってたよね?」


 バレていた! 気持ち悪いと思われたかもしれない。


「ごめんなさい!」


 ドン引きされているとばかり思っていた僕は、咄嗟に謝る。しかし夏輝くんから返ってきた言葉は意外なものだった。


「届いたよ」

「え?」

「なんか、グッと来た」


 まさかそんなことあるはずがない。この気持ちが届くなんてありえない。

 だけどもし、この気持ちの百分の一でも届いているなら、すごく嬉しい。


「ありがとう、ございます」


 僕は小さくなりながら俯いた。


~☆~☆~


 授業終わり。音楽室から出ようとしたところで、夏輝くんに呼び止められた。


「夢野くんってさ、まだユニット組んでないよね?」

「え、あ、はい」


 多分。転生する前の夢野ゆめの詩音しおんについては不明だが、ゲームのシナリオ通りだったら、どのユニットにも所属していないはずだ。


 そしてこの先の展開も知っている。シナリオ通りなら、このタイミングでマネージャーに誘われるんだ。


「良かったら、俺達のユニットに入らない?」


 やっぱりそうだ。ゲームと同じ展開になった。


 ここから夢野詩音は、マネージャーとして彼らのアイドル活動を支えていく。そんな青春も悪くない。


「はい、精一杯サポートしますね」


 意気込みを見せたものの、夏輝くんはきょとんと首を傾げる。


「サポートする? 何言ってんの?」

「え? マネージャーとして『カンパネルラ』をサポートしようと」

「いらないよ、マネージャーなんて」

「はい!?」


 話が噛み合わない。夏輝くんは何を言っているんだ?


「えっと、夏輝くんは何に勧誘しているんですか?」

「何って、『カンパネルラ』の5人目のメンバーにだよ」


 5人目のメンバー? 意味が分からない。


「マネージャーとしての5人目じゃなくて?」

「だからマネージャーはいらないって。アイドルとしての5人目だよ」


 さも当然のように告げる夏輝くん。理解するのに数秒の時間を要した。


「それって、僕をアイドルにスカウトしているんですか?」

「そうだよ?」


 なんだかおかしな流れになってきた。


 ゲーム内では夢野詩音はアイドルユニットには加わらない。マネージャーとして、彼らをサポートするだけだ。


 それなのにアイドルとしてスカウトされてしまった。そんな展開はゲームでは起こりえない。もしやこれは、僕が歌を披露したせいで、シナリオが改変されてしまったのか?


 これは大変だ。僕にアイドルなんて務まるはずがない。


「無理です!」


 動揺のあまり、僕は逃げ出した。


(陰キャがアイドル? とんでもない! そんなの絶対に回避だ!)

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