第4話 結局、箱推しなんです
チャイムが鳴る前に、僕は
「はあ、はあ……。間に合ってよかったですね……」
「だねっ! あー、カイくん、えいちゃん、ひっちー!」
夏輝くんは片手をブンブン振りながら叫ぶ。その姿は飼い主を見つけて尻尾を振るわんこのようだ。
夏輝くんにつられるように、僕も顔を上げる。そこにはまたしても眩しい光景が広がっていた。
(
『カンパネルラ』とは、夏輝くんが所属するアイドルユニットだ。涼風夏輝、水瀬海斗、神宮寺瑛士、矢神聖の4人で構成されている。
この学園では生徒同士で自由にアイドルユニットを組める。生徒同士でスカウトし合って一緒に活動する仲間を集めていくのだ。
ぼっちには厳しいシステムだけど、アイドルになろうとする男の子たちの集団なのだから苦に感じている人は少ない。現に夏輝くん達も、入学早々にメンバーを集めてユニットを組んでいた。
夏輝くんはメンバーのもとにダッシュする。
「みんなと一緒でよかった! やっぱり俺達気が合うねっ」
「おいっ! ベタベタすんな夏輝!」
「いいじゃん、えいちゃん。減るもんじゃないし」
「それより夏輝。もっと余裕を持って行動しろ。遅刻したら減点だぞ?」
「分かってるって。カイくんは相変わらずおかんだね」
「誰がおかんじゃ、誰が!」
「あっはっは! 遅刻はいかんぞ、夏輝。まっ、天才の俺は遅刻なんかしないけどな」
「言ったね、ひっちー! じゃあもし遅刻したら腕立て100回ね」
「望むところだっ!」
『カンパネルラ』のメンバーが楽しそうに会話している。
夏輝くんは人懐っこい笑顔を浮かべながら瑛士くんに抱きつき、瑛士くんは鬱陶しそうに追い払おうとしていた。
そんな二人のやりとりを呆れ顔で見守る海斗くん。その隣では、聖くんが腕を組んで高笑いをしていた。
推し達が楽しそうに話をしている姿を見ているだけで、頬が緩んでしまう。
(みんな尊い。結局僕は箱推しなんだよなぁ)
箱推し。つまりメンバー全員が推しというわけだ。もちろん一番の推しは夏輝くんなんだけど、『カンパネルラ』のメンバーは全員大好きだ。
推し達が目の前にいる状況だけで、もう一回死ねそうだ。
頬の緩みは、もはや隠すことなんてできない。僕は遠くから彼らを見守っていた。
(そうだ。せっかくだし、みんなのステータスを確認してみよう)
心の中で「ステータスオープン」と唱えると、『カンパネルラ』のメンバーのステータスが表示された。順々に確認していく。
【
高校1年生
アイドルランク ノーマル
ダンス 11
歌 19
演技 12
スキル ハイパーアシスト
(海斗くんは初期値からバランスいいなぁ。隙がない)
海斗くんは『カンパネルラ』のリーダーで、みんなのまとめ役だ。面倒見のいい性格から、ファンの間では「おかん」の愛称で親しまれている。
肩まで伸ばした金色の髪を後ろで束ねていて、サイドのおくれ毛を揺らしている。キリっとした二重の目元もカッコいい。身長は175センチだから『カンパネルラ』の中では一番高い。
次に夏輝くんに抱きつかれている瑛士くんに視線を向ける。
【
高校1年生
アイドルランク ノーマル
ダンス 18
歌 12
演技 9
スキル ビッグバン
(運動神経のいい瑛士くんはダンスが上手いんだよなぁ)
瑛士くんは赤髪ショートで目つきの鋭い男の子だ。アイドルらしからぬ荒々しい言動が目立つけど、曲がったことが嫌いな男気ある性格だ。
普段は素っ気ないけど、メンバーがピンチの時には真っ先に駆けつける正義感の強さも持っている。男らしい性格は僕も見習いたいところだ。ちなみに身長は夏輝くんとほぼ同じだ。
最後は高笑いをしている聖くんに視線を向ける。
【
高校1年生
アイドルランク ノーマル
ダンス 15
歌 9
演技 10
スキル ラピッドグロウス
(聖くんは初期値は低めだけど、伸びしろがあるんだよなぁ)
天才を自称する聖くんは、『カンパネルラ』のムードメーカーだ。ナルシスト気質で若干頭のネジが外れているところがあるが、持ち前の明るさで無自覚に人を救うことがある。ファンの間では「愛すべき馬鹿」と呼ばれていた。
毛先の跳ねたオレンジがかったショートに、目尻がきゅっと吊り上がったぱっちり猫目。身長は165センチとやや小柄だが、存在感は誰よりもある。
一通りステータスを確認したところで、夏輝くんがこちらに手を振る。
「何やってるのー? こっちで一緒に座ろうよ」
咄嗟に周囲を見渡す。
(夏輝くんは僕に言っているのか?)
陰キャで存在感のない僕に声がかかるなんて思わなかった。
声をかけてくれたのは素直に嬉しい。僕は遠慮がちに彼らの輪に加わった。
『カンパネルラ』のメンバーを間近にすると、高揚感に包まれる。ゲームで見ていた推し達が、目の前で動いて喋っている。それだけで感動だ。
(見ているだけで幸せ。彼らの笑顔をいつまでも見守っていたい)
楽しそうに会話をする彼らをしみじみ眺めていると、突如天命が下ったかのようにビビッと気が付く。
(もしかして僕は、彼らの笑顔を守るために転生したんじゃ……)
もしそうだとしたら最高だ。その役目、ぜひとも引き受けたい。
推しの笑顔を守るためなら、僕はなんだってできる。彼らを曇らせる不届き者が現れようものなら、徹底的に蹴散らしてやろう。
「みんなのことは、僕が守りますね」
感極まって思わず口に出してしまった。ハッと気づいたときには後の祭り。突拍子のない言葉を聞いた面々は、一様にきょとんとしていた。
その表情を見た瞬間、余計なことを口走ったことを後悔する。咄嗟に口を塞ぐも、先ほどの言葉が撤回できるわけもなく、『カンパネルラ』の面々は複雑そうな表情を浮かべる。
「守るってどういうことー?」
「別に俺達、守ってもらう必要なんてないんだけどなぁ」
「んだよ、ガキ扱いしてんじゃねーよ!」
「あっはっは! 俺達は守られるようなヤワな男じゃないぞ!」
みんな「守る」という発言に抵抗を示しているようだった。確かにそうだ。彼らは守られるようなか弱いタイプではない。守るなんて上から目線で言ったら失礼だ。
「あ、の、スイマセン! 変なこと言って」
赤くなった顔を隠すように俯く。初っ端からおかしな奴だと思われたかもしれない。恥ずかしさで消えてしまいたくなった。
俯いていると、夏輝くんが隣の座席をポンポンと叩いていることに気付く。
「まあ、とりあえず座りなよ。隣、空いてるよ」
その言葉でハッと顔を上げる。
(隣に座る!? 僕が? 夏輝くんの隣に?)
そんなことがあってもいいのか。戸惑いながら固まっていると、夏輝くんは「ん?」と声を出しながら首を傾げた。
ここで躊躇っていたら、また変なやつだと思われる。
「お、お邪魔します」
ガチガチに緊張しながら夏輝くんの隣に座った。
不自然なほどに背筋を伸ばしながら固まっていると、夏輝くんは机に頬杖をつきながら僕の顔を覗き込む。
「なんでそんなに固くなってるの? おかしな夢野くん」
推しのスマイルをもろに食らって爆死する。すっと目を細めながら、余裕に満ちた笑顔を向けられたら堪ったもんじゃない。
(君の笑顔は兵器なんです~! ちゃんと自覚してください~!)
なんて本人に言えるはずもなく、発火しそうなほどに熱くなった顔を隠すように俯いた。
それから夏輝くんは何かに気付いたように「あ!」と声を上げる。
「教科書忘れた」
「ばかちん」
海斗くんからお叱りの言葉が飛んでくる。無理もない。何しにここに来たんだと突っ込みたくもなるだろう。
とはいえ、教科書を持ってないのは僕も同じだ。中庭から音楽室に直行したのだから仕方ない。
夏輝くんは海斗くんに恭しく懇願する。
「カイくん、教科書貸して~!」
「夢野くんに見せてもらえばいいだろ?」
「夢野くんも持ってないよ。俺たち手ぶらで来たもん」
「はあぁ……。二人揃って何やってんだ」
小言を言いながらも海斗くんは教科書を貸してくれた。やっぱり海斗くんは優しい。夏輝くんは「ありがとー!」と大袈裟に喜んでから教科書を受け取った。
そこでもう一度、視線を合わせる。
「一緒に見よっか、夢野くん」
「は、はいっ……」
「ん、じゃあもっと近くに行っていい」
「ひえっ!?」
おかしな悲鳴を上げてしまうと、夏輝くんにクスっと笑われた。
「何、その声? 離れていたら教科書見えないでしょ? それとも俺の近くは嫌?」
こくりと首を傾げながら尋ねる夏輝くん。動揺も緊張も何もかも見透かされそうで怖い。焦りを振り払うように、僕はふるふると首を振った。
「や、じゃ、ないです……」
「そっか、よかった」
夏輝くんはにこっと微笑む。それから腰を浮かせて、長椅子の隙間を埋めた。
「この距離なら一緒に見られるね」
真横に推し。これは授業どころじゃない。
緊張で震えていると、こつんとお互いの膝がぶつかる。それだけで心臓がばくんと跳ね上がった。夏輝くんはまったく気に留めていないようだけど。
心臓を押さえながら俯く。
(これは重症だ……)
推しが尊すぎてしんどい。こんなにドキドキしっぱなしで、学園生活をやっていけるのだろうか?
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