第3話 推しのいる世界に転生していた
間違いない。僕はスタトレの主人公、
(もしかしてこれって異世界転生!? 剣と魔法の世界に転生する話は知っているけど、アイドル育成ゲームの世界に転生するなんて……)
混乱している僕を見て、夏輝くんが困ったように笑う。
「まだ寝ぼけてるみたいだね。でもそろそろ起きないと午後のレッスンに遅刻しちゃうよ」
「午後のレッスン?」
「うん、
そうだった。この学園ではアイドルを養成するため特別なプログラムが組まれている。
夏輝くんの説明した通り、ダンスと歌と演技の3種類から自由にレッスンを選択できる。まあ、ゲーム内では選択するのはプレイヤーなんだけど。
そこで僕はあることに気づく。
(ゲームの世界なら、アレもできるのか?)
僕だって異世界転生ものは多少齧ってきた。その知識をもとに思い切って口にしてみる。
「ステータスオープン」
「おわっ! びっくりした! どうしたの急に?」
思っていた通り、ステータス画面が表示された。まさか本当に出て来るとは……。反応を見る限り、夏輝くんには見えていないようだけど。
僕は宙に表示された半透明のステータス画面を確認する。
【夢野詩音】
高校1年生
アイドルランク ノーマル
ダンス 6
歌 23
演技 10
スキル スタートレイン
(これ、初期値だな。ダンスと演技は低いなぁ。……ってスキル「スタートレイン」ってなに!? タイトルのまんまじゃん!)
納得できない部分もあるが、ステータスが確認できたのはありがたい。夏輝くんに視線を向けると、そっちのステータスも確認できた。
【涼風夏輝】
高校1年生
アイドルランク ノーマル
ダンス 12
歌 7
演技 27
スキル ハイパワーサンシャイン
(これ、夏輝くんの初期値だ)
スタトレの面白いところは、キャラクターごとにステータスの初期値が異なることだ。各キャラクターの性格や生い立ちによって、初期値が割り振られている。夏輝くんの場合は、入学直後の4月の時点では、歌のステータスが低く設定されている。
ステータスはレッスンを通して上げられる。ダンスのレッスンを受ければダンスのステータスが上がり、歌のレッスンを受ければ歌のステータスが上がるシステムだ。
バランスよくステータスを上げるもよし、得意分野を伸ばしてもよし、育成方法はプレイヤーに委ねられていた。
ちなみに僕は、バランス重視で育成するタイプだ。いまの夏輝くんのステータスなら、迷わず歌のレッスンを選択する。
「俺はどのレッスン受けようかなぁ。ねえ、どれがいいと思う?」
不意に意見を求められる。僕はおずおずと伝えた。
「歌のレッスンがいいと思います……。歌はあまり得意ではなさそうなので……」
夏輝くんは決まりの悪そうな顔をする。
「あちゃー、さっきの歌聴かれてたかぁ。俺、歌には自信ないんだよねー」
その言葉で先ほどの歌を思い出す。
(そっか、歌が下手だったのは、ステータスが低かったからか)
ゲーム内ではステータスが低い状態の歌を聞くことはないけど、リアルだとちゃんと耳に届く。ここからプロレベルに引き上げていくのは、相当骨が折れるような気がした。
だけど夏輝くんは悲観していない。
「俺、もっと歌が上手くなりたいんだ! だから歌のレッスンを受けるよ!」
超絶ポジティブな言葉に圧倒される。
そうだ、夏輝くんはこういう子だ。できないと悲観してウジウジするタイプではない。そういう姿にも憧れていたんだ。
夏輝くんは「ヨイショ」と立ち上がり、僕に手を差し伸ばす。
「それじゃあ夢野くん。一緒に歌のレッスンを受けようか」
「僕と、ですか?」
「うん」
にこっと愛らしく微笑みながら手を差し伸べる夏輝くん。推しの笑顔はやっぱり眩しい。
高鳴る鼓動を感じながら、僕は手を伸ばす。触れてもいいのかと躊躇っていると、ぎゅっと手を握られて、引き上げられた。その勢いのまま、少しよろけながら立ち上がる。
こんな風に手を繋がれたのは久しぶりだ。小学校、いや幼稚園以来な気がする。
そもそも男同士でこんな風にナチュラルに手を繋ぐものなのか? ずっとぼっちだから正しい距離感が分からない。
戸惑いながらも夏輝くんの隣に立つと、あることに気付く。
(あ、僕より身長高いんだ)
隣に並ぶと、夏輝くんの方が若干背が高いことに気付く。見上げるほどではないから、多分2~3センチくらいだと思うけど。
可愛い印象が強かったから小柄だと思っていたけど、公式設定では172センチはある。だから実際にはこんなものなのだろう。
夏輝くんが172センチだとするなら、いまの僕は170センチくらいか。ぼんやりと考えてると、夏輝くんに手を引っ張られる。
「早く行こ」
夏輝くんに手を引かれるまま、僕は走り出した。
ローファー越しに芝生の柔らかい感触が伝わる。春を感じさせる柔らかな風に二人の髪が揺れた。雲ひとつない澄んだ空は、どこまでも広がっている。
青い春と書いて「青春」と呼ぶなら、僕らはいま青春の真っ只中にいるのかもしれない。そんな小恥ずかしいことを考えながら、夏輝くんの背中を追いかけた。
~☆~☆~
息を切らしながら下駄箱で上履きに履き替える。授業開始ギリギリなのか、校舎に入っても夏輝くんは走っていた。
すると角を曲がったところで、パリッとスーツを着こなした眼鏡の男性と鉢合わせる。僕らが角から飛び出してきたのを見て、眉を顰めた。
「こら、廊下を走るんじゃない」
(こ、これは……!)
スタトレに登場する経堂先生だ。夏輝くん達のクラスの担任で、数学を教えている。
(怖そうだけどカッコいい。本物に会えるなんて感動だ!)
お叱りモードの経堂先生だったが、夏輝くんは注意を受け流すようににこっと笑う。
「はーい、気をつけます!」
そう返事をしながら、階段を一段飛ばしで登り始めた。
経堂先生はまだ何か言っていたけど、夏輝くんは止まらない。軽やかな足取りで階段を駆け上がった。僕も夏輝くんに置いていかれないように階段を駆け上がった。
経堂先生と遭遇したことで疑惑は確信へと変わった。やっぱり僕はスタトレの世界に転生したんだ。
心臓が暴れているのは走っているせいだけじゃない。こんなにも胸が昂ったのは久しぶりだ。
僕はいま、推しのいる世界線で学園生活をやり直そうとしているんだ。
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