第6話 転職の儀式

30. 終焉は突然に

「それ」は花々がずっと待ち望んでいたことで、しかしながらその場所へと向かう道程は彼女自身が気付かない内にゆっくりと、そして着実に進行していた。

 だが、彼女はその時「それ」が唐突に訪れた出来事であるかのように感じた。



「『にっこり急便』で~す」

 ある日、宅配業者の男性が花々の部屋の扉を元気良く叩いた。

「うっ! は~い、今出ます」

 うたた寝していた花々は慌てて飛び起き、扉まで駆けていく。

 扉を開けると、予想していたよりも高齢の男性がくたびれたような笑顔を覗かせた。

「花々さん、細工職人協会からのお届け物です。サインをお願いします」

「はい」

 差し出されたペンで配達証明書にサインすると、男性は荷物を手渡した。そして、「ありがとうございました~」と言ってお辞儀をし、駆け足で去っていった。

 花々は階段の向こう側に配達員が消えるところまで確認し、受け取った小さな段ボール箱を少しの間眺めた後、その箱を小脇に抱えて扉を閉めた。

(何だろ?)

 ベッドまで戻り、貼ってあった送り状とガムテープをびりびりと乱暴に剥がした。少々汚い剥がし方だったが、恐らくは――花々の個人情報を知る「赤花の守り石」事件の錬金術士が、彼女の部屋を覗き見るストーカーと化している可能性もない訳ではないが――自分以外に誰もいない筈なので問題ないだろう。

 箱を開くと、中には緩衝材と共に数枚の書類と冊子が入っていた。

 花々は取り敢えず先に、添え状と思わしき紙に目を通すことにした。

 紙には次のようなことが書かれていた。



「――花々 様


 拝啓 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 さて、この度は貴殿の細工職人新人教育課程が終了致しましたことをご報告申し上げます。

 つきましては、細工職人協会本部施設にて終了講習と初級細工職人スキルの授与式を執り行いますので、ご都合の宜しい日時を総合受付所までお知らせ下さい。尚、講習等につきましては、約三時間半を予定しております。

 それでは、ご返答をお待ち申し上げております。


 都市暦347年4月27日 細工職人協会」



 思わず目を見開く。

「……!!」

 上手く言葉が出て来なかった。

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