31. 喜びの歌

 花々は直様細工職人協会へ走った。そして、即効で講習の予約手続きを済ませた。

 もう一方、初級細工職人スキルの授与式の方は、講習終了後に執り行われる予定だそうだ。

「あ、花々さーん」

「草薙さん!」

 総合受付で手続きを済ませ、そのまま帰宅しようとした時、偶然通りかかったらしい草薙が声を掛けてきた。

 どうやら、彼女は既に花々の事情を把握しているようだ。

「この度はおめでとうございます。漸く見習い卒業ですね」

「有難うございます! もう早速、講習の予約を入れちゃいましたよ」

「ふふ、良かったですよ。花々さんが細工職人に居ついて下さって。本当に人手不足ですからね、うちは」

「ああ、これでやっと物が作れるー」

 感無量でそう零した花々に、草薙は心底嬉しそうに微笑み掛ける。

「そういう所、花々さんもやっぱり生産職だなって思いますよ。……でも、残念です」

「何がですか?」

「花々さんが見習いを卒業してしまうということは、私も花々さんの新人担当を外れてしまうということですから」

「え?」

 花々は目を瞬かせる。

「新人担当」――今更ながら、初めて聞く話だ。そんなシステムがあったのか。

 道理でクエストカウンターに行くと、いつも必ず草薙が出てくる筈だ。慣れている相手だから周りが気を利かせているのかと思ったが、そういうことだったのか。

(何でそういうシステムだって、誰も言ってくれなかったんだ……)

 実際には明文化されたルールではなく、暗黙の了解のようなものなのだろうか。

 しかし、そうであるならば引っかかることが一つ。

「初めてクエストを受けた時は自分から草薙さんの所へ行きましたよ。でも私、新人担当のこととか、全然知りませんでしたし。まさか、偶然そんな……」

「本当に運命みたいですよね!」

「えー……」

 そんな運命は要らなかった。花々は心底嫌そうな顔をした。

「冗談はさて置き、仮にあの時花々さんが私以外の職員の所へ行っていたとしても、担当者の私の許に誘導される手筈になっていました。あの時偶々、他の窓口が受注対応で全て埋まっていたので、花々さんは私の所へ来られたんでしょうけれども。……覚えていらっしゃいませんか?」

「え? そうでしたっけ?」

 花々は眉間を皺くちゃにして思い出そうとした。が、全く記憶にない。多分その辺の経緯は、心底どうでも良いと思って忘れ去ったのだと思う。

「そういう所、花々さんらしいですよね。でも、初体験の思い出くらいは後々の話の種に覚えておいた方が良いと思いますよ」

「う~ん、そうは言っても中々記憶力が持続しないんですよね、私」

「よく言いますよ。知力特化型が」

「それも、ちょっと自覚ないです」

 草薙の口から「知力」という言葉が出て来たお陰で、今は余り考えたくない「四次転職」のことが脳裏を過った。草薙の顔を見ると、如何にも腹黒そうな笑みを浮かべていたので、きっと態とその言葉を口にしたのだろう。

 やっぱり、この運命は要らない。

「それで、花々さんはどう思っていらっしゃるのです? 担当から外れてしまうと、花々さん、きっと今迄のように私とお話ししてくれなくなるでしょう」

「そんなことないですよ。私も寂しいです」

 花々はそう答えた。しかし――。

「花々さん」

「何でしょう?」

「顔が笑ってます」

「そうですか?」

「はい、満面の笑みです。心の底から嬉しい、という顔です」

「……」

 片や草薙は作り物の笑顔だった。心の機微に疎い花々でもそれは分かった。

「花々さん」

「はい」

「覚えておいて下さいね」

(ひいいいいいっ!)

 不気味な捨て台詞を残して、草薙は去っていった。

 今度は一体どんな目に合わされるのだろうか。

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