29. 奇縁

「花々さん、大丈夫? 僕、何か聞いちゃいけないこと聞いたかな」

 重苦しい空気を纏って俯く花々を訝しみ、ロトが不安げに声を掛けた。

「いえ、そういう訳じゃないんですが、何が作りたいというか……う~ん」

 こういう時、コミュニケーション能力の低い人間は困る。四次、五次職まで行ってるような生粋の職人の心証を損なわないよう、上手に返す方法を思い付かない。

 だが、全く返答しないのも不味いので、取り敢えず自分の考えをそのまま話してみることにした。ちゃんと受け取ってもらえるかは、相手のコミュニケーション能力に期待するということで。

「質問の答えにはなっていないかもしれませんが、ひょっとしたらサブ職業を魔法職にする可能性があるので、知力か魔力を生かせる方向に進むかもしれません。協会の人にも勧められてますし」

 もし四次職を目指すと仮定したら、今はそういう風にしか答えようがなかった。

 返事を聞いたロトとバルトランは顔を見合わせた。

「魔法職……細工職人としては、近年では珍しいことですね」

「知力・魔力優遇ってなると四次職では『装飾付与士』か、知力のみだと『細工レシピ制作者』や『細工商人』かなあ。その先は、『装飾付与士』系・『細工レシピ制作者』系・『細工商人』系の五、六次職か、『装飾品分解士』、『修復士』系。最近は『時計職人』なんてものもできたけど……。まあ、殆どが製作以外の道になっちゃうんだよね。その所為で物凄く人手不足で、特に僕みたいな製作特化型は本当にあの人達には頭が上がらない訳で……」

「私も製作がしたいので、『時計職人』ルートが最善ということになるのでしょうか?」

「それか次点で『修復士』ルートだね。これだと四次職で好きな製作系職業を取れるから」

「まあ、四次職まで進めればの話ですけどね」

「花々さん」

 花々とロトの二人が進路話に花を咲かせている最中、ずっと考え事をして押し黙っている風だったバルトランが、片手を上げて割り込んできた。

「魔法職を選択する理由を伺っても? ああ、差し支えなければですが」

「ちょっと最近、予想外に戦闘する機会が増えまして、戦闘能力を上げないと怖いと思ったんです。生産職なら本当は弓士がベストなんでしょうけど、冒険者学校では攻撃スキルは魔法系を選択してましたから、そっちの方が戦いやすいし習得も早いだろうと。それで魔法職のどれかをと考えているのですよ」

 花々は視線を自分の持ってきた鞄に向けた。中には仕事に必要な荷物の他に、先日購入した「杖」が入っている。

 ロトは気まずそうに目を伏せ、軽く挙手して尋ねる。

「ごめん。ちょっと突っ込んだ話、して良い? 『戦闘する機会』って、ひょっとして例の『赤花の守り石』の?」

「よくご存知で」

「残念ながら、かなり広まっちゃってるんだよね。『発見者は新人の細工職人』って聞いて、今年の新人って確か一人だけだったような……って」

 花々は渋面を作った。関係者が特定されてしまっているではないか。プライバシーもあったものではない。

 あの一件についてどこまで詳細に広まっているのか、後で草薙に確認しよう。

「ええまあ、それもです。あの時は、実際には戦闘になりませんでしたけど。でも他にも、戦わされることがありまして……」

「なるほどね」

「貴女は――」

 元々表情の変化が少ないバルトランが、真剣な面持ちで尋ねてくる。

「錬金術士に職業変更する気はないのですか?」

「ちょっと、先輩!」

 それは、今このタイミングで話題に挙げてはいけない話だ。「赤花の守り石」事件は「錬金術士による陰謀説」が疑われているのだ。花々も初めはその説を眉唾物だと思っていたが、今ではそれを信じ始めている。

 だが、そういったことを全て承知の上で敢えて彼は言った。

「細工職人としては認めたくありませんが、貴女の適性や嗜好を考えるならそう助言せざるを得ません。冒険者の先達としては」

「……」

 やや押し黙るも、花々は言い切った。

「ありえません。流石に『赤花の守り石』の件で、錬金術士に対するイメージが変わりましたから。それに、私はまだ細工職人として何も製作していません。アクセサリーに関わる仕事が自分に合っているか、試す前から職業変更のことなんて考えられません」

 本当は一時期職業変更のことばかりを考えていたが、この二人には内緒だ。流石に細工職人の先達相手にその様なことは言えない。

「そうですか……。すみません。失礼なことを聞きましたね。でも、安心しました。貴女は思った以上にしっかりとした職人でいらっしゃる」

 ほんの一瞬だけバルトランは微笑む。マリカロンドのような娘が喜びそうな笑顔だった。

 その直後、バルトランはロトの方へと振り向いた。

「ところで、お前の方こそどうなんだ。一国一城の主となってみて、将来の抱負とかはないのか?」

「そうですねえ。ううむ……」

 軽く悩む素振りを見せたが、答えは初めから決まっていたようで。

「僕の作ったアクセサリーを有名な冒険者に身に着けてもらって、更にその冒険者が歴史に残るような偉業を成し遂げること、かな」

「壮大だなあ、おい」

「先輩はどうなんです?」

「俺はいつも家族やカンパニーの皆を守り、支えることを第一に考えているよ。アクセサリー製作においても、金銭的な意味でも」

「先輩らしいですね」

 にこやかにロトは笑い返した。その笑顔はバルトランよりもやや幼く見え、先輩と後輩という年齢差がよく現れていた。

 花々は穏やかな思いで二人のやり取りを眺めていた。

(このクエストを受けて良かった)

 心からそう思う。草薙の意図からは外れているかもしれないが、有意義な話ができたと。

 その時――。

「あれ?」

 花々は気付いた。開店前の店の扉をほんの少し開けて、中を覗いている人物がいることに。

 その様子を見たロトとバルトランの二人も、彼女の視線を追って扉の方へと振り返った。

「え? ……うわ、うわあああ! リリー・ニーナだ!」

 有名人だ。

 リリー・ニーナ――十代後半という若さで、六次職「双剣士」まで上り詰めた天才冒険者である。その繊細で透き通るような美貌も、彼女を人々の憧れの対象へと押し上げていた。

「新しいお店?」

 鈴の鳴るような、だが何処かたどたどしい口調でリリーは尋ねた。

「ええ、そうなんですが、開店は半月後でして、今はまだ引越し作業中なのですよ」

「ごめんなさい……」

 しゅんとして扉を閉じ、いなくなろうとする彼女をロトは慌てて引き止めた。

「あああああっ、待って!! パンフレット、あります! 持って帰って!」

「はい」

 大声に驚いた彼女は、ロトの言葉通りにした。挙動に少々幼さを感じさせる少女である。

 大きな身振り手振りで彼女の興味を引こうとするロトと、彼にあどけない表情を向けながら真剣にその話を聞いているリリー。二人の様子を見比べて、花々は再び既視感を覚えた。


 ――リリー・ニーナ、骨モチーフのアクセサリー。


(そうか、あの人……!)

 花々が三次転職で迷っている時、道を決める切っ掛けをくれたのは誰だったか。彼女が細工職人を選んだのは――。

「夢に一歩近付きましたね」

 バルトランが花々の傍らに立ち、そんなことを言った。

「そうですね」

 ロト達の様子を少し離れた場所で見守りながら、花々はそう返した。

 依然会った時と印象が違って見えるのは、お互いに立場が変わり、見方や心境が変化したからなのだろうか。あの時の彼は随分と大人びて見えたものだった。

 花々は目頭が熱くなるのを感じた。

(後で「ありがとう」と言おう。心からの感謝を込めて。「貴方のお陰でここまで来れました」って)

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