25. 新世界への誘い

 翌日、花々は細工職人協会を訪れた。

「おはようございます、花々さん」

「おはようございます。クエストを受けに来ました」

「いつも、ご苦労様です。早速ですが花々さん、『安眠ベッド』の話、聞きました? 私、もう大うけで」

 今日も今日とて草薙節全開の受付嬢は、人の悪そうな笑顔を浮かべてその話を切り出した。

「まあ、草薙さんはそうでしょうね。不謹慎です。私は危うく買うところでした」

「ええ。花々さんなら、きっとそうだろうと思っていました」

「どういう意味ですか!?」

 最早日常習慣となりつつある二人の掛け合いに、暇を持て余していた隣の受付嬢がくすくすと笑い出した。花々は思わず黙り込んだ。

 一方、草薙は一つ咳払いをして、今度は真剣な表情を花々に向けてきた。

「まあ冗談はさて置きです。この一件、我々生産職の冒険者にとっては手痛い結果になるかもしれませんね。最悪、各種効果が付与された冒険者の製作品が、一般商店で販売できなくなるかもしれません。元々、職人系冒険者は一般の生産者には蛇蝎の如く嫌われていますから、これを機に彼等が規制強化を叫び出すのは火を見るより明らかでしょう」

「確か昔は、一般商店での冒険者の製作品の販売は全て禁止されてましたよね」

「そうなのです。非冒険者向け商品の開発や各方面へのコネクション作り等、我々の弛まぬ努力の結果、徐々にではありますが規制緩和が進み、漸く今の状態になったのですよ。それでも、まだ多くの制約は残っていますけれどね。折角良い流れが出来ていたのに、本当に迷惑な話ですよ」

「へえ~」

 軽い返事を返したが、花々は心底感心していた。

 他人との交流が嫌いな彼女は、正直に言えば草薙との会話も酷く億劫に感じている。しかしながら、この面倒な作業が花々の知り得ない情報を多く齎してくれてもいるので、非常に重要な労働であることも認識していた。

 また、草薙に対しては感謝の気持ちと同業の先輩に対する敬意のようなものも少しだけ持ち始めていた。本人には絶対に言わないが。

「そうだ、丁度良い。花々さん、少し販売方面の仕事を覗いてみませんか? こんなクエストがあるんですけど」

「ええ? 接客は無理ですよ」

「いえ、そうではなく、引越しの手伝いみたいなものです」

 そう言って草薙は、分厚いファイルの中から一枚の紙を取り出す。


 ――〈細工職人協会〉合同クエスト11

【詳細】

 新規自宅商店の開店前作業の手伝い。

【報酬】

 800セル

【募集人数】

 2~3人


 紙には上記のような内容が書かれていた。

「『自宅商店』……」

「冒険者の間では『ハウジング商店』という呼び方の方が一般的でしょうかね。このクエストは他の方との合同作業になってしまいますから、人付き合いが苦手な花々さんはお嫌かもしれませんけど、将来きっと役に立つと思うのですよ」

「そう……なんでしょうね。『他の方』というのは……あれ? このクエストって、新人向けですよね。今年の新人って私一人じゃ……」

「ふ、ふ、ふ。実はそろそろ一般職人向けのクエストも混ぜてきているのですよ。気付いてませんでしたか? まあ、あくまで花々さんの今現在の能力で達成可能なものに限定してますけれども」

 同じような仕事を続けているつもりが、どうやら着実に進歩はしていたらしい。

「そうだったんですか。なら、相手の方は先輩の細工職人になるのですね。力仕事はありますか?」

「多少はあるでしょうが、内部の資料で『力のない女性や高齢の方でも可能な作業もございます。』と記載されてますので、そこまで心配する必要はないと思いますよ」

 ファイルの中の資料を花々には見えない位置でちらりと覗き見た後、草薙は顔を上げた。

「どうされます?」

「うーん」

 やや間を置いた後。

「受けてみます。不安だけど、やっぱり気になるし」

「有難うございます。それでは、手続きを進めさせて頂きますね」

 草薙は満足そうな笑顔を浮かべる。年若い細工職人の、未だ迷いの色が見える瞳を確認しつつ、彼女は滞りなく必要書類を用意した。

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