22. 気付き

 帰宅後、花々は公共取引所で購入した魔法道具を手に取り、室内の照明に当ててよく眺めた。

 その魔法道具は一見すると非常に簡素な作りに見えた。木製の棒に先端の曲がった金属棒が付いているだけといった姿で、編み物に使用するかぎ針やレース針に酷似していた。

 実際それらの手芸道具を意識して開発された物のようで、この魔法道具のアイテム名は「魔法のかぎ針」と言った。

 少しの間、何を思うでもなく「魔法のかぎ針」を見つめていた花々であったが、一つ息を吐き、製作スキル「装備製作(製作者・上級)」を発動させた。すると、「魔法のかぎ針」はスキルに内包されているレシピを読み取り、花々の体力と魔力の一部を吸収した。

 直後に自身を掴んだ花々の手ごと、「魔法のかぎ針」は勝手に動き始めた。金属針の先で革紐が見る間に編み上がっていく。

 製作が行われている手元では光の粒が金粉のように舞い、まるで魔法スキルでも使用しているかのような、非現実的な光景を演出していた。

 そうこうしている内に――。

「できた……」

 完成したアクセサリーを両手の指で摘み上げ、花々はそれを高々と掲げてみせた。

 紺色に染色された革紐に金古美の留め金、紐から吊り下がった乳白色の石の中には、銀色の金属箔がきらきらと輝いている。

 このアクセサリーのアイテム名は、「氷の妖精の首飾り」。氷属性を持つアクセサリーで、同属性の魔法を少しだけ強化してくれる効果がある。

 花々は胸が熱くなるのを感じた。感無量とまではいかないが、深い感動を覚える。

(やっぱり私、物を作るのが好きだ。逃避を重ねてこの道に堕ちて来た訳じゃない。生産職が好きなんだ)

 ふと、「赤花の守り石」を購入した時のことが思い起こされた。今となっては苦い思い出となってしまったが、実はあの時少しだけ自分は嬉しかったのだと、今更になって花々は気付いた。職人の仕事の片鱗に直に触れられたような気がしたから。彼女はあの頃には既に「製作」に飢えていたのだ。

「赤花の守り石」を奪われて代わりに別のアクセサリーを宛がわれた時に嫌悪感が浮かんだのも、恐らくあの時の感動を否定された気がしたからだったのだろう。「そういうことじゃないんだ」と、きっと無意識の底で花々は思ったのだ。

 だが今、「赤花の守り石」以上の宝物が目の前にある。

「氷の妖精」の煌きが眩しい。彼女はそのアクセサリーを両の掌で大事に包み込み、祈りを捧げるように口元へと当てた。

「ああ……」

 花々は思わず切なげな声を漏らす。

(何やってるんだろ、私……)

 ここに至って、漸く花々は重要なことに気が付いてしまった。

「杖、買うの忘れた」

 冒険者装備アイテムのカテゴリーの一つ「杖」。一応だが魔法スキルが使える花々も装備可能な魔法武器(魔法攻撃用の武器アイテム)だ。

 実は花々が唯一使用可能な魔法攻撃スキル「アイス」は、魔法武器を装備しなければ発動できない。しかし、花々は自分用の杖を所有していない。主に金銭的な理由で。魔法武器は質の低い物でも少々お高いのだ。

 当然だが、魔法を使えない者にとって氷属性魔法強化効果を持つアクセサリーは、製作者に製作した感動を与える以外の意味を持たず――。


 後日、花々は今迄経験したことのないくらいの高額な買い物をする羽目になった。

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