15. 赤い石

 スライムはしつこく花々を追ってきては、体当たりを仕掛けてくる。

 花々は困り果てた。このままではクエストを完了できないどころか、道に迷ってしまう。

 それに、森に飛び込んだ時は失念していたが、こういった場所は人の住む所よりも遥かにモンスターが多い。冒険者とは言え戦闘慣れしていない花々が、武器も持たずに迷い込めば、たちまち彼等の餌食だ。

(武器なんて持って来てる訳ないし!)

 未だ強制クエストのトラウマを払拭できていない花々だが、非戦闘のクエストにおいてもモンスターと戦う必要に迫られるとは思いもよらなかったのだ。何事も最悪の事態の想定をしておくべきだと思い知らされた。

 それにしても、あのスライムは一体何がしたいのだろうか。攻撃が全く通じていないにも関わらず、何時まで経っても諦めない。花々を倒したいという訳ではなさそうだが、じゃれているだけなのだろうか。

 そうして鬱蒼とした木々の間をほぼ真っ直ぐに突き進んでいくと、唐突に少し開けた場所に出た。眩い陽光が頭上から差し込み、花々の目を一瞬眩ませる。

 徐々に目が慣れてくると、花々は良く見知った「ある物」の存在に気が付いた。

(露店だ)

 淡い青色の敷物の上に鎮座する直方体の金属の塊が殊更目を引く。接客機らしきその直方体は花々を認識すると、「いらっしゃいませ」と抑揚の少ない音声を発した。

(こんな所に露店なんて出せたんだ)

 露店の開店許可区域は街中か、街の外周近辺だけだと思っていたが――。

 そこで花々は、自分の背後が随分と静かになっていることに気が付き、振り返る。

(いない……)

 あれ程しつこく追いかけてきたスライムが、姿を見せないどころか、物音一つ立てない。もう諦めたのだろうか。それとも、つるっとした見掛けに依らず意外と戦闘能力の高い接客機を警戒して、近付いて来ないのだろうか。

「そうだ、露店!」

 あのスライムが姿を消した理由は不明だが、奴がまだ森の中に潜んでいるのは確かだ。この露店に武器――特に杖でも売ってあれば、戦闘職ではない花々でも冒険者学校で学んだ初級魔法スキルを使用して多少の抵抗はできる筈だ。

 幸いにもあのスライムは然程強くはない様だし、配達先の村からはまだそう遠くは離れていない筈だ。後は村の自警団にでも何とかしてもらおう。

 花々は露店へと歩を進めた。

 しかし期待を裏切り露店で売られていたのは、同じ冒険者装備ではあっても武器ではなくアクセサリーばかりだった。平時なら、アクセサリー製作者たる細工職人として喜ぶべきところなのだろうが、状況が状況だけに花々はがっくりと肩を落とす。

 気落ちしつつも、花々はこのようなことを思った。

(そう言えば、私、アクセサリー類は何も持ってないんだったな。学校時代に作った作品は、どうせすぐにもっと良い物が増えるからと思って、引っ越しの時に処分しちゃったし……。折角だから、何か一つ買ってみるのも良いのかもしれない)

 花々は数ある商品の中から、鮮やかな赤い色をした石の首飾りを摘み上げた。

 続いて、商品説明の書かれた札を読む。

「『赤花の守り石』……」

(装備効果は「近接物理攻撃力上昇」。これを装備して、その辺の枝でも拾って応戦すれば、少しは何とか……なるかなあ?)

 財布を取り出し、接客機の貨幣挿入口に代金を入れる。120セルだった。ここまでの交通費といい、今日はお金をよく使う日だ。

(これ、経費で落ちないだろうか)

 やや落ち込む花々の心中は知らぬ風情で、接客機は「ありがとうございました」と生物感のない音声を返した。自我のない彼を責めても仕方がないが、やけに憎たらしい。

 ともあれ、花々は「赤花の守り石」を首に掛けて近くに落ちていた木の枝を拾い、「よし!」と気合を入れてから森の中へ飛び込んだ。

 だが残念ながら帰り道の道中では、スライムはおろかモンスター一匹姿を現すことはなかった。

(あのスライム、結局何だったんだろう?)

 森の方を振り返り首を傾げながらも、花々はクエストを進行する為に目的地の村へと入っていったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る