16. 疑惑

 謎のスライムの一件で手間取りはしたものの、その後は何事もなく配達クエストは終了した。

 戻った頃には細工職人協会は閉館していた為、花々は翌朝、完了報告の為に協会施設内のクエストカウンターを訪れた。

「はい、クエストはこれで完了になります」

 馴染みの受付嬢である草薙は、普段通りの業務用笑顔を浮かべてクエスト完了証明書を手渡した。

 続いて、こんなことを聞いてくる。

「どうでしたか、初めての遠出は?」

「楽しかったですよ。ちょっとした日帰り旅行気分。至急クエストじゃなかったら、散策しながら行きたかったです」

「もう……。駄目ですよ、仕事なんですから」

 本心からか、それとも円滑な人間関係を築く為の演技か、草薙は大袈裟に呆れた様な仕草をしてみせる。花々は「あはは」と声を上げて笑った。

 その動きに合わせて、胸元で「赤花の守り石」が音を立てたような気がした。

「あ、そう言えば見て下さいよ、これ。アクセサリー」

 花々は、服の下に隠すように着けていた首飾りを表に出した。

「まさか、至急クエストの途中に買い物したんですか?」

「そうですよ。すみませんでしたね。配達先の近くで買ったんですよ。どうですか?」

「もう、花々さんは……。それに冒険者装備アイテムとは言っても、仮にも『アクセサリー』なのだから、ちゃんと他人から見えるように身に着けないと――」

 そこで草薙の言葉は止まった。彼女の面からは笑顔が消え、無表情のまま花々の胸元を凝視している。

「草薙さん?」

「……ちょっと、もっとよく見せてもらって良いですか?」

「え? はあ、良いですけど」

 花々は「赤花の守り石」を外し、草薙に手渡した。草薙の様子から察するに、余程の掘り出し物であったのだろうか。

「こちらのアイテム名は分かりますか?」

「買った店では『赤花の守り石』という札が付いていました」

「『赤花の守り石』、ですか……」

 草薙は少しの間、何やら思案しているようだったが、やがて顔を上げ「赤花の守り石」を花々に返した。

「ありがとうございました。こちらは一旦お返しします。それから花々さん、少々あちらの席でお待ち頂いても宜しいでしょうか?」

「え? あ、はあ、まあ……」

 花々がクエストカウンター正面の長椅子へ向かうのを確認した草薙は、相変わらず何を考えているのか分からない表情のままで席を立った。

 そして、「少々」とは呼べないくらいの時間が経った。クエストカウンターを訪れたのは開館直後だったというのに、今はもう日が暮れようとしている。

 草薙に「赤花の守り石」を見せびらかしたことを花々は今更ながらに後悔した。

「大変お待たせ致しました」

 漸く戻って来た草薙は、二人の男性を背後に従えていた。身体の至る所にアクセサリー類をじゃらじゃらと着けた派手な出で立ちの若者と、逆にアクセサリーはネクタイピンと左薬指の結婚指輪しか身に着けていない品の良さそうな老年紳士だ。恐らくは二人とも細工職人系職業の冒険者だろう。

「花々さん、こちらは細工職人協会職員で宝石鑑定士のアルト・アキト氏と――」

「はじめまして。装飾品鑑定士のワードワイスと申します。貴女が珍しいアクセサリーをお持ちと聞いて、是非とも拝見したく伺いました」

 草薙の言葉を遮って身を乗り出してきたのは老年紳士の方だった。彼の瞳は好奇心で光り輝いている。

 花々は慌てた。

「ええっ!? そんな大層な物じゃないですよ。新人の私にでも、買えるような品で……。ほら!」

 そう言って、再度「赤花の守り石」を外し、彼等に見せる。

 二人の鑑定士は各々魔法道具とスキルを駆使して鑑定を始めた。

(職人の顔だ……)

 花々は思わず萎縮する。

 うろ覚えだが、確か「宝石鑑定士」と「装飾品鑑定士」は細工職人系の中で比較的上位に位置していた職業の筈だ。完全に雲の上の存在である。

「どうですか?」

 暫く様子を伺っていた草薙が、タイミングを見計らって声を掛けた。

 先に顔を上げて答えたのは若者――宝石鑑定士のアルトだった。

「多分、草薙さんの言ってた通りで間違いない」

「私も同意見だ」

 ワーズワイスも頷いた。

「そうですか……」

 思い詰めたような声音を出した草薙は、今度は花々の方に振り向いて尋ねた。

「花々さん、こちらのアクセサリーは正確にはどちらで購入されましたか? あの村の近辺にハウジング区画はないので、ハウジング商店ではありませんよね。露店ですか?」

「はい、そうです。森の中に……」

「森の中? どうして、そんな所に露店が?」

「草薙さん、まずいかも」

 アルトの言葉に「ええ」と同意した彼女の、その後の決断は速かった。

「御三方とも少々お待ち下さい。すぐに戻って参ります」

「ああ、分かった」

 そうして、草薙は再び姿を消した。



 約三十分後、草薙は何故か戦闘装備を纏って戻って来た。背には弓を背負い、両手には僅かばかりの荷物を抱えている。

(この人、サブ職は弓士だったのか)

 と、胸の内で驚きながら――。

「あの、一体何が……?」

 余りに物々しい雰囲気に、花々はそう尋ねずにはいられなかった。

「申し訳ありません。御三方に強制クエストが出されました。こちらは至急案件になります」

「そうだろうね」

「私も引率兼護衛として同行させて頂きます」

「俺もサブ職は弓士だから、多少は自衛できるよ」

 アルトは弓を引くポーズをしてみせる。彼の陽気な様子に、硬くなっていた草薙の表情がほんの少し緩んだ気がした。

「すみません。助かります。花々さんには杖を」

 そう言って、草薙は荷物の中から冒険者装備の杖を取り出す。見たことのない種類の杖だったが、先日の強制クエストの時に借りた物より遥かに良い品であることは一見して分かった。

「戦闘になるんですか!?」

「可能性は低いですが、ゼロではありません。一応、覚悟はしておいて下さい。……対人戦闘の」

(生産職って、こんな危ない仕事だったっけーっ!!)

 花々はそう叫びたかった。叫びたかったが、精神的ショックが大き過ぎて声が出なかったので、心の中だけで叫んだ。

「乗り物は?」

「表にワイバーンを出しています。そちらで」

「了解!」

「花々さん。道中、そのアクセサリーを購入した時の詳しい状況を聞かせて下さい」

「は、はい」

 ここまで来ると、花々にも何となく勘で「赤花の守り石」の正体が分かってしまった。

(未確認のアクセサリー。細工職人じゃない、他職の……「新レシピ」!!)

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