14. 水饅頭
配達先までの交通手段は乗合馬車を使った。馬車に乗るのは、数年前冒険者学校に通う為に田舎から出て来た時以来である。
あの日から、手紙のやり取りをするだけで一度も実家に帰っていないのだということに改めて気付き、何やら苦いものが胸の内に広がっていくのを感じた。帰省すら忘れていた親不孝さ加減にではない。冒険者になることを告げた時に、苦笑いしながら反対する周囲を押し切り、今に見てろよという思いで飛び出してきたにも拘らず、あの時の期待程には上手くいっていない自身の情けなさに対して、である。
どうにもならないことに悶々と頭を悩ませている内に、花々はすっかり乗り物酔いになってしまっていた。とは言え、馬車で行けばそう遠くない距離である。少し我慢すれば、すぐに目的地に到着するだろう。
ぐったりと手摺に凭れ掛かりながら、花々は流れていく景色を眺めた。
(見たことがない素材も多いな)
彼女が暮らしている都市からは大して離れていないというのに、植物系・鉱物系の素材アイテムや小動物にも似た下級モンスター達は、図鑑の中でしか見たことがない物ばかりだ。採集して売ったらそれなりの値が付くだろうし、いずれ細工職人の製作スキルを獲得した時に役立つかもしれない。
(勿体無いなあ。至急クエストじゃなきゃ、もっと楽しめたのに。いや、交通費有りのクエスト進行中じゃないと、儲けにならないのか? ここまでの往復の交通費と素材アイテムの売値、どちらが高いだろう?)
そんなことを考えていると、やがて馬車は配達先の村近くの停留所へと到着した。
荷物を背負い料金を渡して馬車から降りる。深呼吸すると、森独特の冷たい空気が胸の中一杯に入ってきた。
花々は思わず吐きそうになった。
「気持ち悪い……」
乗り物酔いが治まるまで、暫く時間が掛かりそうだ。
停留所から村への道程を花々はとぼとぼと歩き始めた。森の中の小道に人気はない。木の葉の擦れる音だけが聞こえる、とても静かな空間だ。
ふと木々の隙間から見える空を仰ぎ見て、再度道の前方に視線を戻す。すると、そこには先程まで存在しなかった物体があった。
それは花々の膝の高さぐらいの大きさもある――水饅頭であった。
「……」
否、水饅頭に似たモンスターらしきものである。
(スライムか? しかも、でかい)
スライム系モンスター――それは粘液状、或いはゼリー状の姿をした、下級から中級に位置するモンスターだ。種類は非常に豊富で、攻撃方法もその種類によって異なる。物理攻撃特化型もいれば魔法攻撃特化型もいて、属性も様々。その多様さ故か、非冒険者の一般人の間にすら愛好家が少なくないという、不思議な魅力を持った生き物である。
花々も幾つかの種類については知っているし、下級のものは倒したこともあるくらいだが、この種類のスライムには全く見覚えがなかった。得体の知れないモンスターには近付かない方が得策だ。
花々は前方のスライムを避けて進む為に、脇の森の中へ入ろうとした。
だが、それに気付いたスライムは、突如花々目掛けて体当たりを仕掛けていた。
「げ!」
そのスライムは弾力があり、尚且つボールよりも柔らかかった。彼、もしくは彼女は花々にぶつかり、跳ね返り、またぶつかり――と、何度も体当たりをする。
(あんまり痛くないけど、めんどくさい! 地味にめんどくさい!)
怪我はしないがとにかく邪魔だ。
「ちょっとお、あっち行ってよ~」
その様に語り掛けても、他所に行ってくれる訳もなく。
花々は、そのまま森の中へと駆け込んだのである。
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