05. 細工職人協会
柔らかな陽光が少しくすんだ窓から差し込み、室内の埃をきらきらと照らし出している。
閑散とした空間に並ぶ古びた長椅子、その左隅に花々は腰掛けていた。
朝一番に細工職人協会を訪れた彼女は、総合受付所で手渡された冊子や資料に目を通しながら、登録手続きの処理が完了するのを待っていた。
暫くすると、総合受付所の女性が軽やかな声で花々の名前を呼んだ。
「以上で登録手続きは終了になります」
受付に向かうと、女性は笑顔でそう言って申請書類の控えを渡し、後日重要書類が自宅に郵送される旨を伝えた。花々は引き攣った笑顔で謝辞を述べた。
資料類を読み切っていないこともあり、今日はこのまま自宅に戻ろうと思っていた花々であったが、出口に向かう途中に背後から声を掛けられる。
「あ、花々さんだ」
振り返ると、見知った顔があった。
「マリカロンドさん」
冒険者学校で同級生だったマリカロンドだ。
人付き合いが嫌いな花々は、そもそも誰とも仲良くしない主義だが、そんな中でもマリカロンドは彼女にとっては特に苦手なタイプだった。これは、相手に何か非があった訳ではない。完全に好みの問題だ。
また、何となく向こうも自分に対して同じ様な感情を抱いている気はしていた。
「花々さんもクエスト受けに来たの?」
「いえ、登録に……」
「そっか~」
可愛らしく首を傾げる仕草は、マリカロンドの容姿や雰囲気によく合っている。
「マリカロンドさん、細工職人になったんですね」
先程、マリカロンドが「花々さんも」と言ったので、彼女も細工職人としてこの協会からクエストを受ける身分になったのかと花々はやや不安に思ったが、マリカロンドは首を横に振った。
「ううん、違うよ。私は団(カンパニーの俗称の一つ)の人の付き添いで来たの」
「もうカンパニーに入ったんですか? 早いなあ」
「卒業式の時、いっぱい勧誘来てたじゃない」
「ああ、私、あの群集の中を通って帰るのが怖くて、職員用の通用口から逃げました」
「あはは、うける~」
からからと笑うマリカロンドに花々も苦笑いで応じた。やはり、本能的に彼女に対し、苦手意識を感じる。どう反応したら正解なのか、分からない。
そして彼女は次の瞬間、こう切り込んできた。
「花々さんはソロでやっていくの?」
顔は笑っていたが、瞳には猛禽類の光が宿っている。「ああ、これは後で仲間内で笑い話にされるコースだな」と花々は悟った。
しかし、事実は事実なので素直に肯定する。
「はい、そのつもりです」
「ふ~ん、そうなんだ」
意味あり気な表情で花々を見詰めていたマリカロンドだったが、唐突に視線を上げ、顔色をばあっと明るく変えた。
「手続き終わったみたい」
「待たせたな」
「ううん、学校の時の友達とお話してたから大丈夫だよ」
心の中で「友達じゃないんだけど」と突っ込みながら、花々はマリカロンドに近付いてきた青年を見た。
二十代にも三十代にも見えるその男性は、身体の各所をアクセサリーで飾っている。しかしながら、不自然に派手過ぎる印象は受けず、アクセサリーを完璧に着こなしているように見えた。
流石は細工職人だ、と花々は素直に感心した。
「そうか。……はじめまして、バルトランと言います。マリカロンドの所属しているカンパニーで新人教育を担当してます。職業は宝石加工士」
相手が簡単に自己紹介をしてきたので、花々もそれに倣う。
「はじめまして、花々です。細工職人になったばかりです」
「そうですか。今後お付き合いがあるかもしれませんね。その時は宜しくお願いします」
「ええ、宜しくお願いします」
これ以上関わり合いになる相手を増やしたくない花々は、言葉とは全く逆のことを思ったが、それを表には出さなかった。
「それでは、我々はこれで」
「またね~、花々さん」
彼等を作り笑顔で見送る。その姿が見えなくなると、花々の口から深い溜め息が漏れた。
(最近、やたら他人と会話しているような気がする。疲れる)
◇◇◇
後日、予告通り花々の自宅に幾つかの書類や細工職人協会の登録者証等が入った小包が送られてきた。
その中に、細工職人協会発注クエストを受ける際の方法を説明した紙と、現在発注されているクエストの中で花々が受注可能なものを纏めたファイルがあった。
(最初はどれが良いか……)
やや思案した後、花々はその内の一つに赤ペンで丸を書いた。
――〈細工職人協会〉配達クエスト15
【詳細】
冒険者組合まで小包を届けに行く。
【報酬】
100セル
【備考】
完了期限は受注当日午後5時
翌日、クエストカウンターを訪れた花々は、淡い期待に胸を躍らせながら受付の女性の一人にそのクエストが書かれた紙を差し出した。
「すみません。こちらのクエストの受注をお願いします」
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