06. クエストカウンターの女

 人生初の細工職人協会クエストは何事もなく終了した。

 配送先でクエスト受注時に渡された書類に受領のサインを貰った花々は、すぐさま細工職人協会へと戻り、クエストカウンターへその紙を提出した。

「はい、ご苦労様でした。サインもちゃんと貰ってますね」

 そう言うと、受付の女性は花々にクエストカウンター正面の長椅子で座って待つよう促し、席を立った。

 暫くして戻ってきた女性は、花々を呼び、クエストの完了証明書を渡した。

「引き続きクエストを受注されるなら、本日分を後で纏めてお支払いすることも可能ですが……」

「いえ、今日はここまでにしておきます。時間も時間だし」

「そうですか。畏まりました。それでは、こちらが報酬になります」

 受付の女性はクエスト完了証明書と共に茶封筒を差し出す。中にはクエスト詳細の記載通り、100セル硬貨が1枚入っていた。

「ふふ、ところで如何でしたか? 初めてのクエストは」

 気さくに話し掛けてくる女性に、花々は率直な感想を述べた。

「うーん、簡単過ぎて仕事やってるって気がしないですね。報酬もそれ相応という感じですけど。いや、相場より多いのかな」

「多いですよ。新人過程向けクエストですから、新人細工職人への支援も兼ねているんです」

「新人過程?」

「そうです。まず、簡単な仕事をこなして細工職人業界について学び、尚且つ活動資金をある程度貯めて頂いた後に、漸く本格的に細工職人としての活動に入っていく、という流れなのですね」

「時間かかるなあ……」

 うんざりとした顔で宙を仰ぐ花々に、受付の女性は態とらしく何度も頷いた。

「そうでしょう、そうでしょう。そんな花々さんにお勧めの方法が二つあります」

「何ですか?」

「一つは、協会が運営する訓練所に登録して研修を受けつつ、そちらから発注されるクエストをこなすというやり方です。著名な職人も時折講義に訪れますし、研修中にスキル習得書やレシピ、素材等が配布されたり、新人過程が短縮されたりするメリットもありますので、新人・中堅の細工職人達は高い割合でこの制度を利用しています。……ただ、少々学費が掛かります。冒険者学校のものよりは確実にお高いです。奨学金制度もありませんので、ご実家からの支援が望めない方には余りお勧めは出来ませんが……」

「うちは無理だと思います」

 断言すると、受付の女性は初めからその答えが分かっていたようで、あっさりと次の方法を提示してきた。

「そうですか。では、もう一つの方法をば」

 女性はカウンターの上に一枚の紙を置いた。紙には紫色の判子で「特殊」という文字が印字されていた。

 花々は書類を読み進め、その内容を理解すると、慌てて顔を上げた。

「これ、戦闘クエストじゃないですか!」

「正確には違います。これは回収クエストです。ただ落ちている物を拾ってくるだけの仕事です。ただし、回収物はダンジョン(戦闘施設)にあります」

「戦闘スキルが殆どありませんが」

「初心者用ダンジョンですので、一次転職前に習得した初歩的なスキルだけでも、何とかならないこともないです。仲間がいれば、尚安心です」

「仲間の当てがありませんが」

「手元の資料によりますと、花々さんは一次職以前魔力が高く、魔法が得意でいらしたとか。ならば、お一人でも何とかならないことはないです」

「初級魔法スキル一種類のみしか持ってませんが」

「逃げに徹すれば、何とかなりますよ」

「何でそんなに強行に勧めてくるんですか!」

「それは当協会が慢性的な人手不足だからです。実は、今年の冒険者学校の卒業者の中で、細工職人になったのは花々さんだけです」

 暫し沈黙が落ちる。花々は女性の言葉が咄嗟には理解できなかった。が、ややあって花々は顔色を変える。

「そうなんですか!?」

「はい。細工職人業界は昨今尻すぼみの状況ですので、希望者が少なく、仮に居たとしててもどうやら親御さんが止めに入るらしいです」

「なんとまあ……」

「職業変更先やサブ職業としてはまあ、あります。が、それらが可能なレベル……つまりは中堅・ベテラン層の冒険者ですが、彼等はこういう、製作活動に余り関わりがない些細なクエストはなかなか引き受けてはくれないのですよ。仕事を選んでいるのですね」

 当たり前だ。何で三次職の職人にまでなって、戦闘をやりたいと思うのか。寧ろ、自分のように戦闘が苦手だから職人を選んだ者だって沢山いるだろうに。

 本職が戦闘職の者だって、今更初心者用ダンジョンになんて行きたくはないだろう。それも、生産職の協会のクエストで。

「私も受けたくないですよ」

「まあまあ、そう仰らず。こういった受注者が少ないクエストや特殊認定されたクエストを受け続けることによって、協会側も花々さんに対して多少便宜を図るようになりますし。それに、本当に危なくなったら途中で破棄していただいて構いませんから」

「武器がないです」

「レンタル可能です。料金は一日100セル。先程お渡しした報酬で賄えますね」

「随分安いんですね」

「中古の上に不良品ですから」

「死にますがな」

「死亡時の帰還拠点の登録はちゃんとしておいて下さいね。この街の施設に拠点登録しておくと、50セルで復活できますよ」

「死ぬ前提か」

 冒険者は、事前に料金を支払い任意の蘇生施設に「帰還拠点」登録を済ませておくと、一部の例外を除き、死亡した際に登録した施設へと転送される。そして、その施設に待機している蘇生士から蘇生魔法を受けることができるのだ。

 因みに一部の例外とは、蘇生不可区域と呼ばれる場所で死亡した場合や死亡した人間が犯罪者だった、或いは登録手続きや料金の支払いに不備があった等の理由で蘇生を拒否された場合である。

 だが、蘇生不可区域が初心者用ダンジョンに指定されることは、絶対にありえないだろう。そんなことをすれば、冒険者の成り立てから死者多数となり、誰も戦闘職になりたがらなくなるからだ。

 故に、手続きや金銭面でしくじらなければ、最悪の事態にはならないと言うことだ。しかし、それでも死亡は死亡だ。

「報酬は720セル。その内、前金が200セルとなります。クエスト失敗でも前金の返還は要求致しません」

「私、死にたくありません」

「大丈夫ですって」

「普通に戦闘職の協会に依頼を出せばよいのでは?」

「そんなことくらい、自分達でやれと断られました」

「採集者系は? 〈ハイド〉(自身を透明化する魔法)持ってるでしょう?」

「以下同文です」

「諦めるとか」

「ないです」

 言い切った。否が応でも受注させたいようである。

 非常にまずい流れなので、花々は取り敢えず逃げることにした。時間を置けば、その間に誰か他の者が受けるだろう。

「……少し考えさせて下さい」

「そうですか。前向きに考えてくださいますか」

「……。お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様です」

 思いの他、あっさりと逃亡に成功した花々は、ほっと胸を撫で下ろした。そして、その後に憤懣と戦慄が込み上げてくる。

(それにしても、あの受付嬢、只者ではない)

 だがこの時、花々はまだ彼女の恐ろしさを真に理解してはいなかった。それを思い知ることになるのは、これより十日後のことになる。



   ◇◇◇



 初めての細工職人協会クエストを受けてから一週間後、花々はそろそろ例のクエストも他の誰かが受注したか、期限切れで破棄されていることだろうと思い、クエストカウンターを訪れた。

 最初は前回とは別の女性が対応してくれたので安堵していたが、長椅子で待機を指示されて、カウンターへ呼び戻された時に彼の受付嬢の許へと誘導される。

 彼女は花々の顔を見るとにっこり微笑んで、無言でクエスト受注書の控えを差し出した。

 記載された内容は先程受注手続きをしたクエストではなく、前回投げ出したあのクエストであった。受注者欄には自分以外の人間の筆跡で、「花々」のサインが入っている。

 花々は慌てた。

「私、このクエスト受けてませんよ」

「ええ。ですが、協会規約第五条第三項に基づき、協会命令でクエストの強制受注が決定いたしました」

「規約……?」

 女性はカウンターの上に薄い冊子を置き、ある頁を開く。そして、その頁の真ん中辺りを指差した。

 そこには、こう記載されていた。


 ――第三、細工職人協会は必要に応じ、特定の協会員に対してクエストの内容を指定した上で、その受注を強制することが出来る。上記のクエストを受注した協会員はクエストを完了させるまで破棄することができない。また、クエスト完了までは他のクエストを受注することが出来ない。


「破棄しても良かったんじゃなかったの!?」

 驚いた花々はそう叫んだが、女性は鼻で笑い飛ばして言った。

「前向きに考えて下さったのでしょう?」

(最悪だ、この人!!)

 最早、言葉も出て来ない。

「花々さん」

 ゆっくりと念を押すように、彼女は花々の名を呼んだ。

「組織とはそういうものです。世の中はそんなに甘くはありませんよ」

「……!」

 女性は笑っていた。晴れやかな笑顔だった。

 そして、その笑顔を見た花々は思った。

(職業変更してえええええっ!!)

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