第2話 クエスト

04. ベッドとポコ石

 花々がその職業を選んだのは「切っ掛けがあったから」。冒険者マーケットで出会った店主のように「好きだから」という理由ではない。言ってみれば、何となく細工職人になったのである。

 それでも花々は三次職を選び、卒業に至った。

 今、花々は「セントラルアパートメント」にいる。冒険者組合が三次職以上の冒険者に低価格で貸し出している集合住宅だ。その一室が、今後の彼女の住まいとなる。

(何もない部屋……)

 花々はごろりと床に寝転がった。

(ここが私の新しい家か)

 そう考えると感慨深いものがある。

「うふ」

 思わず笑みが零れた。



   ◇◇◇


 

 昼過ぎ、引っ越し業者がやって来て、何もなかった部屋に荷物を置いていった。箱が十箱程度、後は棚と布団だ。未成年の一人暮らしでよくもここまで大荷物になったものだ、と花々は我がことながら呆れてしまった。

 荷物を片すのは後回しにして、取り敢えず花々はその日の内に公共取引所を訪れた。

(ああ、やっぱりベッドは高いか。暫くは床かな……)

 魔法装置に映し出された商品一覧画面を見て、花々は溜め息を吐く。

 今迄ベッドや机等の家具は、冒険者学校の寄宿舎に備え付けられていた物を使用していたので、引っ越し後は自分専用の物を買い揃える必要があったのだが、画面に表示されている値段は花々が想定していたよりも遥かに高かった。

 詳細説明欄を見てみると、家具関連商品のレア度(希少価値)が軒並み高く、更には魔法効果まで付与されていた。これが価格を引き上げている一番の原因となっているのだろう。こちらは普通のベッドが欲しいというのに。

 次に、検索条件を変更して家具以外の商品も表示させてみる。

(レシピも高い。素材は……どうなんだろう。修練や商売の為に量産することを考えると、私の手持ちではきついかも。念の為、一般商店も覗いてみるか)

 花々は画面上から一般商店(冒険者関連組織が関わっていない普通の商店の俗称)でも取り扱いのありそうな商品の最低金額をメモ帳に書き記した。


 ――「ポコ石」 品質50、単価60セル



   ◇◇◇



「やっぱり……」

 天然石を扱っている手芸店にて、石に貼ってある値札を見た花々は眉を寄せた。

 公共取引所のポコ石とこの店のポコ石は、同一品目なので当然レア度に差異はない。また、品質も変わらず、両者共に特殊効果の付与等もされていない。

 にも拘らず――。

(「ポコ石」 品質50、1個入り、30セル。一般商店の方が安い)

 公共取引所における手数料は一律5%だ。一般商店の単価30セルに5%分を上乗せすると31.5セルとなるが、それでも公共取引所の60セルという価格とは大きく開きがあった。



 花々は次に冒険者マーケットを訪れた。

(露店の方は、まちまち。一般商店より高い物もあれば低い物もある)

 これは一体どういうことなのか。

 売り物の相場を知らない者が高値を付けてしまっている、採集者が労働に見合う手間賃を上乗せしている等、様々な理由が考えられるが、花々が真っ先に思い付いたのは「転売」だった。

 一般商店で安く買い占めて、公共取引所で高く売る。或いはその逆で、公共取引所で安く買って一般商店へ高く卸す。大した手間を掛けずに儲ける、世間的に余り喜ばれない方法だ。過去には、この手法が流行りに流行って社会問題化し、厳しく取り締まられた時期もあったそうだ。

 そういった事情もあって、大抵の冒険者は販売施設による価格差を警戒する習慣が付いているものなのだが、何故か時々この手法に引っ掛かる者もいるようだ。

 また、こういった価格差を知りつつも、敢えて高額な値を付けている販売施設を利用する者も少なからず存在していた。例えば、一方の店で必要数が手に入らない場合は、否応なしにもう一方を利用することになるだろう。或いは店を梯子するのが面倒と考えて、全てが一括で揃う店を選ぶ者もいた。

 ともあれ花々は露店に立ち寄った後、学生時代からよく利用していた量販店へと足を運び、ベッドや机を探してみた。

 しかし、やはり家具類は――レア度の高い公共取引所の商品程ではないにしろ――高額だった。

(今の所持金でも買えないことはないけど、ベッドと机、両方買うのは怖いな。……取り敢えずベッドだけ買って、配送してもらうか)

 そうして、彼女は無難な価格と性能のベッドを選ぶと、店員を呼んだ。



   ◇◇◇



 翌日ベッドが運び込まれた後、花々は漸く荷物の片付けを始める。床に積まれていた箱が全て無くなった頃には、窓の外は真っ暗になっていた。

「ふう……」

 花々はベッドに寝転がり、深い溜息を吐く。カーテンの隙間から覗く月をぼんやりと眺めた。

(やっぱり、お金が足りない気がするな。何か作って売るにも、元手が掛かるし……)

「基礎採集スキルで採集しまくるか、初級冒険者用ダンジョン――は武器がないよな。後は、無難にクエストをこなすか」

 確か細工職人協会でも細工職人専用のクエストを出していた筈だが――。

 そこで初めて花々は、自分がまだ細工職人協会で転職登録の手続きを済ませていないことに気が付いた。

 協会には既に冒険者学校から花々の個人情報を含む書類が送られている筈だから、このまま登録しなければいずれ登録手続きを催促する手紙が送られてくるだろう。それを無視し続けると、最終的に冒険者資格を剥奪されることになる。

「……明日、登録に行こ」

 そう呟くと、花々はそのまま深夜まで寝入ってしまった。

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