03. 冒険者マーケット

 冒険者学校より凡そ徒歩二十分、冒険者組合の敷地外壁を取り囲むように、冒険者達の露店市――通称「冒険者マーケット」は存在していた。

 休日のマーケットは盛況だ。買い物客は冒険者だけではなく、非冒険者の一般人や家族連れ、露店主と商談をする商人もいた。

 そんな露店の殆どは、何処かしらの組織のロゴの入った接客機が管理しており、客の側も厚かましい売り子に煩わされることなく、自由にウィンドウショッピングや買い物を楽しんでいた。

 その中で、花々は裁縫アイテムを販売している露店に立ち寄っていた。

(今日は特に製作品が少ないな……。うわあ、糸とか布とか、露店で買うとこんなに高いんだ)

 視線を隣の露店へ向ける。どうやらドロップアイテム(狩猟獲得アイテム)を販売しているようだ。

(ドロップ品も高っ! 羨ましいな、戦闘職)

 ドロップ品はモンスターを討伐した際にその遺骸から採集できるアイテムなので、主には戦闘系職業やモンスターからアイテムを採集するスキルを持った一部の採集者系職業の主な収入源となっている。この露店の主も恐らくはどちらかの職業に就いているのではないだろうか。

 花々は暫く露店の前にしゃがみ込んで唸っていたが、ふと周囲の喧騒の雰囲気が変わったことに気付いた。

「あ、姫だ」

 誰かがそう声を上げた。

「今日は一人なんだな」

「やっぱ可愛い……」

「ああいうのは、『綺麗』って言うんだよ。本当に美人だ」

「何買うんだろ」

 人々の視線の中心に目を遣ると、そこには白銀の長髪を靡かせた人形のように美しい一人の少女がいた。名前は確かリリー・ニーナ。十代後半という若さで、現行の冒険者職業制度では最上位となる六次職の一つ「双剣士」まで上り詰めた天才冒険者である。

 思わぬ有名人の登場に花々は暫し呆気に取られていたが、次に意識を奪われたのは彼女の装備であった。

(身に着けてる物、そんなに高そうじゃないな。普段着なのか?)

 彼女の身に付けている服は非冒険者の一般人の装いとは明らかに異なっていたが、決して華美なものではなく、高級装備の印象とは程遠かった。ただ、腰に佩いた二振りの剣だけはその細かな装飾と身に纏う強い魔力の所為で、他の装備から浮いて見えた。

(流石は戦闘職。武器だけは拘るか。「愛剣」って奴なのかな)

 きっと、あれこそが冒険者としてあるべき姿なのだ。そう思うと、花々は胸に苦い物が込み上げてくるのが分かった。

(羨ましいなんて思うな。どうやったって、私はあの高みには近付けないのだから)

 拳を握り締め自分に言い聞かせると、花々は立ち上がり、リリー・ニーナから逃げるようにその場を離れた。



 気が付けば、花々は先程の場所とは随分離れた場所に辿り着いていた。恐らくは冒険者組合を挟んだ反対側である。

 あれから少し時間が経って落ち着きを取り戻し、色とりどりの商品が並ぶ冒険者マーケットを見回しながら再び歩き出す。

 すると、可愛らしい花輪の絵が描かれた看板が目に留まった。

(この看板のイラストを描いた木工職人、ちょっと絵が下手だ)

 恐らく既製品ではあるまい。知り合いの職人に作らせたオーダーメイドの品なのかもしれない。

 何だか微笑ましい気持ちになり、またその店を取り仕切っていたのが人間ではなく接客機だったこともあって、花々はその露店を覘いてみることにした。

「あ、製作品」

 販売商品は装備アイテムの一種――「アクセサリー」であった。金属製のアクセサリーであるから「細工職人」の作品である可能性が高い。

(指輪、首飾り、耳飾り……。うわ、たっかっ! 何これ、たっかっ! ……たっかいけど思ったほど高くないわ、これ)

 花々が指輪の一つに触れようとした時――。

「その制服、冒険者学校の学生さんか。懐かしいな」

 背後から聞こえてきたのは若い男の声だった。恐らくは露店の店主だ。外出先から帰ってきたのだ。

 花々は勢いよく振り向こうとして、尻餅をついた。

「大丈夫か!?」

 店主と思わしき男は慌てて花々の腕を掴む。

 すると、花々は半泣きになりながら、祈るように手を組んで身を引いた。

「ひええええ! すみません、すぐ帰ります!」

 店主は一瞬、「こいつは万引きでも働こうとしたのか」と思ったが、やがて事情を察した。

「ああ、冷やかしでも良いって。見てってよ。今日は客も少ないし」

「そうなんですか?」

 花々は涙目で店主を見た。

「ああ。今日は別の場所で冒険者関係のイベントがあるからなのかもしれないけど……。いや、そもそも低品質・低価格のアクセサリーは露店じゃなく取引所にも沢山置いてるし、うちの店は無骨なデザインも多いから元々客が付きにくいんだよ。ほら、これとか」

 店主が摘み上げたのは銀色の指輪だった。中心に人間の頭蓋骨のような彫刻が入っている。

「骨ですねえ」

「そう、骨」

 店主は苦笑しながら「一時、流行ったんだけどねえ」とぼやいた。

「店主さん、で良いですか?」

「うん、良いよ。良いね、その響き。『店主さん』」

「店主さんはどうして露店を開いてるんですか? この値段なら、取引所の価格上限規制に引っかからないですよね。露店の手数料は取引所より高かった筈だし、接客機を借りるお金も掛かるのに何故?」

 冒険者であっても花々のような未成年の学生は公共取引所や露店での販売行為を禁止されているので、あくまで規約等を見聞きした程度の理解度しかない訳だが、これは以前から花々が露店販売者に対して持っていた疑問だった。

 公共取引所でアイテムを売買するにあたり、その規約で価格に関する制限が幾つか設けられている。例えば、購入機能について「一月の購入金額合計は20万セルまで」という制限がある。

 一方、花々が口にした「価格上限規制」とは、販売者側に掛かってくる制限だ。売り手となる冒険者は、商品を登録する際に販売価格を設定しなければならないが、その価格には上限が定められており、「同時販売商品の合計が100万セル未満」となっている。

 因みに、露店の価格上限は300万~500万セル、通称「ハウジング商店」とも呼ばれる自宅商店ともなると条件次第では無制限に価格を設定できる。

 それ故に、商品量が多い、或いは商品量は少ないが高額商品である等の理由で、販売希望額の合計が公共取引所の価格上限を超えてしまう場合には、多少手数料や施設費が掛かたとしても、露店かハウジング商店での販売を選択せざるをえなくなるのである。

 しかしながら、この露店に置いてる商品価格をざっくりと計算してみても合計100万セルには程遠いように思われた。

 ここだけではない。冒険者マーケットの大半の露店が同様の状況にあると言えるだろう。

 ハウジング商店についてはまあ分かる。自分の店を持ちたいと思う人間は世の中に多いだろう。だが、露店はどうか。花々には、彼等が態々に露店を選択した理由が分からなかった。

「ふむ、良い質問だね。まあ、理由は人によるんだろうけど」

 余りに唐突で不躾な質問だったが、店主は笑っていた。花々に嘗ての自分の姿を重ねているのかもしれない。

「それでは、可愛い後輩に教えて進ぜましょう。僕の場合、それは『将来、自宅商店を持ちたい』からです。資金集めがてら、その日の為に固定客を掴みたいのと、自分の名前を売り込みたいんだよね」

「それは取引所では難しいんですか?」

「もちろん、それでやってる人もいるよ。でも、商品数が多過ぎて埋もれてしまうし、何より取引所は冒険者専用の施設だからね。冒険者以外は利用できないんだ」

「あ、そうか。そういったことも考えなきゃいけないんですね」

「そう。勉強になったかな」

「はい。ありがとうございます」

 花々は素直に頭を下げた。その初々しい姿に店主は思わず、くすりと笑ってしまった。

「今、何年生?」

「上級課程の三年です」

「おお、もうすぐ卒業じゃん。三次職は何にしたの?」

「それが、まだ決めてなくて……。先生は錬金術士を勧めてくれたんですけど……」

「錬金術!?」

 途端、店主の顔が険しくなる。身体から負のオーラが湧き出てくるのが見えるようだ。

「はい。え? 何ですか?」

「頼む。それだけは止めてくれ。錬金術士だけはいかん」

 店主は力強く花々の両肩を掴む。セクハラで訴えてやろうか、と彼女は思った。

「どうしてです?」

 店主の様子が余りに異様なので、花々は取り合えず彼の事情を聞いてみることにした。

「奴等はいずれ奴等以外の職人業界を全て潰す可能性があるからだ。これ以上、増えられたら敵わん」

「んん? どういうことです?」

「錬金術士ってのは、数年前に魔術士系から分離独立した職業系統と、既存の職業だった『薬品職人』が合体して出来た新しい職業なんだけど、奴等、ほぼジャンルを問わず何でも作れるだろう? 正式に職業協会が出来てからというもの、恐ろしい速度で勢力を拡大し、他の職人の仕事をどんどん奪っていったんだ。こちらも錬金術では製作できない商品を前面に出し、独自性を強調して対抗してはいるけど……。新レシピの開発も速いし、ホントどうにもならないよ、あいつ等」

「品質やデザインはどうなんですか?」

「物による。品質については、今のところ、他職の製作品やドロップ品より落ちる物が多いが……」

「そうだったんですか……」

 花々は納得した。全ての職業協会に平等でなければならない冒険者学校が主催した転職者向けイベントでは、絶対に耳にすることが出来ないであろう、貴重な現役職人の生の声だ。

(こりゃあ、業界の将来性という意味でも錬金術士を選択した方が良いのかな)

 改めて転職指導教師の慧眼に溜息が漏れた。

 だが、花々の内心を知らない店主はこう続けた。

「それより細工職人にしておくれ。ホント、マジで困ってんだ、うち等」

 花々は首を傾げる。

「同業者は客を奪いますよ」

「それより職人不足で業界が崩壊しちまうのが問題だ」

(そこまで落ちぶれてるのか、細工職人……)

 心の声が顔に出ていたのか、店主は苦笑した。

「不人気職だからね。需要はそれなりにあると思うんだけど、やっぱりサイズや品質の割りに商品も素材も高いし、必需品じゃないってところがね、新人職人達に一抹の不安を与えるらしい。それに客側の好みの問題もある。さっき、リリー・ニーナを見かけたのだけれど」

「私も見ました。アクセサリー、全然着けてませんでしたね」

「一応、戦闘の時はしてるみたいだけどね。今身に着けてる装備品も、そんなごてごてした物じゃなかっただろう?」

「はい」

 戦闘時に着用していると言うのは、恐らくアクセサリーが持つ装備効果や魔法効果――装備したことで得られるステータス上昇や状態異常耐性、属性付与等のような効果――を狙ってのことだろう。当然ながら、普段からその様な物を装備している必要性は殆どない。

 そんな彼女が剣だけはしっかり所持しているのは、突発的な事件や事故が発生した際の護身用か、或いは単に愛着を持っているからという理由なのかもしれない。

「噂じゃ、装飾過多な物があまり好きじゃないらしいよ。戦闘の邪魔にもなるし。職人は腕が上がると複雑な装飾の物も作れるようになるし、そうなれば当然作ってみたいと思うものだ。でも、肝心の買い手が少ない。特にアクセサリーはね。とにかく邪魔になるんだよ。だから、そういった物を好むのは貴族ぐらいなものさ。だが、それだとアクセサリーが持ってる様々な効果は『箔を付ける』以外の意味を成さなくなる。つまらないじゃないか、それじゃあ。それで、『やってられない』って、細工職人を辞めてしまう奴もいる」

「店主さんは、どうして細工職人を続けてるんですか?」

「……結構言うねえ、君」

 一瞬、店主を取り巻く空気が冷たくなった気がした。

 花々はしまった、と思った。率直に質問することも出来ない。きっと自分が悪いのだろうけど。だから、人付き合いは面倒だ。だから、他人とは関り合いになりたくないのだ。

「すみません……」

 気まずい空気の中、花々はただ謝る以外の方法を知らなかった。

 店主も大人気なかったと自省したのか、また苦笑いを浮かべて片手を挙げて言った。

「いや、こちらこそすまない。……答えは当然『好きだから』さ。好きじゃなきゃ、やってられない。四次職まで来れない」

「……」

「まあ、やることが何も決まってないってんなら、大変だけどこの道もちょっと考えておいてほしいかな」

 そう言うと、店主は接客機の前に座り込み、持っていた鞄を膝の上に置いた。

 その時、鞄の中から金属音が聞こえたから、きっと大事な商売道具が入っているのだろうと花々は推測した。

「はい、分かりました」

 花々は素直にそう答え、店主に別れを告げた。



   ◇◇◇



 それから、ずっと「細工職人」のことが頭を離れなかった。

 あの店主の話を聞いた限りでは、どう考えたって細工職人には道がない。彼自身がそうだ。四次職にもなって、未だにまともな店を持つことができていないのだから。

 しかし、それは他の職業にだって言えることなのではないか。一見、有利に見える錬金術士だって、結局最終的には自分次第ということになる。そんなことは初めから分かり切っていることだ。

 どの職に行っても結末が同じなら――。

「『好きだから』、か……」

 自分以外は誰も居ない部屋で、花々はぽつりと呟いた。

「『分かりました』って言っちゃったしなあ……」

(これも一つの切っ掛けじゃないかな。細工職人にはそれがあって、他の職業にはなかった)

 不安な要素しか存在しなかったが、花々の頭からは既に他の選択肢が排除されていた。



 冒険者マーケットを訪れてから数日後、花々は再び進路指導室を訪れた。

「決まった?」

「はい。私――」

 花々は一呼吸置いて言い放った。


「『細工職人』になります」

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