02. 転職相談

「で、結局花々(はなはな)さんは何がしたいの」

 昨日より数日間、冒険者学校では卒業予定者に対して転職相談が行われることになっていた。放課後、花々が指定された時間に転職指導室を訪れると、担当教諭は資料を片手に渋面を作っていた。

 そして、彼女が椅子に座ると、教諭は開口一番前述の言葉を切り出してきたのである。

「悩み中です」

 花々は言い放つ。緊張感の見られない態度に教諭は深々と溜息を吐いた。

「あのね、花々さん。申請期限まで後一月切ってるよ。決められなきゃ、留年だよ」

「と言われても……。先生は何が良いと思いますか?」

「花々さんが自分で決めなきゃ駄目だよ。自分の将来のことなんだから。先生、責任持てないよ」

「いや、参考までにです」

 教諭は一層渋い顔をしたが、再び手元の資料に目をやり、「うーん」と唸る。恐らくは成績表を見ているのだと花々は推察した。

「そうだなあ、先生は錬金術士があってると思うけどね」

「え~、錬金術士ですかあ?」

 花々は如何にも嫌そうというような声を上げた。

「うん、花々さんは学科はまあ良い方だし、実技教科も体育や戦闘に絡むこと以外はまあそれなりに、でしょ。そして、集団行動はしたくない、と」

「はい」

 潔く言い切った。

 教諭はまた溜息を吐く。本当に困った生徒もいたものである。

「もうちょっと人に慣れなきゃ駄目だよ。どこに行ったって人付き合いはあるんだから。生産職だって工房に入るなら上下関係とかあるし、店を開くなら仕入れとか接客とかあるから厳しいよ」

「公共取引所を使うなり、接客機使って露店販売すれば大丈夫でしょう?」

「公共取引所」とは正確には「冒険者組合指定アイテム公共取引所」と言う。冒険者のみ利用することを許可された施設で、主には冒険者業に関わりのある特殊なアイテムの取引に利用される。

 システムとしては、まず世界中に存在する公共取引所の支店に売りたい商品を登録しておくと、その商品がリスト上に載る。買いたい人間は同様に最寄の支店でリストを閲覧することができ、そこから買いたい商品を選択し、料金を支払う。入金手続きが完了すると、その商品は登録された支店から購入された支店へ転送装置によって即座に配送され、購入者の手元へ届くことになるのである。

 また、「露店」は文字通りの露店で冒険者以外の人間も開店できるが、冒険者と非冒険者とでは開店許可を受けられる場所が異なる。一方、購入に関しては両者とも利用可能であることが多いようだ。露店は彼等が開店可能で人通りの多い場所に集まる傾向がある為、見た目はフリーマーケットのように見えた。

 そして、「接客機」とは冒険者組合や各職業協会が冒険者に対して有料で貸し出している魔法装置である。客側が音声または文字案内に従って装置を操作することにより、店員不在の状態での販売取引を可能した文明の利器だ。また、アイテム所有に関する強力な保護魔法を有しており、盗難の心配なく露店の店番を任せることが出来るという優れ物であった。レンタル料はやや掛かるものの、露店の店主である冒険者はこの接客機に店番をさせ、自分は他の場所で活動しているという者が殆どだった。

 これらの手段に共通して言えるのは、人に会わなくても商売ができ、接客や職場内の人間関係に煩わされないで済むということだ。このような便利な物が存在することも、花々が生産職に舵を切った理由の一つであった。

 だが、教諭は首を横に振った。

「それだけじゃ、厳しいよ。どこかに弟子入りするなりカンパニー(冒険者のグループ)に入るなりしないと、技術上がんないよ」

「取引所でレシピ(製作書)とスキル習得書を買うから大丈夫です」

「だからそれだけじゃ駄目なんだって。……頑固だねえ、花々さんは。親御さんは何て言ってるの」

「冒険者なんか辞めて実家に帰って、普通の仕事に就きなさいって言ってます」

「ああ、そうだったね……」

 教諭は少し声の調子を下げた。

 冒険者は名誉ある仕事だが、危険を伴う。命の危険は言うまでもないが、その上生活面でもリスクがあった。

 花々の様に、冒険者組合や職業協会が与える仕事の内、小さな仕事のみを抽出して熟していくだけでも安定した収入が得られると勘違いしている者も多いが、そんな上手い話がある訳がない。楽な仕事程報酬は安く、その割に競争率が高い為、希望の仕事を常に獲得できる補償など何処にもないのだ。

 つまり、上手くいけば一攫千金だが、失敗すれば浮浪者に成り果てるということである。故に、彼等冒険者達はしばしば金鉱に向かう夢想家に例えられることがある。

 当然ながら、我が子がそういったリスクの高い仕事に就くことを嫌がる親は多い。花々の両親は冒険者ではない、「普通の仕事」に従事しているそうだから余計に、だろう。

 奨学金の補助があるとはいえ、よく子供が冒険者学校に通うことを許したものだと教諭は思った。子供の自主性を重んじているのか、ただ単に子供に甘いだけなのか。

「まあともかく、そんな花々さんだからこそ錬金術士以外は厳しいといっている訳で」

「錬金術士は人付き合い、ないんですか?」

「当然あるよ。ただ、四次職以降の選択肢次第ではそれが少なくなる可能性があるんだよね。他職程には『手に職』的な技術が求められないものも多いし。……あまり、こういう勧め方はしたくないんだけどねえ。まあ、極力人に慣れて下さい。先生からの助言はそれに尽きます」

「は~い」

 心の篭ってない返事であったが、教諭は最早いちいち反応していても切りがないと、受け流した。

「ところで、花々さんの話だけ聞いてると、何だか消去法だけで選んでいってるっぽいけど、何かこう、花々さんには作りたいって思う物はないの?」

「全部作りたいです」

「ああ、そう……ありがちだね」

「そうなんですか?」

「うん。作りたい物があり過ぎて選べないって子、結構いるよ。それでも、卒業の為に取り敢えずの職業は選んでもらうんだけど」

「後で職業変更するの、面倒臭いです」

「だよねえ。一応、心理テストみたいなものもあるんだけど……」

「『適正職業なし』でした」

「やっぱりね……」

 案の定、打つ手なしだ。教諭から見ても、彼女には「実際に社会人となって仕事をしていく」意思が感じられなかった。働きたい、稼ぎたいとは思っているのだろうが――。

「じゃあ、作りたい物は沢山あるとしても、『それのどういったところに惹かれたか』とか、ある?」

「そうですね……やっぱり、見た目が綺麗な作品が好きですね。あと、扱う素材が多かったり、専門性が高かったり」

 教諭は希望職種の書かれた紙を見た。希望順位の数字が歪な二重線で消されており、希望職業欄には四種の職業が記載されている。

「鍛冶と木工は嫌って話だから最初から省いておくとして、『見た目が綺麗』だったら料理は外れるかな。あれもまあ綺麗と言えば綺麗だけど、花々さんが言ってる『綺麗』とは違うだろうし。錬金は物によるかな。逆に『素材が多い』なら、料理か錬金。『専門性』は全部に当てはまるよね」

「錬金もですか?」

「あれもそうだよ。特に四次職以降はね」

「四次職か……。道程遠いなあ」

「花々さんは四次職目指さないの?」

「自分じゃ厳しいかなあ、と」

「う~ん、冒険者となった以上、理想は高く持ってほしいけどなあ。現実的にはそうもいかないか」

 過去の卒業生の過半数が三次職止まりという現状を鑑みて、教諭も強くは推せなかった。分不相応の高みを目指して潰れていく者も多くいるから、尚のことだ。

「まあ、とにかく後は何を作りたいかを考えよう。職業変更しないなら、今後ずっと付き合っていくものだからね。花々さんが好きなものを選びなさい。そして、何としても申請期限に間に合わせて」

「はい」

 花々はその言葉には素直に返事をした。



   ◇◇◇



 下校後、寄宿舎の自室に戻った花々はベッドへ倒れ込み、枕に顔を埋めた。

「『好きな物』……」

 改めて考えてみると、難しい問題である。好きなものはある。が、沢山ある物の中から、一つに絞れということだ。

 暫しの沈黙の後――。

「露店行くか……」

 ふと、そんな言葉が口から毀れ出た。

(明後日は休日だ。露店を回る時間がある。そこで色んな商品を見比べて、一番気に入った物を選ぼう。)

 そう決めて、花々は心地良い眠気に身を任せた。

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