第45話 壊れかけのレイディオ
そしてやり方を変えた。
わかりやすく言うと、日本の芸能事務所のやり方は『競馬ウマ育成方式』だ。
競馬のおウマさんってのは、才能あるウマをどっかの草原から拾ってくるわけではない。
血統の優れたおウマさんの精子を買うところから始まる。
そして子馬から育てて訓練して選抜してその一部が見事G1優勝馬とかになってようやく大金を稼げるようになるわけだ。
昨今世間を騒がせた男性アイドル専門事務所などはモロにこのタイプの事務所といえるだろう。
小学生から所属させて、一人前のアイドルへとじっくり育てるスタイル。
そう、日本のようなちっちゃいシェアの特殊な商売では
『スタータレントは探すより作る方が効率がいい』事に日本人が、というか一部のギラギラした鼻が利く連中が気づいたのだ。
まぁ、ここまでは一応、問題ないよね。……ここまでなら。
おウマさんもそうだ。
おウマさんならその方式で何も問題がない。おウマさんは稼げるようになったからって、勝手に出ていったりしないから。
ところが人間のタレントはそうはいかない。芸能事務所が手塩にかけてスターへと育て上げたのに、売れっ子になったらワガママ言うわ、へそ曲げるわ、ヘッドハントされて出て行くわで。投資が回収できなくなるどころか、他の芸能事務所と血で血を洗う抗争へと発展しかねない状況が生まれちゃったりしちゃったりする。
そりゃそうよ。シャレにならん額のカネをかけて育てて宣伝して、やっと実ったところを横取りされたんじゃ、『野郎! ぶっ殺ッシャー!!(ぶっころっしゃー)』ってなるわ。
そりゃそうなる。
全部が全部、プロダクションがそうなのではない。凛子の事務所『宗則企画』みたいに、元々が一人のスーパースターを支えるために作られて、そのついでに社長の勘で新人タレントを個別にスカウトしているような、のんびりしているところもあることにはある。
だがまぁ、基本。大金が動くギャンブル要素の強い世界。ガラも悪くなる。
事務所同士の抗争に発展しかねないバチバチとした空気を収めるべく横の繋がりが作られた。
『日本視覚産業協会,(仮名)』なんていうそれっぽい名前で。
要はタレントの引き抜きによる事務所間のトラブルの防止の為の組織であったが
これはつまり、もうタレントの自由意志で契約を行えなくしてしまったわけだ。
上手いね。
そして『日本視覚産業協会』は政治家を抱え込みみるみる巨大化、芸能やら興行やらで誰も逆らえない、というかとりあえず所属してないとヤバい組織へと成長。
やがて芸能界の七大名とよばれる者たちが取り仕切る恐ろしい仕組みが出来上がって行った。
『七大名,(笑)』ってJRPG,(ドラクエ等のコテコテの日本製ロールプレイングゲームをあまり良くない意味も含めてそう呼ぶ)かよと思われるだろうが、事実なんだから仕方がない。
七大名は、それぞれが有力プロダクションの社長たちである。
7人のジジイが芸能関係者すべての殺生与奪を握っている状態である。
それにしても芸能界なんていう、この世でもっとも、注目やら脚光やらを浴びたり集めたりする業界。常に多くの人の目に触れていて、一見不正や犯罪などとは程遠いような明るい世界をイメージしちゃいそうになるが。やっぱり違うんだねぇ……。実態はとんでもない。公然と行われるパワハラ・セクハラの常態空間。
公正な競争だの、ビジネスだの、契約だのでは無いっつーのがすごいよね。
むしろそういう闇を覆い隠せるように政治と癒着する方向へ進化するのがなんというか、人の業(ごう)というか。迷路に入れられたアメーバ状の粘菌が、なぜか最初から知ってるように最短距離で出口を見つけるような不気味な波動を感じるね。倫理もクソも無く、ろくでもない出口を見つける粘菌、それが人間。
影響力やら財力やらが集まる場所なんだから、人間の生存本能がむき出しになって当然と言えば当然なのか。
されども、みんなが見てても何の抑止力にもならないというのは悲しいね。
人が見てて抑止力となるのは、不正を正す力のあるものが存在する場合、言いつけられて困る場合においてのみ有効なのであって、それらが機能しない強い暴力を持った存在には何の効力にもならない。どこぞの大国が堂々と世界が見ている中で小国を侵略したり、ばりばり虐殺しはじめても、積極的に止めようとする者なんていない。どこにもだ。普段「反戦!反戦!」言ってる連中の中からすらも現れない。あれと同じだね。昼休みの中学校の教室みたいに、やんちゃな連中がやりたい放題の自由空間だ。むしろ正義と掲げられているものは、やんちゃしてる側にあるとされちゃうくらいだ。
恐ろしいね。
凛子たちはその恐ろしいジジイら全員、特に一番ヤバい大ボスの逆鱗に触れた。
もうその一番の大ボスなんてのはそりゃヤクザと呼ばれるわな振る舞いをなさってる人間なワケだけども。こともあろうにそれを、その人物を、その某大手プロダクション社長を、名指しで『ヤクザ』と言っちゃったのだ。
「◯◯◯はヤクザだからね」と。
しかもラジオが有名になってたもんだから、運悪く御本人がどんなラジオかと聞いてる真っ最中に言ったのだ。
言っちゃならん本当のことを田沼が言っちゃったのだ。荒木飛呂彦先生のマンガならここですかさずババーンと衝撃的な書き文字の効果音が入るだろう。
いや、ズキューンかな。
ドドーンかな。
まあいいや。
『日本の芸能界を牛耳る人物の逆鱗に触れた』
やっちまったのだ。
で、突然の終了と。 一巻の終わりと。 相成ったのでございます。
とは言え、田沼オッキツグ,(42歳)でさえ困惑する事態であった。
そう、スタッフも含め誰もその類の権力が、ここまで横暴な力を振るう事が出来るとは認識していなかったのだ。青天の霹靂,(まったく予期しなかった突然の出来事:せいてんのへきれき)以外の何者でもない。
しかしながら、現実にそれは行われた。アホ外人が作る『歴史に忠実,(笑)な時代劇映画』で、サムラーイの機嫌を損ねた無礼者よろしくいきなり首をはねられたのだ。理不尽過ぎる。(実際には、その辺のサムラーイなんていう木っ端公務員が町人を気軽に斬ったり出来ない、当然である。念のため。)
仕事関係の上役でもなんでもない奴に勝手に断罪されたのだ。そんなやつの一声でクビを切られたのだ。
ただならぬ不審な事態に一応然るべきところのインタビューも来たりはしたが、大きな流れにはならなかった。
真相はテレビ局などでは絶対報道できなかった。できるはずもなかった。
東京のひとりのジジイの力で、大阪の放送局の大人気番組を一撃で終わらせることが出来る。そういう芸能界の理不尽なリアルを、圧倒的独裁者が存在することを。
その事実を表に出せるわけがなかった…………。
事の顛末はだいたい業界の内々にこんな感じで伝わっている。
だが、関係者しか知らないエピローグがまだ続いていた。
田沼オッキツグは1年間の謹慎で事なきを得ている。許されている。
凛子が芸能界を去らねばならなかったのに、本来主犯と断定されるであろうはずの田沼がだ。
なぜか?
田沼の対応は、業界的にじつにそつのないものだった。
粛々と反省文謝罪文をしたため『日本視覚産業協会』へ送付。
七大名会議に詫び状。永久追放になるのかどうかの判断がされた。
会議にて七大名の前で詫び状が読み上げられる。
そこには深い反省および謝罪の意と、1年間の謹慎を自ら申し出る旨が書かれており、それならばとその場が収まる。
一年間の謹慎といえば、通常のタレントならばかなりの損害であり致命的な措置である。
芸能界というものは、生き馬の目を抜く、一瞬の油断もならない世界だ。椅子取りゲームにも例えられるそれは、限られた席、ポジションの取り合いなのだ。
一年間も休めばもう、すっかり誰かが自分のポジションに座りきっていて、容易には代わってもらえない。タレント生命の危機というワケである。そのぐらい厳しい措置だ。それを先手を打って自分から言い出すことで、まとめて責任を取り。さすがの横暴な七大名でさえ、それ以上の追求を出来なくしてしまった。
しかもどっこい田沼は元々出版業界の人間、作家である。ラジオやテレビが封じられても特に狼狽えたりしない。ホームグラウンドはちゃんと別にあるのだ。芸能界のボスだろうがなんだろうが、必要以上に恐れる必要が無かった。仕事自体はなんとでもなる。そういう読みから、この件に対しても率先して粛々と対応し、【ややこしい連中の溜飲を下げる】という大変めんどくさい問題を、ちゃちゃっと大人の処理をしてみせた。
一番ヤバいポジションの田沼が上手く先鞭をつけてくれたおかげで、番組の聞き手役的なポジションの凛子は、もっと簡単な対応で済みそうに思われたが。それは一般的な感覚であって芸能界ではどうなるかはわからない。
では、凛子はどうなったか?
事ここに至って、マネージャーが凛子の謝罪文を代筆して提出という無難な流れとなるはずが、件の真相を聞かされた凛子が激怒。
七大名の大ボスであるオルカニックプロダクションの◯◯◯社長のところへ怒鳴り込み、社長室の机の上にあったヤクルト・ミルージュ200を◯◯◯社長の顔面に投げつけて帰ってきた。
(ホントはガラス製のでかい灰皿を掴みかけていたが、武士の情けでヤクルト・ミルージュ200の方にした)
…………!!!!
「やっちまった」
この凛子の所業を聞いて、誰もがそう思うだろう。
無駄に敵を怒らせた、馬鹿なことをやらかした。多くの人がそう思うだろう。
せっかく周りが沈静化するように段取りを付けてくれたのを台無しにしたとも。
だがそんなことは凛子にも分かっている。分かっているが。どこか奥まったところで好き勝手に他人の人生をへし折って遊んでいる輩に、黙ってやられたままにはしておけなかったのだ。人をゲームのコマか何かと思ってる奢った輩に、生身の人間として一発食らわせずにはいられなかったのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
──── ◯◯◯社長
「大変元気があってよろしい!芸能人たるものそれぐらい元気でなくてはイカン!
ワシも若い頃は随分と無茶をしたものじゃ! ガッハッハッハッハ……。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
とはならんかった。
そればかりか、謝罪記者会見を開かされることとなった。凛子単独で。
それが芸能界の大ボスが出したご容赦の前提条件。
なぜ凛子が謝らねばならぬのだ。
いったい何を謝れと言うのだ。
どうも『生意気な女に分からせてやりたい』という男の願望がうずいたらしい。
いわゆる『わからせ』(R-18用語:生意気な女子供に身の程をわきまえさせる)であった。
ひらたくいうと『凌辱』である。
凌辱とは、人をはずかしめること。特に、暴力で女性を犯すこと。
圧倒的権力により、凛子のプライド、鼻っ柱をへし折り、その精神をグチュグチュに犯してやろうというジジイの暗い情熱であった。
若くて綺麗で勝ち気で生意気なムカツク女を屈服させたい。という情熱。
当然、凛子単独でやらせるべきである。オッサンの田沼などお呼びではない。
ここで凛子が殊勝,(けなげで感心なこと)に
「大変申し訳ありませんでした……」なんて
『女の涙』を流しながら素直に記者会見を大勢のカメラの前でやっておったならば、
あるいは『1年ぐらいの謹慎』で済んだかもしれない……。
──だが、するわけがない。
本来、調子のいい凛子なら。こんな状況程度。おかんむりのオッサンの一匹や二匹をなだめるぐらい、心にもない謝罪を、お芝居を、お涙を、平気でチャラチャラとやってのけてしまうぐらい、難なくできたであろう。凛子はそれぐらい曲者の女である。
だが今は、
それが出来ない理由が凛子にはあった。
凛子がその運命を分かつであろう決定的瞬間の決断において、決して男の力づくには屈しない。そう決意を固めるに至ったのは、何者でもない、この芸能界がそうさせていたからだ。
それまで、すべてにおいて上っ面だけ、いい加減に調子良く生きてきた凛子が持った唯一の譲れない一線。
波風立てるこだわりなんてダサいと思っていた彼女が、採算の合わない決断をする。たとえ負けると分かっていても戦うのだ。全力で、玉砕覚悟で咬み付いていく。
凛子みたいな女子にはもっとも縁遠い泥臭い執念、似つかわしくない姿。
命を捨て、死人となりて、敵陣に切り込んでいく武者のごとき魂が宿っている。
それまでの周りを振り回す適当でいい加減な女とされていた凛子。もう変えようもない、ゆるゆるの性格に思われた彼女をそう変えさせた出来事があった。
この芸能界が凛子にさんざん見せつけていた、味わわせていた、価値観を覆した出来事。
それは──。
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