第33話 これは陽動だろう、常識的に考えて


「いやいやいやいや」

「どう考えても陽動だろう、これ」


 元CIAアナリスト、米国務省対テロ局の専門家、リチャード・ジョンソンは

 アメリカ政府、アメリカ軍の浮足立った動きに苦々しく言葉を漏らした。


 なぜ敵のロボットがたった1機単独で行動してると思うんだ? 

 その発想が分からん。

 まさか日本人の言う「勝手に湧いて出た」を真に受けてるんじゃないだろうな???


 現在の原子力空母の直接的な建造費そのものだけで約130億ドル,(約1兆4000億円)、50年の運用が総額で5兆円と言われているが。


 あのロボット兵器……、

『動力』も『装甲素材』も、あの推力を生み出す『ロケットモーター』も、とんでもない新技術の固まりにしか思えない。

 ──どう見積もっても一機で兆は超えるだろう?

 開発費も合わせたら数十兆円クラスのカネが動いているはずだ、いやもっとするのか?


『原子爆弾の開発』

 世界を一変させた、歴史のターニング・ポイント。

 いわゆるマンハッタン計画であるが、当時のレートでおよそ20億ドル,(2200億円)。

 21世紀現在の資産価値に換算するとおよそ600億ドル(約9兆4000億円)もの費用が投入されている。

 件のロボットの複合的な技術群は、間違いなくあれ以上の計画規模で開発・建造されたと考えるのが妥当だろう。


 そうなると、アメリカ最新の予算で、核兵器関連が約3.54兆ドル,(約112兆円)、アメリカ宇宙軍で2630億ドル,(約33兆5000万円)


 それに匹敵するレベルの話になってくる。

 世界的巨大企業でも、なりふり構わずカネを突っ込む覚悟で関わらなければどうにもならん額だ。


 誰がその金を出したんだ?

 そんだけ高価な兵器を一機だけ作り出して、こんな訳の分からん使い方をするか?

 こんなハデな、悪目立ちする使い方を。


 おかしい……

 おかしすぎる……!

 どう考えてもこれは『陽動』だ。


 つまり、これは敵の本当の目的ではない。

 あるいは、目的であるが本命の狙いではないと見るべきか。


 なんにせよ

 この一箇所だけに集中し過ぎるのは良くない。


 もし『陽動』なら敵の思うつぼだ。

 壊滅した第7艦隊のカバーに来るのはどこだ?

 とりあえずグアムを拠点としている

 第1海軍特殊戦部隊(Navy Special Warfare Unit One, NSWU-1)あたりか。


 東経160度線以東の東太平洋を担当している

 第3艦隊(Third Fleet)が引き継ぐか。

 それらの担当海域が手薄になることを狙っている可能性は無いか?


 敵の手はずに乗ってないか?

 これでいいのか?

 そもそも敵組織が何なのか一切掴めていないのがヤバすぎるだろ。


 ああああああ、神よ!

 なんてこった。

 出来ることならばこの状況で大部隊は動かしてほしくない。


 何も分かってないのに慌てて動かしてほしくない。

 慌てたらやられるぞ。落ち着いてくれ。

 霧の中を敵の罠に進んでいくようで気が気でならない。


 もし…………。

 もし日本が絡んでたとしたら相当ヤバい。

 何も情報を掴んでないぞ──。


 ……だが、個人的には日本が中心となって開発した可能性が濃厚だと思っている。


 それは兵器というものは、思いのほかその外観等にお国柄が出るものだからだ。

 今までにない新兵器ならなおさらだ。


 例えば、アメリカが同じ技術でロボット兵器を作るにしても、決して二足歩行にはデザインしないだろう。するにしても、ああはならない。もっとマッシブ,(重厚、いかつい)な形状となるはずだ。

 中国にしても、むしろアメリカやロシア兵器の影響がモロに分かるデザインとなる。

 隠そうともしない。先に中国が開発してたぐらい言ってのける。

 あれはそうした方が共産党上層部の受けが良いとか、そういう事情があるのだろう。


 だが、あのロボットのデザインにはそういう忖度が感じられない。

 無駄に凝ったマニピュレータ,(手)の精緻な構造といい、ああいう、いちいち細かい所にこだわったことをやりたがる国民性、職人気質に思い当たるのは一つしか無い。


 日本だ……。


 だいたい、世界の常識を覆すような科学革新的な兵器。

 イノベーションな新技術兵器は、進んだ科学の知識によって作られてると思われがちだが大きな間違いだ。


『原子爆弾』の製造だって、あれは『科学技術』で成功したんじゃない、アメリカの『工業力』が成し遂げたんだ。


 実際に原爆開発の予算の80パーセントは工場建設等に使われている。純粋な研究費用なんてわずか4パーセントだ。


『もしドイツが先に原子爆弾の開発に成功していたら……』なんてよく聞くif,(もし~ならば)も。そんなことは100パーセント起こらない。

 なぜならドイツには原子爆弾を製造可能な工業力が無かったからだ。

 ドイツの原爆製造に関する科学的理解がいくらか深くても些細な違いでしかなく、工業力の方がよほど大きな問題だ。


 そもそも原子爆弾の基礎的な物理学的知識なんて戦前から世界中の科学者の知るところであり、必要だったのはエンジニアリング的ノウハウなのだ。


 そして世界有数の工業力をもった国として

 リチャード・ジョンソンの頭に浮かぶのは……


 ──日本かぁ……。

 あいつらスパイ防止法もない情報筒抜けのマヌケだと思ってたから

 アメリカ国防大学だって日本の要人なんかマークしてないだろう。

 ろくな情報が無いはずだ。


 日本政府がやってるのか、日本企業がやってるのか。俺の勘では確実に日本なんだが、それをやる動機もカネの流れも特定できない。まるで尻尾がつかめない。


 まずいぞ……。

 どこから接触して良いかも見当がつかない。

 どんだけ隠蔽してたんだっつーの。


 さっさとロボットを殺っちまうか、とっ捕まえてくれれば話が早いんだが、逃げた痕跡すら追えてないそうじゃないか。


 思ったよりやばい事態になってきたな……

 どうすんだこれ?



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