第26話 逃げる団長、企む騎士たち



 彩弓あみが不登校を続ける中、騎士団の面々は今日も音楽室に集まっていた。


「やっぱり、今日も団長は学校に来なかったね」


 久しぶりに加わったひかるは心配そうな顔をしていたが、れいは感心したように告げる。


「しっかり警戒してるみたいだな」

「彩弓のことだから、そのうち痺れを切らして学校に来るような気がするけど」


 尚人なおとの言葉は皆、同じく思っていることだった。


 そんな中、たけるが何気なく彩弓のことを口にする。

 

「一度だけ覗きに来たみたいだよ……」


 だが、ルアに嫉妬して帰ったとは言えず。たけるが語尾を濁すと、ひかるが言葉を繋いだ。


「敵さんも静かになったみたいだし、団長の行動は悪くなかったみたいだね。でも驚いたよ。受験が終わってここに来てみれば、知らない女の子がいるし、団長はいないし」


 ひかるの複雑そうな顔を見て、たけるは首を傾げるが——ひかるたちがルアを知らないことに気づいて、慌てて説明する。


「ああ、知らない女の子って、ルアちゃんのこと? 彩弓の友達だけど、よくわからない子なんだよね」

「ルアもこのメンバーに加わりたい、って言ってたけど」

  

 そう言った尚人なおとはあまり嬉しそうな様子ではなかった。


「うわ、呼び捨て! 尚人はルアちゃんと仲いいよね」

「そういうこと、彩弓の前で言ったら絶交だから」

 

 などと尚人が不機嫌な顔を見せたその時、その場にいる全員がスマートフォンにメッセージを受信した。


「騎士団のグループチャットに彩弓からメッセージが来てる」


 健が呟くように告げると、尚人は目を瞬かせる。


「え? でもこれって……どういうこと? 彩弓の騎士団脱退……のお知らせ?」


 その言葉に、健の声が思わず裏返る。


「彩弓が本気で騎士団を抜けようとしてるってこと?」


 伊利亜が無言でスマホを見つめる中、健は彩弓のメッセージを読み上げた。


「ええっと……『この間は尚人さんを暴走させるような軽率な行いをして申し訳ありません。


 長い間お世話になってきた騎士団ですが、この先も皆さんにご迷惑をおかけしたくないので、私は騎士団を抜けようと思います。


 だからどうか私のことは忘れてください。今までありがとうございました。


 皆さんと過ごした日々は大切な思い出として胸にしまっておきます。またこの先も皆さんが幸せであるよう、遠くから祈っています 元団長より』」


 その他人行儀な文面に、尚人は顔をあげて誰となく訊ねる。


「これ、本当に彩弓? なんだかよそよそしい感じだけど」


 それに答えたのは、健だった。


「もしかしたらお姉さんに書いてもらったのかもしれないよ」


 すると、珍しく伊利亜いりあが口を開く。


「……それはないだろう」

「どうしてそう言い切れるの? 伊利亜」


 健が訊ねると、伊利亜いりあは静かに告げた。


「いや、あいつが大事なことを他人に任せるような奴じゃないことは、あんたたちも知ってるだろ?」

「そうだね。これは間違いなく本人だし……霧生きりう先輩とのこととか、よほど反省してるんじゃない?」


 健が想像で話すと、ひかるは首を傾げる。


霧生きりう先輩の件って何? それに尚人の暴走なんて知らないけど」


 健は一瞬、しまったという顔をするが——ひとつ咳払いをして告げる。


「ああ、ちょっと尚人が嫉妬して暴走しただけなので、先輩は気にしないでくださいね」


 ひかるは釈然としない様子だったが、健が笑って誤魔化していると、今度は尚人が暗い声を放つ。


「これって……俺のせいで彩弓が騎士団やめるってこと? だったら俺も騎士団やめる」

「ちょっと待ってよ、尚人。やめるとか考える前に、彩弓を呼び戻す方法を考えようよ」


 慌てて止める健だが、尚人は沈んだ顔をしていた。


「けど……騎士団ここにいたら、俺はまた嫉妬して暴走するかもしれないし」

「騎士団にいなくても嫉妬はするよね? 逆に暴走した尚人を止められるのは騎士団だけだと思うし、尚人はここにいた方がいいよ」

「……健、またボコボコにしたらごめん」

「やっぱり尚人は一度騎士団を抜けたほうがいいかもね。友達のありがたさを思い知るといいよ」






 ***






 私——彩弓あみは、自室の窓際でスマホを眺めながらため息を吐く。


 騎士団脱退のメッセージを送ったのは、理由があってのことだが、それを誰かに説明することは出来なかった。なぜなら、それがだったからだ。


 私は昨夜のことを思い出しながら、赤焼けに染まった窓の外を見つめる。彼女と会ったのは、まるでつい先ほどのことのようだった。




 昨日の深夜。


 きっかけは、一つのメッセージだった。


 送り主のわからない相手から届いたメッセージには、場所と時間だけ書かれており、私はそれに従って外に出る準備をしていた。


 私服のフーディにデニムパンツを着た私は、玄関先でスニーカーに爪先を通す。


 すると、そこへ姉がパタパタと足音を立ててやってくる。


「こんな時間にどこ行くの? 彩弓ちゃん」

「ああ、ちょっと用事があって……友達のところに」

「どのお友達?」

「それは……友達は友達だ」

「彩弓ちゃん、嘘はよくないわよ。行き先はちゃんと教えてくれないと。お姉ちゃんに内緒でどこに行くつもりなの?」

「姉さんを巻き込みたくないんだ」

「まさか……喧嘩でもするつもり?」

「違う。いや、場合によっては乱闘の可能性はあるが」

「彩弓ちゃん! 危ないことはやめてちょうだい」

「どうしても行かないといけないんだ」

「じゃあ、お姉ちゃんもついていくわ」

「それは困る」

「あ、こら待ちなさい!」


 私は姉の制止を振り切って外に出る。


 運動能力の低い姉なので、いつも逃げるのは簡単だった。


 ……帰ったら怒られるが、仕方ない。


「それにしても……まさか敵側からコンタクトをとってくるとはな」 


 突然、私宛に届いた、時間と場所だけのメッセージ。それはおそらく、待ち合わせを促しているのだろう。


 外出の理由は『友達』ではなく、『敵』と会うためだった。


 籠城していた私を外に出す口実かもしれないが、私は敵の誘いに応じてみることにした。私自身、敵に会ってみたかったから。


「待ち合わせ場所は……このあたりか?」


 繁華街の裏側——夜の工事現場は、静かなものだった。


 すると私がその場に着くなり、変声機で作られた声が響き渡る。


『よく来たわね』

「誰だ? どこにいるんだ? 姿を見せろ!」


 見回したところで、周りには誰の姿もなかった。


 さらに変声機の声は、私に告げる。


『いやよ。あなたみたいな野蛮な人に見せる姿なんてないわ』

「誰だか知らないが、私を殺したいなら正々堂々と勝負しろ!」

『私をあなたと一緒にしないで』

「どうして私を狙うんだ? 私が何をしたって言うんだ?」

『あなたは存在するだけで邪魔なのよ。騎士たちを独り占めするあなたが嫌いなの』

「騎士たちを独り占め……? 意味がわからん。私も騎士団の一人にすぎない」

『前世ではそうだったかもしれないけど、今は違うでしょう? 女の子に生まれて、騎士たちにちやほやされているあなたが鬱陶しいのよ』

「ちやほや? 私はちやほやされてなんかないぞ」

『無自覚なのも腹が立つわ』

「それであなたは、私を騎士団から追い出したいのか?」

『そうよ。あなたさえいなければ、これ以上危害を加えるつもりはないわ』

「私が騎士団を抜ければいいのか……? そうか……」

『わかってくれたかしら?』

「わかった。あなたの言う通りにする」

『あら、えらく素直なのね』

「最近……自分の資質について考えていたんだが……今の私は団長には向いていないと思うんだ。皆を守るどころか……振り回してばかりだ。だから私が抜けて平和になるのなら、喜んで抜けようと思う」

『そう。だったら、二度と騎士団には近づかないで』

「……わかった。それであなたの気が済むなら」

『なら約束してちょうだい。今後もし騎士団に近づくようなことがあれば、今度はあなたの命だけでは済まないから』

「ああ、約束しよう。私はもう騎士団とは……友達でもなんでもない、ただの他人になることを」


 そう淡々と告げる私だったが——微かな胸の痛みには気づかないふりをした。






 ***






「——彩弓! ねぇ、彩弓ってば」


 私が騎士団を抜けて数日経ったある日。


 学校の渡り廊下で健と目が合うなり、逃げた私だが——。


 走り出した私を、健が追いかけてきた。


 仕方なく私は全速力でダッシュするが、体格差もあって健の方が速かった。


 ——ど、どこまで追いかけてくるんだ……しかも尚人が増えてる!


「ちょっと彩弓、待ってよ!」

「彩弓!」


 私が階段を駆け上がると、健たちもついてくる。


 だが、騎士団から抜けると決めたからには、ここで折れるわけにもいかなかった。


 ——お願いだから、ついてこないでくれ。


 そんなことを思いながら、ひたすら階段をのぼっていると、途中で伊利亜に遭遇する。


 ここまでか、と思っていたら——なぜか伊利亜が健たちを足止めしてくれた。


 伊利亜に邪魔されて、前に進めなくなった健は舌打ちをする。


「ちょっと伊利亜、どいてよ!」

「……」

「どうして邪魔するの?」

「あの猪突猛進が逃げるくらいだから、あいつにはあいつの事情があるんだろ」

「彩弓があんなメールを送ってきた理由を、伊利亜は知ってるの?」

「少し考えればわかることだろ」


 伊利亜が上の階にいる私に視線をちらりと向けるが、私は知らん顔をする。


 何がわかったというのだろう。


 ドキドキしながら見守っていると、尚人が苛立ったように告げる。


「なんか……彩弓のことを理解してるような口ぶりがムカつく」

「尚人は最近、沸点が低いよね」


 健の言葉は、その通りだと思ったが——私が口を挟むわけにはいかず。そのまま屋上へと逃げ込んだ。






 ***






 彩弓の姿が見えなくなったところで、階段の踊り場に残された尚人は苛立った声で告げる。


「あんな写真見たら、誰がどこで彩弓に手を出してるかわからないよね」


 尚人が目を細めて睨むと、伊利亜は視線をそらした。


 健は苦笑する。


「ああ、霧生きりう先輩とのキス写真の話ね。彩弓も羞恥心を覚えたみたいだから、もう大丈夫じゃない?」

「今から警戒されても困るよ」

「尚人も手を出したいわけか——その前に喋るのも難しい状況だけど。彩弓……本気で僕たちと距離を置くつもりなのかな」

「あのメールの文面からして……俺たちから離れるよう、誰かに言われたのかも」

「なるほど。学校に来るようになったのは、身の安全が保障されているからかもしれないね」

「最初は彩弓の失墜を狙ってた敵が、彩弓の命まで狙い始めて……そして彩弓の騎士団脱退?」

「すべては彩弓を僕たちから切り離すためだったってこと?」


 健の結論に、伊利亜は考えるそぶりを見せる。


「その可能性はあるかもしれない」

「敵は彩弓を俺たちから切り離してどうするつもりなんだろう」


 尚人の言葉を、伊利亜が拾う。


「本当の狙いは俺たちにあるってことか」


 彩弓の行動の意味を理解した時、健は不敵に笑った。


「そうだね」

「それが本当なら、最終的に彩弓の敵は俺たちの前に現れるかもしれないね」

 

 いつになく好戦的なのは、彩弓が絡んでいるからだろう。尚人も暗い笑みを浮かべる中、健は提案する。


「いっそ敵をおびき寄せる?」

「どうやって?」

「簡単な話だよ。彩弓のそばにいればいい。本当に敵が僕たちから彩弓を切り離したいのなら、相手をさかなでしてやるんだよ」

「追いかけるだけで精一杯のこの状況で、どうやって彩弓のそばに?」

「彩弓のお姉さんに協力してもらおう」


 健がにっこり笑って言うと、伊利亜が怪訝な顔をする。


「あいつの家族を巻き込むのか?」

「これも彩弓のためだよ」

「情に厚いように見えて、手段を選ばないタイプだよね、健は」

「褒め言葉としてとっておくよ。尚人」

「……敵は何がしたいんだろう」


 尚人の呟きに、健は覚悟を決めた目で屋上へ続く階段を見上げた。


「それを聞くためにおびき寄せるんだよ」







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