第20話 それぞれの気持ち



「よう、甚十じんと


 六月に入ったばかりで、やや日差しの強い休日の正午。


 バス停の前で声をかけると、私を見るなり甚十じんとが苦笑した。


 やはり、休みの日に制服というのはおかしいのだろうか?

 

 と思えば、別の理由で指摘を受けた。


「こらこら、彩弓あみ。もうちょっと普通に挨拶できないかな」

「それはいつも伊利亜に言われる」


 私がへへっと笑うと、甚十は表情の読めない顔で笑った。


「まあ、彩弓らしくていいかな」

「それもよく言われる」

「彩弓、恋人の間は他の人と比べるのはナシだよ」

「どうしてだ?」

「もし彩弓が国王陛下に一日中他の剣士と比べられたらどう思う?」

「それは不快だな。いや、逆に燃えるかもしれない。ライバルも良いものだ」

「彩弓は俺に燃えてほしいの?」

「どういう意味だ?」

「彩弓に対する恋心を、燃やしてほしいの?」

「こここ、恋だと!?」

「お、珍しくそれっぽい反応がきたね」

「恋なんてものは、大人がするものだろう……」

「どうして?」

「昔、飲み屋の女将に言われたんだ。大人になって出直して来いと」

「ああ、前世で団長が追いかけていた女将だね」

「本当に、恋とは苦いばっかりだ。あんなものに振り回されるのは大人になってからでも——」

「彩弓、とりあえず移動しようか」

「……あ、ああ、そうだな」

「今日もはついてくるのか……」

「なんだ?」

「なんでもない」


 そう言うと、甚十は私の手を繋いで走り出した。



 それから三十分ほど歩いて、灯台の足元にやってきた私と甚十は、目下に広がる海を清々しい気持ちで眺めた。


「もうすぐ夏なのに、肌寒いな」


 半袖シャツにスカートの私がそんなことを呟くと、甚十は肩を竦めて見せる。


「俺は団長の格好を見ているだけで寒いよ」

「そうか?」

「前世でも年中薄着だったよね。大丈夫、風邪ひかない?」

「問題ないな、このくらい」

「団長の周りだけ、常夏なんだね」

「病などに負けていては、陛下をお守りすることはできないからな」

「どういう理屈?」

「昔陛下に言われたんだ。団長の熱さは流行り病をも吹き飛ばす、だから国王陛下も平和でいられるのだと」

「それ、暗にバカは風邪ひかないって言われてるだけじゃ……」

「何か言ったか?」

「彩弓はいつでも可愛いね」

「むむ、何か誤魔化したな?」

「そういうのはわかるんだね」

 

 言って、甚十は大きな声で笑った。


 ……私はそんなにもおかしなことを言っただろうか?






 ***






 今回も彩弓あみ甚十じんとを尾行する三人——たける尚人なおと伊利亜いりあだったが、彩弓たちの雰囲気の良さに比べて、健たちはやや暗い空気を背負っていた。


「あの二人、いい雰囲気だね。ちょっと妬けちゃうなぁ~。でもまあ、付き合ってるフリだしね」


 灯台の裏側で、健が自分とは無関係な顔をする中、他二人は無言で健を見ていた。


「尚人も伊利亜も、なんで黙ってるの!? 怖いんだけど」

「逆に健はどうして平気でいられるの? 俺は二人を見てると今にも爆発しそうなんだけど」


 大人しいが、嫉妬深い尚人がそう告げると、健は苦笑する。


「そりゃ、平気ってわけじゃないけど……僕は君たちと違って好きな人を遠くから眺めることが多かったんだよ。尚人だって知ってるでしょ? 前世では団長の妹を——」

「おい、あいつら移動したぞ」


 




 ***






「いい眺めだな」


 灯台の足元にある広場の中でも、眺めの良い場所に移動すると、なんとなくそんな言葉が、私——彩弓の口をついて出た。


 こうやって穏やかに流れる時間に身を任せるのも悪くはないだろう。


 すると、甚十じんとも海を見つめたまま口を開く。


「俺はいつもそこのベンチで本を読むのが好きなんだ」

「甚十らしいな」

「そうかな?」

「ああ。鬼のように様々な本を読むナムストレイと違って、エジンは同じ本ばかり読んでいるイメージがあるぞ」

「よく見てるね」

「そりゃ、団長だからな」

「俺はね……本を読むことよりも、本を読んでいる自分が好きなんだ」

「形にこだわっているようには見えないがな」

「新しい本を読んで変化するよりも、同じところを彷徨っているくらいでちょうどいいんだよ」

「つまり、今の自分が一番好きなんだな」

「そうか……そうかもしれない」

「いいんじゃないか? それはそれで」

「そう言ってくれるのは団長くらいだよ」

 

 言いながら、さりげなくぎゅっと抱きしめられた。


「ああ、ごめんね。つい」

「かまわない。甚十は寒かったのか? なら、私の熱をわけてやろう」


 私がぎゅうっと抱きしめ返すと、甚十は驚いた顔をする。


 そしてお互いにぎゅうぎゅう抱きしめ合っていると、そのうち甚十は我に返って私を押し返した。


「ああ、ごめんね。人が見てるのに……」

「人が見てるのか?」

「団長は気づいていないの?」

「私が知っている限り、あの三人しかここにはいないが」

「やっぱり気づいてるよね」

「それがどうかしたのか? いつもの三人だから、危険はないぞ」

「でも団長にしては珍しいね。いつもなら、すぐにでも出てこいって言うのに」

「私を仲間外れにした罰だ。あいつらのこともちょっとだけ仲間外れにしてやるんだ」

「それでこうやって見せつけてるんだね……彩弓って意外と小悪魔なんだ」

「新しいワードだな。小悪魔とはなんだ? 伊利亜のやつは男は魔物だと言っていたが、女は悪魔なのか?」

「伊利亜……面白いことを言うね」

「ああ、伊利亜は面白いぞ! 伊利亜から学ぶことも多いしな」

「彩弓、俺と一緒の時は他の男の話は禁止しよう」

「どうしてだ?」

「俺が妬くからだよ」

「ヤキモチというやつか、ふむ」

「わかってるのか、わかってないのか……でも、彩弓にはハッキリ伝えたほうがいいってことがわかったよ」


 甚十はにっこり笑って、私の手を握った。






 ***






「ちょっと尚人、どこ行くの」

「帰るんだよ」

「どうして?」

「見てられないから。言ったでしょ? これ以上何かあったら、俺も何するかわからないって。健こそ、どうして普通でいられるの? 悔しくないの?」

「僕だって悔しいよ……けど、僕は彩弓の幸せを一番に考えてるから——」

「本当に好きなら、そんな簡単に割り切れるわけないだろ……だからジミールはあの時、俺に手袋を投げつけたんでしょ? 俺に勝てるはずもないのに」

「……過去のことを今持ち出すのはやめてよ」

「おい、あんたたち。そんなに殺気だってるとあいつらにバレるぞ」

「先輩にあんたとか言わないでよ」


 苦情を言う健の横を尚人は無表情で通り過ぎる。


 伊利亜は離れた場所にいる彩弓と尚人を見比べてため息をつく。


「俺も帰りたい……」

「はあ? 何言ってるの。伊利亜は帰らせないからね!」

「なんで俺が……」

「伊利亜だって二人のこと気になるでしょ?」

「健先輩は、あの二人を見てどうしたいんだよ。割り込んで決闘でも申し込むのか?」

「ちょっと、伊利亜まで昔のことを持ち出すのはやめてよ」

「ただ見てるだけで、辛くはないのか? 昔から団長の一番近い場所にいるのはあんたのほうだろ……だったら、こんな風に見てないで——」

「うるさいな。行動しろって言いたいんだろ? わかってるよ、僕だってそんなこと。でも僕には勇気がないんだよ。チキンで悪かったね。それを言ったら、伊利亜だって同じじゃないか」

「俺はあんたとは違う」

「何が違うって言うの?」

「俺は団長のこともあんたたちのこともどうだっていいんだよ」

「そんなこと言って、目は彩弓のことをずっと追いかけてるくせに……。はあ、どうして僕はこう、競争率の高い方へと流れるんだろ……」


 健がため息を吐く中、足元に人影が伸びる。


 灯台の裏にいる健たちの元に現れたのは、甚十だった。


「おい、お前たち」

「え? 甚十さん?」


 今まで彩弓の側にいた甚十が突然目の前に現れて、健は慌てる——が、伊利亜は真っ直ぐに甚十を見つめる。


 甚十はあからさまに好戦的な目を二人に向けた。


尚人テナは帰ったみたいだけど、君たちはいつまでくっついてくるの?」

「い、いつまでっていうか……」


 健が困惑する傍ら、伊利亜は強い口調で告げる。


「あんたがどういう経緯であいつと一緒にいるのかは知らないが、あいつを泣かせたらタダじゃおかないからな——と、健先輩は言いたいらしい」

「ちょっと! なんで僕!?」

「ふうん、彩弓のことが心配なんだね。けど、俺はお前たちに譲るつもりはないから。邪魔者はさっさと消えてくれないかな?」

「本性を現したな」


 伊利亜が指摘すると、甚十は不敵に笑った。


「俺と付き合うって彩弓が選んだことだからね。君たちにどうこう言われる筋合いはないよ。ただ、これ以上俺たちの邪魔をするっていうなら、俺も本気で相手をするからね」

「のぞむところだ——と、健先輩は言っている」

「だからなんで、伊利亜が僕の代わりみたいな言い方するの!?」

「じゃあ、警告はしたからね」

「ああ」


 甚十が彩弓の元に戻るのを静かに見送っていた健と伊利亜だが——途中で我に返った健が、思い出したように口を開く。


「ちょっと伊利亜、甚十さんを焚き付けてどうするの!?」

「あんたが自分の口で言わないから、俺が代わりに言ったんだろ。どいつもこいつも面倒くさい性格しやがって。見てて鬱陶しいんだよ」

「鬱陶しくて悪かったね! みんなの団長が良かったのに、どうしてみんな奪いたがるの?」

「そんなにその他大勢がいいのなら、勝手にしろ」

「ちょっと伊利亜?」


 とうとう伊利亜が立ち去るのを見て、健は悔しそうに拳を握った。








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