第19話 初デート



「あら、彩弓あみ。最近、尚人なおとくんたちと一緒にいるところを見ないわね」


 週半ばの早朝。

 

 ここのところ来なかったルアが、久しぶりに私の机にやってきたと思えば、そんなことを言ってきた。


「ああ、ちょっとな」


 ……まさか健たちに無視されてるとは言えない。


 甚十と付き合っていると告げてから、健たちに避けられるようになったわけだが、その理由がどう考えてもわからなかった。 


 そんなこんなで私がモヤモヤしていると、ルアはどこか冷たい表情で告げる。


「前々から思っていたけど、彩弓にはああいう人たちは合わないと思っていたのよね」

「合わない……? そうか?」

「ええ。あの人たちってやっぱり私たちとは別世界の人だから。きっと今までは彩弓に合わせてくれていたのよ」

「そうか……そうなのか」

「大丈夫、世の中には彩弓に合う人もいると思うの」

「私に合う人?」

「噂になってるわよ。彩弓、今日は大学生くらいの人に送ってもらったんでしょう?」

「ああ、甚十じんとのことか」

「じんとさんって言うの?」

「そうだ」

「……そうなの。まあ、いいわ」


 ルアは少しだけ変な顔をして考え込んだあと、「じゃあ」と手を振って帰っていった。


 そして一人になって考える。


 ルアの言う、〝別世界の人〟とは、どういう意味なんだ?


 だからみんな無視するのか? 住む世界が違うから? 


 他の皆はいったい、どんな世界に住んでいるんだ?


 ——よし、伊利亜に聞いてみよう。






 ***






「伊利亜、見つけた」


 私を無視する理由を問いただすために、伊利亜を探していたが——非常階段の踊り場で寝そべっている奴を見つけて、私はさっそく駆け寄った。


「……なんだよ」

「おい、逃げるな」


 立ち上がった伊利亜の前を塞ぐと、伊利亜は怪訝な顔をする。


「なんで俺が逃げないといけないんだ」

「逃げてるだろ、今だって。私はお前に用があるから逃げるな!」

「……お前は本当に、調子のいいやつだな」


 伊利亜の腕を捕まえると、伊利亜は鬱陶しそうに私を見下ろした。


「それで、用っていうのはなんだ?」

「……いや、どうして急にお前たちがよそよそしくなったのか知りたくてな。ルアには『住む世界が違う』と言われたが、私の知っている世界以外に、お前たちの住む世界があるのか?」

「お前……現国の成績悪いだろ?」

「周知の事実だろう?」

「堂々と言うな……全く、俺にも時間をくれよ」

「なんの時間が欲しいんだ?」

「言いたくない」

「そう言われると聞きたくなるな」

「勘弁してくれ」

「それで、どうしてお前たちは、急に無視するようになったんだ? やっぱり仲間外れはいかんぞ」

「そのくらい、自分で考えろと言いたいところだが……あんたにわかるはずがないな」


 伊利亜は諦めたようにため息を吐いた。


「ああ、わからない。だから教えろ」

「あいつらは、甚十さんにお前を取られて怒り狂ってるんだよ」

「甚十に? 私をか?」

「つまりだな……」


 伊利亜が説明しようとしたところで、階段をのぼってきた健が口を挟む。


「ちょっと! それ以上言わないでよ」

「おお、健じゃないか。久しいな」

「久しいなじゃないよ。教室に行ってもいないから、もしかしたらと思って伊利亜を探してたら……いるし」


 健が私の元にやってくるのを見て、伊利亜は私の手を振り払った。


 そういえば、伊利亜の腕を掴みっぱなしだった。


「皆が私を無視するから、その理由を聞きに来たんだ」

「ごめんね、彩弓。悲しい思いをさせて、でも僕たちだって悲しいんだよ」

「甚十に私をとられたと思ったからか?」

「伊利亜は余計なことを……」

「うーむ、よくわからないが、私は誰のものでもないぞ」

「でも甚十さんと付き合ってるんでしょう?」

「まあ、そうだが……もしかして、健も私と付き合いたいのか?」

「ゴホッ」


 伊利亜が何もないのにむせる傍ら、健が頭を抱えた。


 私は私の考えを堂々と告げる。


「だが、好き合う者同士が付き合うべきじゃないか?」

「なんだか僕のこと好きじゃないって言われてるみたいなんだけど」


 健が呆れた目をする中、私は慌てて否定する。


「そんなことはない。甚十と同じくらい健たちのことも——」

「どういうこと?」


 私が途中で言葉を飲み込むと、健がうろん気な目を向けてくる。


 まずい、余計なことを言いそうになってしまった。


「……いや、なんでもない」

「彩弓って本当に甚十さんと付き合ってるの?」

 

 健に問われて、私は「ぎくっ」とする。


 すると、健は満面の笑みになる。 


「ほんとにもう……どうしてそう彩弓はそんなに面白いの」

「付き合っているのは本当だぞ! 今週、一緒に遊園地に行くんだ」

「うんうん」

「それにだな、甚十の車にも乗ったんだぞ!」

「それは皆知ってる」

「ううう……本当なんだぞ」

「そっか。彩弓がそう言うなら、僕も信じよう」

「わかってくれたのか。さすがは健だ」

「じゃあ、まだ午後の授業があるから僕は行くよ。彩弓も早く教室に帰りなよ」

「ああ、またな!」


 なんだかよくわからないが健の態度が軟化したのを見て、私は目の前が明るくなった。その傍ら、伊利亜は複雑そうな顔をしていた。


「お前も大変だな」


 伊利亜に憐れむような目で見られて、私が思わず「なんの話だ?」と訊ねると、伊利亜は「さあな」と階段を降りていった。






 ***






 地域最大のテーマパークは喧騒を掻き立てるような音楽に包まれていた。そんなお祭りムードな園内の一角で、白い半袖フーディに黒いパンツを着たたけるは友人二人に向かって告げる。


「はい、この日がやってきました。皆さん、準備はいいですか?」


 すると、晴れやかなスカイブルーのシャツに白いパンツでモデル体型を包んだ尚人なおとは、無言で健を睨みつけた。


「尚人、いつまで膨れてるんだよ」


 健が言うと、尚人はますます機嫌の悪い顔で返した。


「たとえフリでも、彩弓と甚十さんが付き合ってる姿なんて見たくない」

「もう、尚人は……」

 

 健がやれやれとため息を吐く中、そんな二人を静かに見ていた伊利亜いりあも大きく息を吐く。


「なんで俺まで……」


 黒のセットアップを着た伊利亜を含めて、見た目の良い三人は目立つ存在だった。


 だが尾行対象にだけは気づかれないよう、彩弓と甚十を遠巻きに見つつ、健は尚人と伊利亜に向かって告げる。


「はい、そこの二人。今日はせっかくの遊園地なんだから楽しむよ。それに彩弓がどうして甚十さんと付き合ってるフリをしてるのかも気になるでしょ?」

「本当にふりなの?」


 尚人の言葉に、


「僕が見た限りでは間違いないよ」


 健は自信あり気だった。



 



 ***






「今日は……どうして制服なの?」


 エントランスでテーマパークのチケットを入手した甚十が、花のオブジェの前にいる私——彩弓あみのところへやってくる。


 甚十じんとと遊ぶことになった私は、いつもの制服ブレザーで仁王立ちしていた。


「これが一番落ち着くんだ」

「まあ、彩弓は何を着ても可愛いからね」

「甚十、あれに乗るぞ」


 私がさっそく絶叫マシンを指さすと、カジュアルスーツに身を包んだ甚十は少しだけ顔をひきつらせた。


「しょっぱなからアレに乗るの?」

「元祖マジカルトルネードだ。足のつかないコースターだなんて、ワクワクするな」

「……逆さまになってるみたいだけど」

「ああ、なんて凄いんだ!」


 私は興奮のあまり、甚十の返事を聞かずに元祖マジカルトルネードに向かった。


 火山を模したセットの頂点までゆっくりと走ったコースターが何度も落下し、回転するのは実に爽快だった。


 隣の甚十もきっと楽しかったに違いない。始終無言の甚十の手を引いて、私はそれから何度も元祖マジカルトルネードに乗った。


 そしてようやく私の気持ちが落ち着いたところで、甚十に声をかける。 


「やっぱり凄かったな! さすが元祖マジカルトルネードだ! もう一回乗ってもいいか?」

「ごめん、俺は少し休憩してもいいかな? さすがに十五回連続マジカルトルネードは疲れたよ」

「そうか。わかった、無理はするな」






 ***






「うっぷ……気持ち悪い」


 彩弓を尾行していた健は、ジェットコースターですっかり酔っていた。


 同行していた尚人もぐったりした様子で口を開く。


「三半規管がおかしくなりそう」

「あいつ……なんで十五回も同じ乗り物に乗るんだよ」


 ジェットコースターには強い伊利亜も、さすがにうんざりした様子だった。


 飲み物でなんとか気分を誤魔化した健は、持っていたコーラを尚人に分けながら告げる。


「彩弓と遊園地に来るときは覚悟したほうがいいね」

「とうとう甚十さんがギブアップしたみたいだよ。一人で座ってる」

「って、彩弓はまだ乗るの!?」


 甚十を置いて、軽やかに走る彩弓を見て、三人は唖然としていた。






 ***






「今日はありがとうな、甚十。すごく楽しかったぞ!」


 夕方になり、そろそろ帰宅を決めた私——彩弓は、出口の前で甚十にお礼を告げる。


 すると、甚十はやや疲れた顔で「どういたしまして」と笑った。


「今度は皆で来たいな。楽しいだろうな」

「そんなに俺と二人は嫌なの?」

「そうじゃない。私は皆の笑顔が見たいんだ」

「彩弓は欲張りだね」

「今頃気づいたのか? 私はいつでも欲張りだ」

「だけど、いつまでも皆でっていうのは無理だと思うよ」

「どうしてだ?」

「欲張りなのは彩弓だけじゃないからね」

「よくわからない」

「欲張って彩弓を独り占めしたい奴だっているんだよ。俺も含めてね。彩弓は誰かを独り占めしたいとか思ったことはないの?」

「ないな。私はいつだって皆と一緒がいい」

「そうか。俺もまだまだってことかな」


 それから甚十は私を自宅マンションまで送ってくれた。


 私は一人でも大丈夫だと言ったが、どうしてもと言われて有り難く送ってもらうことにした。


「今日は私に合わせてくれてありがとうな。次は甚十が行きたい場所に連れていってくれ」


 マンションの前でそう告げると、甚十は相変わらずの笑顔で告げる。


「それじゃあ、彩弓がつまらないんじゃない?」

「大丈夫だ。甚十が連れていってくれる場所なら、どこだって楽しいと思うぞ」

「全く、彩弓は罪作りな子だな。じゃあ次はもっと落ち着いた場所にも行こうね」

「落ち着いた場所?」

「ああ、団長は静かな場所も好きだろう?」

「よし、そうしよう」

「じゃあ彩弓、ちょっと目を瞑ってくれないか?」

「なんでだ?」

「少しだけでいいから」

「わかった」


 甚十のことだから安心して目を閉じると、額にうっすら温かいものが触れた。


「これくらいは許してね」

「額に接吻したのか?」


 真っ向から訊ねると、甚十はおかしそうに笑った。






 ***






「ちょっと尚人、隣で殺気を放つのはやめてよ」


 相変わらず彩弓たちを尾行していた健たちだったが、甚十の宣戦布告ともとれる行動もばっちり視界に入っていた。

 

 それを見て、やや重い空気になる中、ひときわ強い殺気を放つ尚人の肩を、健が押さえる。


「甚十さん、むかつく」

「普段大人しいやつほど厄介だな」


 伊利亜が他人事のように告げると、健は頭を掻いてため息を吐く。今日何度目のため息だろう。


「でもまあ、甚十さんにそれほど害はなさそうだよね。予想ではもっとべたべたしたがるかと思ったけど、やっぱりエジンらしいよね」

「俺はこれ以上何かあったら、甚十さんに何するかわからないかも」

「こわっ」


 尚人の目が赤く光るのを見て、健はごくりと息をのんだ。




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