第14話 最愛の人
「あれ、
放課後、学校の二階にある廊下を歩いていると、
「ああ、ちょっと体育館倉庫に用事があってな。あとから行くから待っててくれ」
「ふうん。体育館倉庫って……もしかして
「そうだ。じゃあ、またあとでな」
そして
「待たせたな、ウンギリー……いや、
体育館倉庫は相変わらず暗くジメジメしていた。
そんなカビ臭い倉庫の中で、
黒いジャージを着た霧生先輩だった。
「あ、ああ」
霧生先輩のいつになく落ち着かない様子を見て、少しだけ違和感を覚えるもの、とくに何も考えずに口を開く。
「それで、私になんの用だ? 霧生先輩から連絡をくれるなんて、めずらしいな」
「実は……」
霧生先輩は
「実は団長に……会ってもらいたい人がいるんだ」
固唾をのみこむ霧生先輩を見て、私まで緊張してしまう。
何事にも動じない霧生先輩が、これほど緊張するとは。会ってほしい相手というのはよほどの人物に違いない。
「私に会ってもらいたい人物とは……前世の関係者か?」
「そうだ。団長がこの世で最も敬愛していた人だ」
「……まさか」
「国王陛下だ」
「そんな……嘘だろう? まさかそんな……陛下まで見つかるなんて」
動揺しながらも、私は嬉しくて自然と笑みをこぼしていた。
国王陛下といえば線の細い見た目とは裏腹に
他国からは恐れられていたが、民や我ら騎士団にとっては誰よりも尊敬すべき御方でもあった。
そんな方に転生してなお会えるというのなら、どんなに幸せなことだろう。
私は国王陛下より賜ったもの、ひとつひとつを思い出しながらため息をついた。
陛下がくださったのは、決して勲章だけではなかった。
私は陛下の言葉を思い出しながら目を伏せた。
***
前世では——陛下はいつも、綺麗な夜空が見える果樹園に私を連れていった。
そして細く麗しい御姿で、武骨者の私によく言った言葉があった。
「団長、この世で最も尊いものは何だと思う?」
そう言った陛下は、質素な装いをしていた。
「突然、何をおっしゃいますか」
対して王騎士の衣装が似合わない私は、陛下の前でもゆるく着崩していた。
そんな私を、陛下はまるで友のように扱った。
「人が燃やす一瞬の煌めきを私はこの目に焼き付けておきたいのだよ」
「煌めきですか? それは私のような武骨者には無縁のお話ですね」
「いいや、人は等しく時を使う。余のために割くそなたの……いや、そなただけではない。皆の命の煌めきが余を支えてくれているのだ。これ以上に尊いものなど、この世にあるものか。そんなことを思うようになったのは……余が年をとったせいか」
いつになく優しい言葉を使う陛下を、私は支えるように返す。
「陛下、我らの泥臭い手も、命も陛下のためにございます。陛下のために時を割くことができるのは、確かに我らにとっても煌めきといえましょう。とても光栄なことでございます」
「そなたも言うようになったな。自身を武骨者と
「陛下、私は貴族です」
「いいや、そなたは貴族などではない。団長だ。この国の明るい未来そのものなのだ」
「どういう意味か、うかがってもよろしいですか?」
「余は人が等しく時を使うことができる未来を願っているのだ」
「陛下、それは……」
「国は変革を求め始めているのだろう。現に、騎士たちは余よりもそなたに尽くしたいと考えているようだ」
「めっそうもございません。そう見えるのでしたら、私の教育不行き届きで……」
「お前の目は節穴か。騎士たちの煌めきは、団長のそなたが作っているのだ。心から敬愛するというのは、強制するものではなく……選ぶものなのだ」
「選ぶもの、ですか?」
「そうだ。そなたにもいつかわかる時が来るだろう。そなたが心から選ぶ誰かを、余は見てみたい」
「……陛下は私をお試しになられているのですか?」
「ただすべての民の幸せを願っている、それだけの話だ」
いつもどこか掴みどころのない陛下は、常に変革を求める御方だった。
肩書きを重んじる貴族派からは疎んじられていたが、その手腕でおさえこみ、平民出身の騎士などを重用しておられた。
そんな陛下を、私は幼い頃から見てきたが……陛下以外に敬愛する人など、考えたこともなかった。
たとえ戦争で数多の血を流しても、陛下のためなら鬼にだってなれた。
だが思慮深い陛下が、決して人に心を許さなかったことだけは、悲しかった。
すべて一人で抱えていたあの御方のためなら、喜んで一瞬の灯になりたい。
———それは転生した今でも思うことだった。
過去に罪人として陛下の顔に泥を塗ってしまったというのなら、今度こそ陛下のためにできることがしたい。
そんなことを思い耽っていると、霧生先輩が咳払いをする。
どうやら私は、夢を見ていたようだ。
「団長、大丈夫か?」
「あ、ああ。ちょっと昔のことを思い出しただけだ」
「……そうか」
「それで、陛下はなんとおっしゃっているんだ?」
「陛下は団長に会いたいそうだ。陛下といっても……俺の双子の弟だが」
「双子の弟? そんな近くにいたのか」
「最近思い出したばかりで、まだ混乱しているみたいだが、団長のことを楽しそうに話していた。――団長には、心から敬愛する誰かができたのか? と聞いていた」
「……それは」
まさしく、前世で陛下に言われていた言葉だった。
その話を知っているのは、陛下だけだから、おそらく疑う余地はないだろう。
「ああ、嬉しいな……陛下に会いたいと常に願っていたんだ」
「そうか、良かったな」
「で、いつ会えるんだ?」
「俺たちが暮らしているマンションにくれば、いつでも会える。来る前に連絡さえもらえればな」
「わかった。じゃあ、明日会いたい」
「早いな」
「善は急げというだろう? 陛下の気が変わって、会いたくないと言われたら嫌だ」
「そんなことは言わないと思うが……じゃあ、弟に伝えておく。俺は明日用事があるから、二人きりになるが」
「構わない! 二人で話したいことが山ほどあるんだ」
「そうか」
霧生先輩は少しだけほっとした様子で、スマホをいじり始めた。
弟に連絡をとっているのだろう。
そんな時ふと、霧生先輩がスマホの手を止めてこちらを見る。
「そうだ。陛下のことだが……」
「なんだ?」
「他の人間には秘密にしてほしいんだ」
「秘密? どうしてだ? 陛下もみんなに会いたいだろう?」
「今は思い出したばかりで混乱しているようだから、落ち着いたら他の連中にも会わせればいい」
「混乱しているなら、私も間をおいたほうがいいのか?」
「いや、団長には真っ先に会いたいらしい」
「そうか。私も会いたいぞ!」
「だから、くれぐれも他の奴らには言わないでくれ」
「わかった」
***
「よう、諸君。今日も元気か?」
霧生先輩と別れたあと、音楽室に入った私は、
今日の私は、自分でもわかるほどご機嫌だった。
それもそうだろう。この世で最も敬愛している陛下に会えるというのだから。
だがそんなことを知らない健は、不思議そうな顔をしていた。
「彩弓、えらくご機嫌だね。霧生先輩との密会がそんなに楽しかったの?」
「え? 霧生先輩と密会? なにそれ」
尚人が少しだけ冷たい表情をする。
尚人も霧生先輩に会いたかったのだろうか?
だが、今回は秘密の話があったから仕方ない。
私は懸命に誤魔化して告げる。
「あ……ああ、ちょっとした世間話をだな……」
「なんだか怪しいな」
尚人にじっと見つめられて、私は目を泳がせる。
「私は何もないぞ! ちょっと明日――」
途中まで言ったところで私は口を押さえる。
どうしてこう、私は余計なことを言ってしまうのだろう。
私が目を泳がせていると、伊利亜も片眉をあげる。
「明日がどうした?」
「いや、明日は晴れるかな~? はっはっはー」
「彩弓、何か隠してるよね」
健に指摘され、汗をかいた私は、咄嗟に口笛を吹く。
「ふーふー、何もないからな!」
「口笛、吹けてないよ。ますます怪しいよね」
健は少し面白がっているようだった。
三人に見つめられて、私はなんとか誤魔化そうとするが……。
「大丈夫だ、そのうちお前たちにも——」
「僕たちがどうしたの?」
「いや、なんでもない! じゃあな。私は明日に備えて早く帰ることにする!」
「え? ちょっと彩弓?」
健が動揺する中、喋れば喋るほど誤魔化しが効かなくなってきた私は、とうとう音楽室を出たのだった。
危ない危ない。陛下のことは秘密だと言われてるんだ。
許せ、騎士たちよ。
***
彩弓が去った音楽室。
残された者たちの間に、微妙な空気が流れた。
「彩弓……怪しすぎでしょ」
健の言葉に、尚人も頷く。
「ちょっと異常なくらいご機嫌だし……まさか、霧生先輩とデートするんじゃ?」
「あいつに限ってそれはないだろ」
伊利亜の言葉に、健も尚人もため息を吐く。
「でも気になるよね。よし、じゃあ明日は彩弓のあとをつけてみる?」
健の提案に、尚人は乗り気だった。
「いいね。でもいつ集合すればいい?」
「彩弓がいつ出かけるかは、彩弓のお姉さんにメッセージしてみるよ」
「さすが健だね。ちゃっかり彩弓のお姉さんと連絡先交換してるとか」
尚人が羨ましそうに告げると、健も調子に乗って告げる。
「だって、未来のお姉さんになるかもしれないし? 今から仲良くなっておいたほうがいいよ」
「健ずるい」
「明日はもちろん、伊利亜も来るよね?」
「いや、俺は別に……」
健と尚人が盛り上がる一方で、あくまで伊利亜はクールだった。
だが本当は伊利亜も気になっていることを、健も尚人もわかっていた。
「彩弓が霧生先輩に泣かされたらどうする?」
尚人に言われて、伊利亜は否定する。
「あいつが……そんなことあるわけないだろ。霧生先輩と密会するとも限らないしな」
「いやいや、エジン——
健がニヤニヤしながら言うと、尚人もうんうんと頷く。
「そうだね。彩弓の異様なテンションも気になるしね、伊利亜ジュニア君」
「お前ら、俺の名前で遊ぶなよ」
「先輩に対して、お前らはなくない?」
健が膨れっ面で言うと、さすがの伊利亜も黙り込む。
すると、尚人が伊利亜の肩を押さえて告げる。
「とにかく、伊利亜も強制参加だからね」
「なんで俺まで……」
「またまた~、本当は心配なくせに」
そんな風に冷やかす健に、伊利亜はため息を吐く。
「俺は途中で飽きたら帰るからな」
伊利亜が諦めた様子で告げると、健と尚人は顔を見合わせて笑った。
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