第13話 思いと思惑



 団長のことは前世の頃から気に入らなかった。


 王家の騎士たちが、常に敬愛してやまないのは国王ではなく騎士団長だった。


 どこからともなく騎士を連れてきたのは団長だが——七人とも外見で選んだのではないかと思うほど、見目麗しく非常に優秀な人材だった。


 そんな彼らを集めてくれた団長に感謝はするもの、やはり教育は王家がするべきだったとルアは思う。


 ……でなければ、彼女の作戦が失敗するなんて。


「同じ過ちを繰り返さないためにも、今度こそ私が騎士の中心になってみせるわ」


 騎士団をいかに自分のものにするか、ルアはずっと考えていた。


彩弓あみの求心力を崩さなければ。――尚人なおとくん、私のために煩わしい噂を我慢してね」


 ルアは尚人と撮ったスマートフォンの写真に口づける。


 ショッピングの帰り道に、どうしてもとお願いして撮った写真だった。

 

「でもまさか、ぬいぐるみを尚人くんが買っていたなんて」


 考えるだけで腹立たしかった。

 

 ルアの計画はこうだ。


 こっそり買っておいたぬいぐるみを彩弓のカバンに仕込んでおき、羽柴という女生徒にぬいぐるみを失くしたふりをさせた。


 女生徒を買収するのは簡単だったが……。

 

 尚人が現れるのは計算外だった。


 おかげで彩弓の信用をなくす作戦は失敗に終わった。


「でも、こんなところでくじけてる場合じゃないわ。仕掛けはまだまだこれからなのだから」


 ルアは彩弓の教室に向かいながら、嫌な笑みを浮かべた。






 ***






「ねぇ、聞いた? 彩弓あみさんと尚人なおとくんが付き合ってるんだって」

「ええ、違うよ。伊利亜いりあくんが彩弓さんと付き合ってるんでしょ? 告白しているところを見たっていう子がいたよ」

「確かに最近、尚人くんや伊利亜くんと話してるところをよく見るよね。もしかして二股?」

「さすが彩弓さんって感じよね。もっとお堅いイメージがあったけど……意外とやり手だったんだ」


 廊下から聞こえてくる無責任な話に、たけるは頬を膨らませる。


「あーあ、なんで僕の噂はないのかな。ずっと一緒にいるのは僕も同じなのに」


 健の不満を聞いて、一緒にいた私——彩弓は、やれやれとかぶりを振る。


「噂の的になんてならないほうがいいぞ。聞かれるたびに答えるのも一苦労だ」

「けど、ぬいぐるみの件だけでこんなに噂が広まるとは思わなかった。今では全校生徒が知ってそうだよ」

「人の噂なんて、しばらく我慢していれば済むことだ」

「尚人のやつはこれを機に彼氏の座を狙ってるみたいだけど。伊利亜は何を考えてるのかよくわからないよね。否定も肯定もしないし」


 と、健が考えるそぶりを見せる中、


「いちいち答えるのが面倒なだけだ」


 噂の伊利亜が現れる。


「おお、伊利亜」

「はいはい、モテ男の余裕ってやつですか。じゃあ、僕は先生に呼ばれてるから行くよ」


 健がひらひらと手を振るのを見て、私も手を上げる。


「ああ、また放課後な」

「うん。彩弓も、あんまり噂に振り回されないようにね」

「ありがとう」


 健が笑って身を翻す中——その背中を見送っていると、ふいに伊利亜が私の顔に触れてくる。


「なななな、なんだ!?」

「傷が残らなくて良かったな」

「ああ、顔の傷のことか」

「なんだ、何を期待したんだ?」

「ばばばばか者、私はしょぼい団長になりたいわけじゃない」

「だからしょぼい団長ってなんだよ」

「わかっているんだぞ! 私にあんな攻撃をしておいて……お前、私のことをしょぼい団長だと思っているんだろう」

「攻撃? なんの話だ?」

「く、くちにしただろうが」


 自分で言いながら、頭が噴火しそうなくらい熱くなる。


 そんな私を見て、伊利亜は失笑する。


「お前はあれを攻撃だと思っているのか……バカなのか?」

「なんだと!?」

「ねぇ、なんの話?」


 伊利亜と話し込んでいると、尚人が現れた。


 三人になった途端、周囲からの視線がいっそう強くなる。


「ああ、尚人。ちょっと攻撃についてな……伊利亜と話していたんだ」

「……」

「彩弓も好きだよね。それよりさあ、ゴミ焼却炉からコレが見つかったんだけど」


 尚人は私に猫のぬいぐるみを差し出して見せた。


「これは、私のぬいぐるみじゃないか」

「やっぱりそうだよね?」

「おかしいな。リュックに入れておいたんだが」

「これからはどこに行く時もリュックを持ち歩いた方がいいかもね。あんな事件のあとだし、犯人はまだわからないわけだから」

「そうだな。何度もありがとう、尚人」


 私は貰ったぬいぐるみを抱きしめる。


 するとなぜか伊利亜が気まずそうに顔を背けた。


「彩弓……やっぱりそれ返して。新しいぬいぐるみあげるから」


 不機嫌そうに眉間を寄せる尚人に、私は目を瞬かせる。

 

「どうしてだ? 私はこれを気に入っているぞ」

「いいから返して」

「ええ!? くれるんじゃなかったのか? ……ダメなら仕方ない……伊利亜ジュニア、達者でな」

 

 伊利亜に似ていることから、伊利亜ジュニアと呼んでいるわけだが。


 私が涙目で猫のぬいぐるみを差し出すと、尚人は諦めたようにため息を吐いた。


「もう、そんな顔されたら引き取れないよ」

「俺の名前をつけるのはやめろよ」

「伊利亜じゃない、伊利亜ジュニアだ」

「ぬいぐるみを見て、思い出すのが僕じゃなくて伊利亜っていうのは気にいらないけど……彩弓が喜ぶならいいよ」






 ***






 放課後の音楽室。


 健に尚人、伊利亜は改めてぬいぐるみの件について考えていた。


「今度は焼却炉からぬいぐるみ——ね」


 健が呟く傍ら、尚人は指先で顎を押さえながら口を開く。


「まるで僕が見つけるのをわかった上で置かれていたように思うよ」

「ということは、尚人が今日掃除当番だって知っている人間が捨てたってことだよね」


 健の考察に、尚人は付け加える。

 

「掃除当番は毎日黒板に書いてあるから、同じクラスの人間じゃなくても仕掛けることができるよ」

「いったいなんのためにこんなことを……」


 私が狼狽えていると、健が独自の見解を述べた。


「僕が思うに、彩弓が捨てたと思わせたかったんじゃないかな」

「どうしてだ?」

「昨日の盗難事件だって、もうちょっとで彩弓のせいにされるところだったでしょ?」


 健に指摘され、私は目を丸くする。


 つまり、どういうことだろう?


「なんとなく敵の目的はわかったような気がするね」


 尚人も健の言いたいことがわかっているようだった。


「目的とは、なんだ?」


 訊ねると、尚人は不敵に笑う。


「彩弓の信用を落とすことだと思うよ」






 ***






「……また失敗」


 ルアは焦っていた。


 彩弓の噂をばらまき、さらに尚人からのプレゼントを捨てても、誰も彩弓を疑う人間はいなかった。


 どこまでも純粋に彩弓を信じている騎士たちは、少々のことでは彩弓を見限ったりしないということがわかった。


「——早くいなくなってしまえばいいのに」


 ルアは唇を噛み締める。


 そして彼女が向かった先は、体育館倉庫だった。


「早かったわね」

 

 ルアが言葉を投げかけた先には、ジャージ姿でマットに寝転ぶ青年がいた。


「なんの用だ」


 夕凪霧生ゆうなぎ きりうは、不機嫌さを隠すことなく告げる。


 だがそんなことでルアは引き下がったりなどはしなかった。


「今度こそ、彩弓を殺しなさい」

「まだ……諦めていないのか?」

「諦めるわけがないでしょう。何度失敗すればわかるの?」

「あいつらは強い。俺では怪我をさせるくらいが精いっぱいだ」

「そんな弱気なことを言ってもいいのかしら?」


 ルアの高圧的な態度に対して、霧生きりうは顔をしかめる。


「もし失敗したら……あなたの妹に対する援助は打ち切るわ。可哀そうに……難病を抱えた女の子が、まともに治療もしてもらえず、寒空の下に出されるなんて」

「……くそっ、わかった」

「最初から素直に頷いていれば良かったのよ。私の機嫌を損ねたらどうなるか、わかっているわよね?」

「……ああ」

「それと、お願いがあるのだけれど」

「なんだ」

「あなた、彩弓が殺せないのなら、国王陛下のふりをしてくれないかしら?」

「なんだって? そんな無茶苦茶なこと……できるわけが」

「いいのよ、断ったって」

「……やるよ。やればいいんだろ」

「ふふ。そうこなくっちゃ。あなたが国王陛下のふりをすれば、きっと彩弓はなんでも言うことを聞くわ。団長は国王陛下に忠実な犬だったから」

「それで……俺が国王陛下になって、何をすればいいんだ?」

「国王陛下のふりをして、誘惑してくれればいいわ。そうすれば、騎士団もバラバラになるはずだから。みんな、国王陛下に骨抜きにされた彩弓を今度こそ見限るでしょう」


 ルアはお上品に笑いながら、体育館倉庫を去っていった。


 霧生は、苦いものを噛むような顔をして俯く。


「昔も今も、手を汚すことでしか、生きられないのか……」


 霧生の呟きは、誰の耳にも届かずに消えた。





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