第11話 信じるということ
「今日は
土曜日の朝。
学校から近い駅の改札で、
すると、清楚なワンピースに身を包んだ少女——ルアが、少し照れ臭そうに言葉を返した。
「こちらこそありがとうございます」
「おい、それは私が言うべきセリフだろう。なぜ
休日ということで、グレーのロングTシャツに短パン姿の私——
「妹のように可愛い彩弓に初めて友達ができたんだから、挨拶くらいしなきゃ」
「……いや、昔は私にも友達がいたのだが」
私が言葉を濁すと、今度は爽やかな緑のニットにデニムパンツの美少年、
「少々オヤジくさい子だけど、これから仲良くしてあげてね」
「オヤジくさいは余計だ」
「ふふふ、皆さん仲が良いのですね」
ルアはお上品に笑う——が、
「どうした?
会って早々、和やかな空気に包まれる中、黒い革のジャケットにデニムパンツを着た伊利亜だけが、なぜか怪訝な顔をしてルアのことを睨みつけていた。
相変わらず警戒心の強いやつだな。
私が襲われたこともあり、身近な人間を疑っているのかもしれない。
だがルアがあの大男と繋がっているはずもなく。
私は伊利亜の眉間を指でつついた。
「そんな顔をしていたら、周りにいる人間が逃げてしまうぞ」
すると、伊利亜はますます不機嫌なオーラを放った。
「俺に触るな」
「じゃあ笑え」
私が伊利亜の顔に触ろうとすると、伊利亜は私を押し返すようにして逃げた。
なんだか意地になった私は、伊利亜に一発食らわせる勢いで接近するが、伊利亜はやっぱり力づくで私を押しのけたのだった。
そんな風に駅で騒ぐ私や伊利亜に、健は白い目を向ける。
「伊利亜って、人見知りが激しいよね」
「いくら女の子に慣れてないからって、緊張しすぎじゃない?」
指摘する尚人だが、伊利亜は否定する。
「緊張なんかしていない。それよりどこかに移動するんだろ」
そこでようやく今日の目的を思い出した私は、ルアに訊ねた。
「ああ、そうだった。ルアはどこに行きたいんだ?」
「そうね。まずはショッピングモールかしら」
ルアのその一言で、行き先は決まった。
***
ショッピングモールの雑貨コーナーに来た私たちは、棚にあるぬいぐるみを手に取って眺めていた。
年頃の娘が好きそうな場所だが、私もぬいぐるみは大好きだった。本当は獣が好きなのだが、アレルギーがあって近寄れないのである。
獣に触れたくても触れられないもどかしさをぬいぐるみで晴らしていると——そんな中、ルアは耳の垂れた犬のぬいぐるみを見るなり、ため息を吐く。
「なんて可愛いのかしら」
「ルアは犬が好きなのか?」
何気なく訊ねると、ルアは大きな犬のぬいぐるみを抱きしめながら頷いた。
「犬は従順でいいわ。どうせならたくさんの犬に囲まれたいのだけど」
ルアは尚人や健をちらりと見て微笑む。
対して私は、騎士の格好をした小さな猫のぬいぐるみを見つけて大きく見開いた。
「なんだかこいつ、伊利亜に似てないか?」
私が猫のぬいぐるみを皆に見せると、健が吹き出した。
「ぷっ、ほんとだ。強気な目が伊利亜っぽいかも」
「ほら伊利亜、お前の分身がいるよ」
尚人にまで言われて、伊利亜は不機嫌な顔で腕を組む。
「うるさい。俺はこんなんじゃない」
だが伊利亜の反応はともかく、可愛さのあまり、私は騎士の猫をじっと見つめた。
「可愛いな……」
「彩弓さんはこういうのがお好きなの?」
ルアに訊かれて、私は曖昧に頷く。
「好き……かもしれない。だが、私みたいな人間には似合わないな」
「いいえ。そんなことはないわ。だったら私がこのぬいぐるみをプレゼントするわ」
「いや、いい。小さいくせに、これけっこう高いぞ……それにそこまで必要としているわけじゃない」
私が遠慮すると、ルアは残念そうな顔をする。
「じゃあ、次はお洋服でも見ましょうか」
「ああ」
一緒にいる間、ルアはよく笑っていた。ルアを楽しませるため、健や尚人も頑張ってくれていた。
が、どうしてこんなに疲れるのだろう。ただ女の子と一緒にいるだけだというのに、とても気をつかうし、やけに緊張していた。
まるで上司といるような感じだ。
しかし相手は同じ女子高生なのだ。前世で団長をしていた私が気後れするなど、馬鹿馬鹿しい——。
「そろそろ休憩しないか?」
「あら、彩弓って意外と体力がないのね。いいわ、休憩にしましょう」
「じゃあ、あっちのカフェにでも……」
「ちょっと待って、私は気になる物があるから、少し見てから合流するわ」
「一緒に行こうか?」
「ほんの少しだから、一人でいいわ」
ルアの言葉に、私は素直に頷いた。
すると、
「俺も少し気になることがある」
ルアがその場を離れるのと同時に、伊利亜も追いかけるようにして消えた。
伊利亜はどうしたのだろうか。今日はらしくないというか、私以上にそわそわしているように見えたが……。
「伊利亜のやつ、気になる物じゃなくて、気になることって言ったよね?」
残された私が呆然とする中、健がぽつりと言った。
「そうだね。なんだろうね……ルアを追いかけていったみたいだけど」
尚人もなんだかんだ気になるようで、そんなことを言っていたが、
「まあまあ、私たちはカフェで待ってようじゃないか」
私はとりあえず、ルアに言った通り移動することにした。
***
「遅いね」
健は言ってコーヒーを口に含むと、ため息を吐いた。
ショッピングモールの中にある、
ルアと伊利亜はなかなかやってこなかった。
「もう三十分以上経つけど、何してるんだろ? ルアも伊利亜も」
疲れたように言う尚人に、私は慌ててフォローする。
「この場所がわからないのかもしれない。だったら私が迎えに——」
と、その時。
椅子から立ち上がった瞬間、ルアがやってきた。かと思えば、ルアは私の顔を見るなり、ぽろぽろと涙をこぼす。
「どうしたんだ、ルア?」
「伊利亜くんが……」
ルアは手で顔を覆いながら、伊利亜の名を呼んだ。
そのただごとではない様子に、尚人が怪訝な顔をする。
「伊利亜がどうしたの?」
「突然、私に暴言を吐きつけてきて……」
その衝撃の言葉に、私は驚いて仰反る。
「ええ!?」
そしてちょうどその時、伊利亜もやってきたので、私たちは一斉に伊利亜の顔を見た。
伊利亜はまるで何も知らないように、目を丸くしていた。
「なんだ? どうしたんだ?」
「なんだ、じゃないよ。女の子泣かせておいて、何も知らない顔で帰ってくるんだから」
健の指摘に、伊利亜は眉間を寄せる。
「……泣かせた? なんのことだ?」
「ルアが、伊利亜に暴言を吐かれたって言ってるんだよ」
尚人が説明すると、伊利亜は大きく見開く。
「はあ? 俺は何も言っていない」
「じゃあどうしてルアちゃんはこんなに泣いてるのさ」
健が追求すると、伊利亜はふんと顔を背ける。
「知るかよ」
「騎士道に反することはしないって言ってなかったっけ? それとも今は騎士じゃないからいいの?」
尚人がさらに詰め寄ると、伊利亜は嫌悪感を醸しながら呟く。
「なんだよ、変な言いがかりつけやがって」
伊利亜が睨みつけると、ルアは尚人の後ろに隠れた。
「さっきからずっと黙ってるけど、彩弓はこの状況、どう思う?」
健に訊ねられて、私は考え込むもの答えが出るはずもなく。
とりあえず、ルアに事情を聞いてみることにした。
「……そうだな。ルア、悪いが状況を詳しく話してくれないか?」
「彩弓は私のことを疑っているの?」
「そんなことはない。ただ、伊利亜が嘘をついているとも思えないんだ。だから、言葉の行き違いがあったんじゃないか? 伊利亜が何か誤解されるようなことを言ったのかもしれない」
私は二人とも嘘をついていないと思っている、そう伝えると、ルアはいっそう大きな声で泣いた。
すると店の客たちがざわざわし始めたので、私は慌ててルアを連れて店を出た。
「彩弓は私のことを信じてくれないの?」
ショッピングモール内を移動する中、人の少ない通路に差し掛かったところで、ルアは言った。その顔は泣くのを我慢しているようだった。
「信じないとは言っていない。私は二人とも信じているだけだ」
「そんなの、優柔不断だわ」
「だが私は、二人のことを信じたいんだ。もう一度聞くが、ルアは伊利亜に何を言われたんだ?」
訊ねても、ルアは答えなかった。
その日は結局、ルアが落ち込んでしまったことでお開きになり、私は健と伊利亜に送ってもらった。
ただ、弱っている女の子を放っておくことはできず、私は尚人にルアを送るように頼んだ。
すると、ルアはたちまちご機嫌になって、尚人を連れて楽しそうに帰っていった。
「すっかり尚人が気に入られたみたいだね」
帰り道の住宅街。明るい陽に包まれる中、健がやれやれといった感じで告げる。
「ああ。ルアはわかりやすいな」
「伊利亜は伊利亜で、途中で帰っちゃうし……あいつ、彩弓が狙われてるってわかってるのかな?」
「まあ、こういう日もあるだろう」
「けど、こうやって二人で帰るのって初めてだよね」
「そうだな。健の家はうちから近いのか?」
「ああ、騎士団の中で、一番近いんじゃないかな?」
「そうか。何かあれば、すぐに駆け付けるからな」
「ぷっ、それは僕のセリフだよ。団長は団長らしくていいよね」
「私はそんなに団長らしいか?」
「そうだな……彩弓は団長って思っておかないと、お互いに困ることになるから」
「お互いに何が困るんだ?」
「ストレートだよね。そんなところも……」
「なんだ?」
「なんでもない——ねぇ、彩弓。手つないでもいいかな?」
「お前、酒もないのに酔っているのか?」
「アハハ、そんなわけないよ。手をつなぐなら、チャンスは今しかないと思っただけだよ」
「なんのチャンスかは知らんが、手くらい貸してやろう」
私がぎゅっと手をつなぐと、健は照れたように笑った。
「思ってた以上に恥ずかしいな。尚人や甚十さんみたいにさらっと触れられたら良かったんだけどね。僕はこういうことが上手くないから」
「何を張り合っているかは知らんが、たまにはこうやって手をつなぐのもいいものだな」
「本当にそう思う?」
「ああ。健の手は温かい」
「彩弓の手も温かいよ」
顔を見合わせて、へへへと笑っているうちに、私たちはマンションの前に到着していた。
「じゃあね、彩弓。今日のことは僕たちの秘密ということで」
「別に言ったところで誰も何も思わないと思うが……健が気にするなら、そうしよう」
私がそう言うと、健は本当に嬉しそうに笑って背中を向けた。
私は健の背中に手を振る——が、見えなくなったところで、電柱のほうに向かって大声で叫ぶ。
「出てこい、伊利亜。そこにいるんだろ?」
「……」
私が叫ぶと、伊利亜はしぶしぶといった感じで私の前に現れた。
「ついてくるなら、どうして一緒に帰らなかったんだ?」
「みんなの団長とか言う割に、健先輩といい雰囲気だったな」
「ああ、見てたのか。なんだか照れるな」
「おっさんのくせに、何を照れてるんだよ。無邪気に笑いやがって……」
「いや~、前世では異性と手をつないだことすらなかったからな。なんだか嬉しいな」
「初々しい感じが、なんかムカつく」
伊利亜は苛立ったように私の元に来ると、
「じゃあこれも初めてか?」
さらりと私に口づけた。
「お……お前……何を……」
一瞬の出来事だった。
始めての接吻で気が動転していると、伊利亜は嫌な顔で笑いながら去っていった。
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