第10話 悲劇との向き合い方





「今日は私のために集まってくれてありがとう。お前たちのことを忘れている間、迷惑をかけたな」


 ハンバーガッショップに騎士たちを集めた私——彩弓あみは、六人が座って見守る中、一人だけ立ち上がって、そう告げた。


 すると、一番年上の精悍せいかんな青年——エジンこと江地甚十えじ じんとが熱い視線を私に送ってくる。


「俺は彩弓あみちゃんのためならいつでも飛んでくるよ」


 その言葉で、一瞬だけ険悪な空気に包まれるもの、すぐに赤毛の少年——ジミールこと神明寺健じんみょうじ たけるが話題を変えた。


彩弓あみはここ数日のことを覚えているの?」

「ああ、覚えているとも。騎士団のことを忘れていた間の記憶をな」


 すると、茶髪に意志の強そうな目をした少年——テナこと手塚尚人てづか なおとがやれやれといった感じで告げる。


「彩弓も思い出したり忘れたり忙しいね」


 みんなそれぞれ思うことはありそうだが、余計なことは言わなかった。


 そして私はある決心をして話を進める。


「それはともかく、今日は皆に尋ねたいことがあるんだ」

「なになに? スリーサイズでもなんでも聞いてよ」

「なんで私が甚十じんとさんのスリーサイズを聞かないといけないんだ。そうじゃない……お前たち、私に何か隠していることがあるだろう?」


 私がそう告げた瞬間、全員の顔が曇るのがわかった。


 予想通りと言えば、予想通りだ。


 おかしいと思った。


 あの日、ハンバーガーショップで見た彼らが笑っていなかったことを思い出す。


 そもそも騎士団で集まるなら、私を呼ぶはずだろう。


 それをしなかったということは、私に聞かれてはマズイ話をしていたということだ。


 どうしてそのことに気づかなかったのだろう。


 自分だけ仲間に入れてもらえなかったと勘違いしていじけるなんて、私らしくもない。


 私が自己嫌悪していると、優しい平和主義者のホムルこと細倉輝ほそくら ひかる先輩が、私の顔色を伺うようにこちらを見る。


「団長はどうしてそう思ったの?」

「先週、お前たちがこのハンバーガーショップに集まってる姿を見かけたんだ。あまり楽しい雰囲気でもなさそうだったが」

「俺たちは彩弓あみの記憶について話していたんだよ」 


 さらっと言う尚人なおとに、たけるが鋭い目を向ける。


尚人なおと!」


 すると、ワカメ頭——ウエーブがかった髪のグクリアこと大黒伊利亜おおぐろ いりあが仕方なさそうに息を吐いた。


「いつまでも黙っているわけにもいかないだろ」

「私の記憶? どういうことだ?」

「ここからは僕が話そう。団長が聞きたいというのなら」


 切れ上がった目の副団長、ナムストレイこと南沢礼みなみさわ れい先輩はすでに覚悟を決めたようだった。


 そんな風に言ってもらえるなら、私も遠慮はいらないだろう。


「ああ、聞きたいに決まっているだろ。もったいぶらないで話してくれ」


 れい先輩はひとつ咳払いをして、つらつらと話しはじめた。


「前世の……あの頃、王騎士の俺たち七人には……あなたという親のような存在があった。そして団長には妹がいて、彼女は婚約していた」

「ああ、それは覚えている。可愛い妹が騎士の一人と婚約していた……婚約していた相手が誰かは覚えていないが。それで、妹は結婚して幸せになったんじゃないのか?」


 私が訊ねると、れい先輩は静かにかぶりを振った。


「団長の妹は、結婚を目前にして殺されたんだ」

「なん……だって!?」


 今でも鮮明に思い出せる、私とは似ても似つかない可愛い妹の笑顔。


 誰かに恨まれるような人間ではなかったはずなのに。私が一緒にいながら暗殺されるとはどういうことだろう。


 私は怒りに震える自分をなだめながら、声をしぼりだした。


「その……犯人は捕まったのか?」


 傍目にも怒っていることがわかるであろう私に、礼先輩は静かに告げる。

 

「ああ。俺たちで捕まえた。首謀者の名前も聞きだしたが……処罰することはできなかったんだ」

「どういうことだ? ……まさか王族が関わっているとでも?」

「その通りだよ。第二王女が指示したことだったんだ。だが決定的な証拠がなかったから……逆に僕たちが謀反を疑われて……それを団長は……」


 何度も言葉を詰まらせる礼先輩を、私はただじっと見つめていた。


「団長は……自ら騎士団の罪をかぶって処刑されたんだ」

「私が処刑……だと?」


 私が目を瞬かせていると、礼先輩は小さく頷いた。


「もともと第二王女は騎士団を私物化していたから、気に食わなかったんだよ。テナ——尚人にしつこく言い寄っていたのをよく見たよ。尚人はのらりくらりとかわしていたけど」


 その礼先輩の言葉に、尚人は嫌そうな顔をする。


「ああ、とてもしつこかったよ。僕も伊利亜みたいな荒くれ者だったら、目をつけられずに済んだんだけどね。王女様だから、邪険にするわけにもいかないし」

「誰が荒くれ者だ。俺は騎士道に反することなどしない」


 伊利亜が心外だとばかりに言うのを見て、健が口を挟む。


「けど、あの頃の伊利亜は、女子供に対しても威圧感がすごかったから——王女様もグクリアにだけは近寄らなかったよね」


 どうやら当たっているようで、伊利亜が言葉を詰まらせる中、全てを理解した私は、ゆっくりと椅子に座った。


「……そうか……そうだったのか」


 俯いてそう繰り返す私に、健は訊ねる。


「彩弓は僕たちの言葉を信じてくれる?」

「お前たちがこんなひどい冗談を言うはずがないからな……遠い過去のことを今更……」


 気づくと、私の頬を一筋の涙が伝って落ちた。


「団長たるもの、過去の話を聞いたくらいでこんな……泣くなんて……」 

「いいんだよ、彩弓ちゃん。泣いたって」


 私は近くにあった甚十さんの胸を借りて、声を殺して泣いた。


 周りの客に変な目で見られないよう、健たちにさりげなく隠されながら。


 いまだ脳裏に焼き付いている妹の笑顔がちらついて、どうしようもなく胸が痛かった。


 遠い過去のはずなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろう。


 まるで今もなお騎士団が健在で、私があの王国にいるような気持ちだった。


 だが第二王女に最愛の妹が暗殺されるなんて——どうしてそんなことに。


 私は胸に沸々と怒りが湧くのを感じながらも、なんとか堪えた。


「ありがとう、もう大丈夫だ」


 私が甚十じんとさんの広い胸を押し返すと、甚十さんは名残り惜しそうな顔で見下ろしていた。


「……すまない。ちょっと顔を洗ってくる」 

 





 ***





 彩弓が顔を洗うために席を立った後、元騎士たちはため息ばかり落としていた。


 だが、しばらくしてひかるが沈黙を破る。


「予想してた通り……彩弓ちゃん、ショックを受けてたね」

「あのあと、俺たち全員が騎士を辞めたことを知れば、もっと傷つくだろうな」


 礼の言葉で、いっそう場は暗くなるが——そんな中、尚人が淡々と告げる。


「それはもう、言わなくてもいいことだと思うよ。彩弓を怒らせるだけだから」

「そうだね。主君を捨てるなんて、言語道断! って言われそう」

 

 健が笑って言うと、尚人はさらに告げる。


「それでも主君よりも団長を選んだこと、俺は後悔していないけどね。王様だって理解してくれたし」


 〝王様〟という言葉が出た途端、騎士たちの顔が複雑なものになる。 


「国王陛下と団長はとても仲が良かったからな……仮にだけど、陛下が生まれ変わって俺たちの前に現れたら、勝てる気がしないな。団長を簡単に連れていってしまいそうだ」


 自嘲気味なひかるの言葉に、たけるかぶりを振る。


「冗談はやめてよ。陛下なんて現れたら……誰も敵うわけないじゃないか」

「いつになく弱気だな。前世の記憶を持っているのが、俺たちだけとは限らないだろ」


 伊利亜の話は最もだったが、健は苦い顔をする。


「……そうだね。その可能性は否定しないよ」

「でも……どうして俺たちは前世の記憶なんか取り戻したんだろうね」


 尚人が口にした言葉は、誰もが思っていることだった。


 甚十は考えるそぶりを見せる。


「前世の記憶を取り戻した意味か……」

「まあ、考えたって仕方ないよ。僕たちは彩弓を守ることだけを考えなきゃ。騎士団五人でも苦戦するような相手を……次こそは捕まえないと」


 健が言うと、騎士たちはそれぞれ頷いて見せた。


 そんな中、レストルームで顔を洗って帰ってきた彩弓が皆に声をかける。


「待たせたな」

「もう大丈夫なのか?」


 その優しい伊利亜の言葉に彩弓が目を瞬かせていると、健がツッコミを入れる。


「うわ、珍しい。伊利亜が心配してる」

「うるさい」

「そういえば……今日はウンギリー、霧生きりう先輩の姿が見えないが」


 彩弓が七人いないことを今更ながら確認しているを見て、健が呆れたように告げる。


「今頃気づいたの? 霧生きりう先輩なら、今日は用事があるから来られないって」

「それは残念だな。霧生きりう先輩……か」

 

 彩弓は一瞬、考えるそぶりを見せるが、すぐに考えるのをやめた。






***






 ——翌日。


 お昼休みの教室は、賑やかだった。


 私——彩弓あみは姉さんが作ってくれたオムライス弁当を口に運びながら、昨日のことについて考える。


 妹が暗殺され、さらに謀反の嫌疑がかかった騎士たちをかばって私が処刑されたというが——今もさっぱり思い出せなかった。


 もしかしたら、あまりの悲しさに自ら記憶を封じてしまったのだろうか?


 などと考える中、一人の少女が私のところにやってくる。


「あら、彩弓さん。やっと捕まったわ」

「ああ、君は……松澤まつざわルアくん……いや、ルアさんか」


 団長の記憶を忘れている間に接触してきた人間のことも、私はかろうじて覚えていた。

  

 綺麗に揃ったボブヘアーの少女は、おっとりと優雅な仕草をしていて、誰かを彷彿させたが、それが誰なのかはわからなかった。


「同じ学年だし、ルアでいいわ。だから私も彩弓と呼んでいいかしら?」

「ああ構わない。それで、私に何か用か?」

「この間、お礼がしたいって言ったでしょう? けど、私には友達がいないから、何を選んでいいのかわからなくて」

「礼などいらない。君を助けたことは些末さまつなことだ」


 すべてを思い出したことで、ルアを助けた記憶もあった。


 街中を歩いていた時、何人かの男がルアを囲んでいたので、手を引いて逃げた——という話だった。


「でも、私はお礼をしないと気が済まないの。だから今度のお休みの日、お礼の品物を彩弓さんが選んでくれないかしら?」

「……は?」

「ね、いいでしょう? 私同じ年ごろのお友達と買い物に行ったことなんてないから、彩弓が一緒に行ってくれると嬉しいわ」


 私はルアの目的がお礼ではないことに気づく。


 ……なるほど、この娘は私と遊びたいのだな?


 本当は断るつもりだったが、私は仕方なく頷いた。


「わかった。今度の休みの日だな」

「うれしいわ。彩弓と一緒にお出かけできるなんて」


 ……本当はこの時期、あまり外に出たくはないんだがな。


 不審者に狙われていることを思うと、外出は控えたいところだが、ルアの嬉しそうな顔を見ていると、断ることができなかった。






 ***






「……というわけで、今週の土曜日はルアという娘と出かけることになったんだ」


 放課後の音楽室。


 健と尚人と伊利亜が集う中、私がそう告げると——健が大袈裟に仰反のけぞる。


「だ、団長が……女の子とデート!?」

「友達と遊ぶだけだろ」


 伊利亜が呆れた顔で言うと、尚人が淡々と告げる。


「けど、二人だけにするわけにはいかないよね」

「そうだね。またいつ、あいつらが現れるとも限らないし……悪いけど彩弓、僕たちもついていっていいかな?」


 健の提案に、私はしばし考える。


「私はかまわないが……ルアがなんというか」

「尚人がいて喜ばない女子はいないと思うけど」

「そうなのか?」

「伊利亜と同じくらいモテるからね、こいつも」

「だったら、ルアに明日聞いてみよう」


 そして後日、ルアに尚人や健の話をしたところ、彼らの同行をあっさり承知したどころか、目を輝かせて喜んだのだった。


 彼らが言っていた通りの結果に、私は唖然とした。


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