第8話 私を大事に思ってくれる人たち



 放課後、私——彩弓あみは音楽室の前にいた。


 たけるさんという赤毛の綺麗な人に呼び出されたからだ。


 本当は、あまり面識のない人と話すのは苦手だった。けど、たけるさんたちとはなんとなく話しやすくて、お誘いを素直に受け入れた。


 そういえば、たけるさんに「何度も会ったことがある」って言われたけど……なら、どうして私は覚えてないんだろう。


 今度こそ、その疑問に答えてもらうつもりで来たのだった。


「こんにちは」


 恐る恐る音楽室のドアをスライドすると、茶髪の美少年——尚人なおとさんが爽やかな笑顔で迎えてくれた。


「良かった、来てくれたんだ」


 優しい雰囲気に出迎えられて、私は音楽室の中へと足を進める。


 音楽室には、たけるさんや伊利亜いりあさん、尚人なおとさんの他に、さらに二人の美形が立っていた。


 綺麗な男の子ばかりで、私が萎縮いしゅくしていると——そのうち知らない男の子が声をかけてくる。


「初めましてって言ったほうがいいのかな? 僕は細倉輝ほそくら ひかる。三年だよ。で、そっちが同じ三年の南沢礼みなみさわ れい

「は、初めまして……」


 私が上目遣いに挨拶すると、切れ上がった目をした南沢みなみさわ先輩が驚いた顔をしていた。


「本当にあの時の団長とは別人のようだな」

 

 ……また団長? 今度こそ、団長の意味を教えてもらえるのかな?


 増えていく疑問の答えを求めるようにたけるさんの目を見ると、たけるさんはやれやれといった感じで咳払いをした。


「何から話そうかな……ていうか、彩弓は何が聞きたい?」

「あの……私の団長という名前はどこから来てるんですか?」


 聞きたいことは山ほどあったけど、とりあえず一番の疑問をぶつけてみた。


 すると、たけるさんは複雑そうな顔で笑いながら告げる。


「〝団長〟の意味ね……教えてもいいけど、驚かないで聞いてくれる?」


 かしこまって言うたけるさんに対して、私は素直に頷いた。


「遠い昔、とある国の話なんだけど」


 話の序盤で、私は首を傾げる。


 ——なんでおとぎ話みたいな始まり?


 私は怪訝な顔をしながらも、話の邪魔をしないように、その言葉は飲み込んだ。


「僕たちは王族を守る騎士をしていて、君はその……」

「お姫様だったとか?」


 咄嗟に思ったことをポロリと言ってしまった私に、健さんはおかしそうに笑った。


「違うよ、君は騎士団の団長をしていたんだよ」

「……え?」

「無敗の鬼と呼ばれていた最強の男にして、泣く子も黙るくらいの……それはもう恐ろしい存在だったんだ」


 健さんの説明に私が若干ひいていると、尚人なおとさんが口を挟む。


「ダメだよ、健。彩弓あみがドン引きしてるから、からかうのはそれくらいにして」

「とにかく、君は僕たちを束ねる団長だったんだよ」


 尚人さんに指摘され、言い直した健さんだったけど、私はまだ納得できなかった。


「……それで、本当はなんで私が〝団長〟と呼ばれているんですか?」

「だから騎士団の団長だったから……」


 同じ言葉を繰り返す健さんに、私はなんだかムッとして怒り気味に訊ねる。


「冗談はもう十分ですから、本当のことを教えてください」


 すると、南沢みなみさわ先輩がお手上げといった感じで肩を竦めてみせた。


「ダメだな、これは。信じてもらえそうにないようだ」 

「信じるも何も、そんな馬鹿げた話、信じられるわけないじゃないですか」


 私がやや声を荒げると、今度は尚人なおとさんが告げる。


「そうだね。いきなりこんな話をされても、彩弓あみも困るよね。けど、僕たちは団長に会えて、本当にうれしかったんだよ。昔、ひどい別れ方をしたから。今度こそ、僕らで彩弓あみのことを幸せにしたいんだ」

「あなたたちの言っていることはよくわかりません。私をからかうのはやめてください……本当のことを教えられないというのなら、もう結構です」

「彩弓!」


 身を翻した私を、健くんが呼び止める。


 けど、騎士団の団長だとか意味不明なことを言われても納得できない私は、そのまま音楽室を飛び出した。


 私の知らない人たちが、私のことを知っているというのは、とても気味が悪くて——それにどこかギラギラした雰囲気が私には耐えられなかった。


 優しい人たちに見えるけど、まるで肉食獣の巣に飛び込んでしまったような、そんな感じだった。


 私みたいな普通の人間が、あんな人たちをまとめる団長だなんて、信じられるはずもなく。


 これからは放課後の音楽室には近寄らないようにしようと、そう心に決めたのだった。






 ***






 彩弓あみが逃げるように音楽室を出た後、残された者たちの間には沈黙が続いた。


 簡単には受け入れられないだろうと予想はしていたが、拒絶されるとは思わず。


 騎士たちは動揺していた。


 そんな風に音楽室が重い空気で満ちる中、尚人なおとが最初に口を開く。


彩弓あみ、信じてくれなかったね」

「まあ、普通の反応だと思うけど……団長に拒絶されるのはキツイな」


 そう言って俯いたひかるは、優しいだけに彩弓よりも傷ついた顔をしていた。


 すると、重い空気を破るように伊利亜いりあが告げる。


「おっさんが俺たちを忘れたくらい、大したことじゃないだろ。それよりあいつの前に現れた不審者のことが気になる」

「ああ……昨日、伊利亜いりあが逃がした不審者ね」

「なんだと?」


 痛いところを突くたけるを、伊利亜いりあが今にも噛みつかんばかりに睨みつけると、尚人が間に割って入る。


「健、たぶんここで一番へこんでるのは伊利亜だから、あまり責めないであげて」

「なんで俺がへこまないといけないんだよ」 

彩弓あみがいる間、ずっと怖い顔してたのは誰だよ」


 尚人の言葉に、何か言おうとする伊利亜だったが——伊利亜が反論する前に、れいが口を挟む。


「そんなことより、不審者のことが気になるっていうのは、どういうことだ?」


 副団長というだけあって、威厳のあるれいの雰囲気にのまれた伊利亜いりあは、やや不満そうな顔をしながらも説明した。


「団長の攻撃が一度も当たらなかったというわりに、俺が相手をした時は隙が多かったぞ。確かに素人ではなかったが、団長でもじゅうぶん戦えそうな相手だった」


 好戦的だが、戦う時は冷静な伊利亜いりあの言葉に、礼は考え込む。


「……てことは、まさか相手は複数いるってことか?」

「複数って…団長があんな奴らに狙われる理由ってなんだ?」


 ひかるが不安そうな目で皆を見る中、


「ちょっと調べてみないとね。彩弓の周りにいる人間を」


 尚人なおとの目が、鈍い光を帯びた。






 ***






 隣のクラスの松澤まつざわさんに「助けられたからお礼がしたい」と言われて以来、彼女は毎日のように私——彩弓あみのところにやってきた。


 私がお礼を受け取らないと言っても、全く聞き入れてもらえないので逃げ回っているのだけど——教室にいると、また松澤まつざわさんが来る気がして、私は学校の中庭でひとりお弁当を食べていた。


「ここなら、誰も来ないよね」


 と言ったそばから新しいお客さんが現れる。


「だんちょ……彩弓あみちゃん、ちょっといいかな?」


 細倉輝ほそくら ひかる先輩だった。


 けど、見つかった以上、ここで逃げるのもどうかと思うし、私は仕方なく話を聞くことにした。


「私に何かごようですか?」

「登下校のことだけど、良かったら僕らが一緒してもいいかな? また不審者が出ると危ないからさ」


 と言われても、友達でもない人たちと一緒に帰るのは苦痛なわけで。


「不審者がそんなしょっちゅう出るとは思いませんが」


 私がさりげなく拒否すると、細倉ほそくら先輩は困った顔をして笑った。


「僕らが彩弓ちゃんのことを心配しているのはわかるよね?」

「……はあ」

「そうだ! だったら、こう考えるのはどうかな? 僕らは同じ方角に向かって歩いている他人だって。たまたま帰り道が一緒だと思えばいいよ」

「どうしてそこまで……してくれるんですか?」

「もう何度も言ってるけど、僕らは彩弓ちゃんのことが心配なんだよ。僕らの大事な人だから」


 大事な人、という言葉に少しだけドキッとした。


 知らない人が私のことを大事に思ってくれるというのも変な感じだけど。


「僕らは——僕はね。君を過去に守り切れなくて、それはそれは苦しい思いをしたんだよ。だから今度こそ守らせてほしいんだ」


 細倉先輩の言葉には嘘がないように見えた。


 その切なげな顔を見ていると、こっちまで胸が痛くなる。


 ……本当に……信じていいのかな?


「……でも、さっきは騎士団の団長とか、おかしなことを言うから——正直、私は先輩たちを信じていいのかわからないんです」

「じゃあ、信じなくていいから……そばにいることだけでも許してくれないかな? これ以上、彩弓あみちゃんに何かあれば、きっと皆耐えられないと思うから」


 私は顔の傷にふれながら考える。


 不審者に襲われた時は本当に怖かった。


 でも伊利亜さんが駆けつけてくれた時は、どれだけ安心したことだろう。


 だから私は彼らの存在を本当にありがたいと思うけど、〝団長〟の話をはぐらかされたことに関しては、まだモヤモヤしていた。


「考えてみれば、人の呼び方なんて大したことじゃないですよね。誰がなんと呼ぼうと勝手だし……私が気にしすぎていただけかも」

「彩弓ちゃん」

「登下校、よろしくお願いします」


 私が頭をさげると、細倉先輩は晴れやかに笑った。






 ***






「じゃあ今日は、とりあえず僕と礼で一緒に帰ってくれるかな」

「はい。大切なお時間を私に使っていただいてありがとうございます」


 放課後の校門前。


 細倉ほそくら先輩が南沢みなみさわ先輩と一緒に送ってくれるというので、ありがたくお願いすることにした。


 またあんなことがあったら、怖いのは確かだもんね。


 本当はちょっと引っかかることもあったけど、細倉先輩の熱意に負けて、任せることにしたのである。


 そしてそんな風に私が笑顔でお願いすると、南沢先輩が目を丸くしていた。


ひかる、いったいどんな魔法を使ったんだ? 今日は物陰から見守ることを覚悟していたんだが」

「彩弓ちゃんが選んだことだよ。僕は何もしていない」

「違いますよ。細倉先輩の真摯な姿勢に、心動かされたんです。だから責任とって登下校一緒にいてくださいね」


 そう言うと、細倉先輩はちょっとだけ目を泳がせた。


「団長じゃない彩弓ちゃんは、調子が狂うな」

「どちらも素直な性格にかわりないだろ」


 南沢先輩がふっと笑いながら言うと、細倉先輩も優しい顔で笑う。


「団長は本当に嘘をつかない人だったからな……嘘をつかないというより、嘘がつけない人だった」


 私の話をしているらしいけど、それが私の話とは思えなくて——でも気になった私は聞いてみることにした。


「あの架空の騎士団長さんの話ですか?」


 すると、細倉先輩が頭を掻きながらちょっと複雑そうな顔をする。


「架空と言われるとなんだか切ないが、まあそう思ってくれていい」

「その団長さんは、どんな人だったんですか?」


 訊ねると、今度は南沢先輩が懐かしそうに話した。


「とても優しくて強い人だったよ。上流貴族とは思えない……まるで太陽のような人だった。俺たちは出自もさまざまで、ろくな死に方ができないような仕事をしていたが——そんな俺たちを救ってくれたのが団長だったんだ」


 南沢先輩はそこまで言って、言葉を詰まらせた。


「礼、団長はしめっぽいのが嫌いだから、その辺にしたほうがいいぞ。もし彩弓ちゃんがあとで思い出したら、殴られるよ」

「私が殴るんですか?」


 私が驚いていると、細倉先輩が楽しそうに笑う。


「ああ、団長とグクリア——伊利亜は、口より先に手が動くからな」

「そうなんですか?」


 カップケーキを渡した時の伊利亜さんはとても落ち着いているように見えたけど。人は見かけによらないものである。


 そんな風に〝団長〟の話に華をさかせる中——。


 その時は突然訪れた。


「やっぱりまた来たか!」


 住宅街で大男に襲撃され、回避が間に合わなかった南沢先輩は、殴られてそのまま吹っ飛んでしまう。


「ひ……」


 私が思わず息をのむ中、細倉先輩は苦々しく呟く。


「伊利亜が言っていた通りだったな」


 私たちの前には、黒づくめの大男が二人いた。






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