第6話 忘れる幸せ


 ハンバーガーショップに集まった〝虹の騎士団〟は、食事も落ち着いたところで、ジミールこと神明健じんみょう たけるが口を開く。


「みんなに聞いてほしいことがあるんだ」


 六人の視線が集中する中、たけるはかしこまって告げる。


「実は団長、自分のことを覚えていないんだよ」

「……みたいだな」

 

 猫顔のウンギリーこと夕凪霧生ゆうなぎ きりうがため息を吐くのを見て、たけるは驚いた顔をする。


「団長、霧生きりう先輩のところにも行ったの?」

「そうだ。うっかりあのことを喋りそうになって逃げたがな」

「そっか。でもどうしようね。ずっと言わないわけにもいかないし」


 たけるが困惑気味に言うと、テナこと手塚尚人てづか なおとも頷く。


「知らない方が幸せなこともあるしね」


 場が静まり返る中、優しい顔をしたホムルこと細蔵輝ほそくら ひかるが苦々しく口を開く。


「まさか自分の妹が結婚式目前で暗殺されて——さらに団長も処刑されるなんて……思わないよな」

「こら、公共の場で胸糞悪い話をするんじゃない」


 ひかるの発言に、綺麗な顔を歪ませるエジンこと江地甚十えじ じんとだったが——殺気がだだもれだった。

 

 そんな風に苛立ちを隠そうともしない甚十じんとを、たけるが注意する。


甚十じんとさんこそ、殺気立つのやめてよ。こっちまで影響されるじゃん」

「思い出しただけでも腹が立つな」


 言って、ナムストレイこと南沢礼みなみさわ れいは、切れ長の目を閉じる。


 すると、尚人なおとも悲しげに告げる。


「僕は、団長たちが殺されたことも辛いけど……それを知った彩弓あみの悲しむ顔が見たくない」

「同感」


 尚人なおとの言葉に頷くたけるだったが、他のメンバーも同じだった。


「たくさん守ってもらった分、今は守れる存在になりたいな」


 ひかるの言葉が、皆の胸に染み渡る。


 彩弓あみが前世でどれだけ騎士たちを支えてきたか——本人こそ自覚はないもの、皆の救いといって他ならなかった。


 だからこそ今世では彩弓あみを守りたかった。


「本人はまだ団長の頃のクセが抜けないけどね」


 不穏な話から一変して、昔を思い出して笑うたけるに、伊利亜いりあは複雑なため息を落とした。


「あいつ、無茶ばっかりするからな。いっそ前世の記憶なんてないほうが幸せなんじゃないか?」

「ちょっと伊利亜いりあ、悲しいこと言わないでよ」

たける先輩は、団長の悲しむ顔を見るほうが嫌なんじゃなかったのか?」

「過去のことを思い出してイライラするのは構わないけど、それを他人にあたるのは間違いだよ、伊利亜」


 健に噛み付いた伊利亜いりあを、たしなめたのは尚人なおとだった。


 そんな中、相変わらず空気を読まない甚十じんとが口を挟む。


「過去のことを話して、弱った団長につけこむのはアリ?」


 その言葉に、場は一気に殺気立つ。


 見た目が可愛い団長なだけに、皆心配することは多かった。


「百パーナシだよ。言ったでしょ? 団長は皆の団長だって」


 たけるが言うと、甚十じんとは笑い飛ばすように告げる。


「それはたけるの都合だろ?」

「なんだよ、公平だろ」

「二人ともやめろよ。団長には俺から話すから、これ以上喧嘩するんじゃない」


 一触即発の雰囲気に副団長のれいが割って入る。


 切れ長の目が印象的なれいは、昔から誰かが喧嘩をする度に調停者の役割を担っていた。


「そうだな。副団長なら、冷静に伝えられるだろうしな」


 優しい面立ちで、平和主義者のひかるも、れいならと思うが——約一名、不服そうな顔をする人間がいた。


「本当に、それでいいのか……?」


 伊利亜いりあが呟くのを見て、健はため息を吐く。


「なに? まだ文句あるの?」

「なんだか嫌な予感がするんだ」


 伊利亜いりあの穏やかではない発言に、尚人なおとは考えるそぶりを見せる。


伊利亜いりあは昔からそういう勘だけは良かったから、気になるね」

「とりあえずこの件は、れい先輩に任せるとして、僕らは彩弓あみのサポートをしないとね」


 健がまとめると、ひかるはため息を吐く。


「団長がまさかあんな女の子だとは思わなかったけどね」


 破天荒なのは今もだけど——とひかるが付け加えると、たけるもくすりと笑う。


「中身はまんま団長だよね」


 ドッと笑いが起きる中、ふいにれいが「聞いてくれ」と真面目な声を放った。


 すると、空気が一変して、周囲が静かになる。


「今度はなに?」

「昨日、彩弓あみが不審者に襲われた話はしたよな?」


 健が訊ねると、れいは先日の不穏な事件について口にする。刃物を持った大男が、彩弓あみを狙った話だ。


「夜道はあぶないよね」


 最後まで聞く前に尚人なおとが口を挟む傍ら、れいは話を続ける。


「それはそうだが——どうやら相手は素人じゃなかったようだ」

「それはどういうこと?」


 場の温度がいっきに下がる中、たけるが訊ねる。


 副団長のれいは困惑気味に説明した。


「団長の体術は完璧だったが、相手に一度も攻撃が当たらなかったんだよ」

「それは……気になるね」

 

 たけるが考えるそぶりを見せると、れいも切れ長の目を閉じて頷く。


「団長も気づいているはずだ」

「だったら、これからしばらく団長を交代で送ってあげないと」


 尚人なおとの提案に、皆が同意する中、一人だけ不満そうな顔をする人間がいた。


「お前たちはいいなぁ。団長と毎日一緒に帰るのか……それとも俺が車で送り迎えしようか?」


 大学生の甚十じんとは皆と学校が違うため、車での送迎を提案したわけだが——そんな甚十じんとたけるがうろんげな目で見据える。


「ダメだよ、甚十じんとさんのほうがよっぽど危ないから、彩弓あみは預けられない」

「昔はあんな堅物だったのに、人って変わるんだね」


 尚人なおとがしみじみ言うと、伊利亜いりあがふっと息を吐くように笑う。


「変わってないのは団長だけだろ?」

「そういう伊利亜いりあも変わってないだろ——とにかく、明日は団長に登下校のこと相談しないとね。団長なら喜んで一緒に帰ると思うけど」

「……どうだろうな」


 たけるの言葉に皆が賛同する中、伊利亜いりあだけが意味深な言葉を落とした。






***






 月曜日の放課後。


 先日、ハンバーガーショップに騎士団の連中が集まっているのを見てしまった私——彩弓あみは、なんだか複雑な気持ちで学校の渡り廊下を歩いていた。


「なんだか今日は気が重いな……」


 ……あまり考え込むのは好きじゃないのだがな。どうしたものかな。

 

 それでも私は、重い足を引きずって音楽室に向かう。


 ——が、音楽室の前まで来たところで足を止めた。


 たけるたちの笑い声を聞くと、中に入ることができなかった。


 ……本当に私は友達なのか? 前世で団長だったから、仕方なく付き合ってくれているだけじゃないのか?


 考えれば考えるほど、体が動かなくなってしまい、私はとうとう音楽室から離れてしまう。


 ——どうしてしまったんだ、私は。


 過去のことを自分だけ知らないという事実が重くのしかかる。


 皆が知っていて、自分だけが知らないのは不公平だと思った。 


 仲間外れにされているわけでもないのに、いつの間にか疎外感が膨れ上がっていた。

 

 ——こんなに悲しいなら、団長の記憶なんて思いださなければよかったのに。


 私だけあの場所にいないなんて。


 ハンバーガーショップの光景を思い出しては、ため息を吐く。


 いつになく弱音を吐くほど、私は参っていた。




 そしてその夜、久しぶりに夢を見ないでぐっすりと眠った。


 可愛い妹にも騎士団にも会わず、私はひたすら熟睡したのだった。






 ***







「あれ、なんだかいつもよりスッキリしてる気がする」


 朝起きて伸びをしながら、私——彩弓あみは呟く。


 昨日まで何か悩みがあったはずなんだけど——なんだったかな?


 制服ブレザーに袖を通しながら考えていると、ノックの音が聞こえた。


「彩弓ちゃん、朝食ができてるわよ」


 ドアから顔を覗かせるお姉ちゃんに私は笑顔を向ける。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「え? 彩弓ちゃん? どうしたの?」

「何が?」

「何がってあなた……私のことをお姉ちゃんだなんて」

「お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ? 何もおかしなことは言ってないよ」

「彩弓ちゃん! あなた、元に戻ったのね!」

「元に戻るって何が?」


 嬉しそうなお姉ちゃんを見て、私は首を傾げる。


 元に戻るってなんのことだろう?


 お姉ちゃんは両手を合わせて拝みながら、泣いて喜んでいた。

 

「ああ、神様! ありがとうございます。ありがとうございます」

「変なお姉ちゃん」

  

 私は異様に喜ぶ姉をよそに、リビングに入ると、納豆ご飯を素早くかきこんで登校した。


 朝の通学路はいつもよりどんよりとした空をしていたけど、清々しい気持ちでいっぱいだった。


 するとそんな時、住宅地を歩いていたら、いきなり知らない男の子に声をかけられる。


「団長、おはよう」


 さらさらの赤毛にアーモンドの瞳をした、可愛い雰囲気の男の子だった。


 面識のない男の子に話しかけられて、私は目を瞬かせる。


 ……え? 団長? なんのことだろう? 応援団長?


「お、おはようございます。あの……私のことをご存じなんですか?」

「は? 団長……?」

「あの、すみません。私急いでいるので」

「え? ちょっと!」


 私は慌てて学校に向かう。人見知りの私は、知らない人と喋るのが苦手だった。

 

 けど、気になってちらりと後ろをうかがうと——私を団長と呼んだ人は、とても驚いた顔をしてずっとこちらを見ていた。


 あんな綺麗な人に声をかけられるなんて、なんだか不思議な感じ。


 でも、どことなく見たことあるんだよね。どこだったかな?

 

 ——そしてその後も奇妙な体験は続いた。


 友達に声をかけると、悲鳴をあげて逃げられるし、体育の時間はたくさんの人に応援されて、すごいプレッシャーで——まるでアイドルにでもなったような、そんな感じだった。


 いったい、私の身に何が起きたのだろう。


 私は現状が理解できないまま、ただ流れに身をまかせるしかなかった。






 ***






「ねぇ、どう思う?」


 体育館で隣のクラスの授業を見守っていたたけるは、尚人なおとに声をかける。

 

 尚人なおとはバスケットボールで駆け回る彩弓あみを見つめながらぽつりと告げた。


「本当に……団長は全てを忘れたみたいだね」

「何度か声をかけようとしたんだけど、逃げられたんだよね。団長、記憶が戻る前はあんな子だったんだ……」

「可愛い普通の女の子って感じだよね」


 尚人なおとの言葉に、たけるも頷く。


「俺たちのこと、完全に忘れたみたいだね。前世の記憶のことも。けど、襲われた件は未解決だし……こんな面識ゼロの状態でどうやって一緒に帰るの?」

「しばらくは知らないふりして見守るしかないんじゃない?」

「それもなんだか悲しいな」


 尚人なおと項垂うなだれていると、どこからともなく伊利亜いりあの声が聞こえた。


「……これでよかったんだろ」


 一つ下の学年だが、同じく体育の授業を受けていた伊利亜いりあが、クラスを抜けてきたようだった。


 だが伊利亜いりあが神出鬼没なことよりも、その発言にひっかかった健は、伊利亜に冷たい視線を送る。


伊里亜いりあは団長に忘れられて、悲しくないの?」


 たけるの刺々しい口調に、伊利亜いりあはあくまでドライに告げる。


「嫌なことを無理に思い出す必要なんてないだろ? この間は、過去のことをやたら知りたがってはいたが」

「それはそうだけど……」


 たけるが口惜しそうに言葉を濁す中、尚人なおと彩弓あみを観察しながら告げる。


「記憶のことをあれこれ言っても仕方ないよ。僕たちが団長の記憶をコントロールできるわけでもないんだし。様子を見ようよ」

「そうだな。とりあえず副団長……れい先輩にもこのことを伝えないと」


 たけるがそう決めると、三人は自分達のクラスに戻っていった。






 ***






「……はあ、やっと午前の授業が終わった」


 お昼休み。


 気づくと私——彩弓あみはぼっちになっていたので、お姉ちゃんが作ってくれたサンドイッチを自分の席で食べていた。


 ただ、一人なのに一人じゃないみたいで——なんだか違和感があった。


 ずっと誰かの視線を感じるけど……気のせいかな?


 そんな風に私が落ち着かないでいると——ふいに私の机に影ができる。


 見上げると、目の前には綺麗に揃えたボブヘアーの女の子が立っていた。


「ねぇ、あなた」

「え?」

彩弓あみさん……よね?」


 知らない女の子に名前を呼ばれて、私はサンドイッチを慌てて飲み込んだ。






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