第6話 忘れる幸せ
ハンバーガーショップに集まった〝虹の騎士団〟は、食事も落ち着いたところで、ジミールこと
「みんなに聞いてほしいことがあるんだ」
六人の視線が集中する中、
「実は団長、自分のことを覚えていないんだよ」
「……みたいだな」
猫顔のウンギリーこと
「団長、
「そうだ。うっかりあのことを喋りそうになって逃げたがな」
「そっか。でもどうしようね。ずっと言わないわけにもいかないし」
「知らない方が幸せなこともあるしね」
場が静まり返る中、優しい顔をしたホムルこと
「まさか自分の妹が結婚式目前で暗殺されて——さらに団長も処刑されるなんて……思わないよな」
「こら、公共の場で胸糞悪い話をするんじゃない」
そんな風に苛立ちを隠そうともしない
「
「思い出しただけでも腹が立つな」
言って、ナムストレイこと
すると、
「僕は、団長たちが殺されたことも辛いけど……それを知った
「同感」
「たくさん守ってもらった分、今は守れる存在になりたいな」
だからこそ今世では
「本人はまだ団長の頃のクセが抜けないけどね」
不穏な話から一変して、昔を思い出して笑う
「あいつ、無茶ばっかりするからな。いっそ前世の記憶なんてないほうが幸せなんじゃないか?」
「ちょっと
「
「過去のことを思い出してイライラするのは構わないけど、それを他人にあたるのは間違いだよ、伊利亜」
健に噛み付いた
そんな中、相変わらず空気を読まない
「過去のことを話して、弱った団長につけこむのはアリ?」
その言葉に、場は一気に殺気立つ。
見た目が可愛い団長なだけに、皆心配することは多かった。
「百パーナシだよ。言ったでしょ? 団長は皆の団長だって」
「それは
「なんだよ、公平だろ」
「二人ともやめろよ。団長には俺から話すから、これ以上喧嘩するんじゃない」
一触即発の雰囲気に副団長の
切れ長の目が印象的な
「そうだな。副団長なら、冷静に伝えられるだろうしな」
優しい面立ちで、平和主義者の
「本当に、それでいいのか……?」
「なに? まだ文句あるの?」
「なんだか嫌な予感がするんだ」
「
「とりあえずこの件は、
健がまとめると、
「団長がまさかあんな女の子だとは思わなかったけどね」
破天荒なのは今もだけど——と
「中身はまんま団長だよね」
ドッと笑いが起きる中、ふいに
すると、空気が一変して、周囲が静かになる。
「今度はなに?」
「昨日、
健が訊ねると、
「夜道はあぶないよね」
最後まで聞く前に
「それはそうだが——どうやら相手は素人じゃなかったようだ」
「それはどういうこと?」
場の温度がいっきに下がる中、
副団長の
「団長の体術は完璧だったが、相手に一度も攻撃が当たらなかったんだよ」
「それは……気になるね」
「団長も気づいているはずだ」
「だったら、これからしばらく団長を交代で送ってあげないと」
「お前たちはいいなぁ。団長と毎日一緒に帰るのか……それとも俺が車で送り迎えしようか?」
大学生の
「ダメだよ、
「昔はあんな堅物だったのに、人って変わるんだね」
「変わってないのは団長だけだろ?」
「そういう
「……どうだろうな」
***
月曜日の放課後。
先日、ハンバーガーショップに騎士団の連中が集まっているのを見てしまった私——
「なんだか今日は気が重いな……」
……あまり考え込むのは好きじゃないのだがな。どうしたものかな。
それでも私は、重い足を引きずって音楽室に向かう。
——が、音楽室の前まで来たところで足を止めた。
……本当に私は友達なのか? 前世で団長だったから、仕方なく付き合ってくれているだけじゃないのか?
考えれば考えるほど、体が動かなくなってしまい、私はとうとう音楽室から離れてしまう。
——どうしてしまったんだ、私は。
過去のことを自分だけ知らないという事実が重くのしかかる。
皆が知っていて、自分だけが知らないのは不公平だと思った。
仲間外れにされているわけでもないのに、いつの間にか疎外感が膨れ上がっていた。
——こんなに悲しいなら、団長の記憶なんて思いださなければよかったのに。
私だけあの場所にいないなんて。
ハンバーガーショップの光景を思い出しては、ため息を吐く。
いつになく弱音を吐くほど、私は参っていた。
そしてその夜、久しぶりに夢を見ないでぐっすりと眠った。
可愛い妹にも騎士団にも会わず、私はひたすら熟睡したのだった。
***
「あれ、なんだかいつもよりスッキリしてる気がする」
朝起きて伸びをしながら、私——
昨日まで何か悩みがあったはずなんだけど——なんだったかな?
「彩弓ちゃん、朝食ができてるわよ」
ドアから顔を覗かせるお姉ちゃんに私は笑顔を向ける。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「え? 彩弓ちゃん? どうしたの?」
「何が?」
「何がってあなた……私のことをお姉ちゃんだなんて」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ? 何もおかしなことは言ってないよ」
「彩弓ちゃん! あなた、元に戻ったのね!」
「元に戻るって何が?」
嬉しそうなお姉ちゃんを見て、私は首を傾げる。
元に戻るってなんのことだろう?
お姉ちゃんは両手を合わせて拝みながら、泣いて喜んでいた。
「ああ、神様! ありがとうございます。ありがとうございます」
「変なお姉ちゃん」
私は異様に喜ぶ姉をよそに、リビングに入ると、納豆ご飯を素早くかきこんで登校した。
朝の通学路はいつもよりどんよりとした空をしていたけど、清々しい気持ちでいっぱいだった。
するとそんな時、住宅地を歩いていたら、いきなり知らない男の子に声をかけられる。
「団長、おはよう」
さらさらの赤毛にアーモンドの瞳をした、可愛い雰囲気の男の子だった。
面識のない男の子に話しかけられて、私は目を瞬かせる。
……え? 団長? なんのことだろう? 応援団長?
「お、おはようございます。あの……私のことをご存じなんですか?」
「は? 団長……?」
「あの、すみません。私急いでいるので」
「え? ちょっと!」
私は慌てて学校に向かう。人見知りの私は、知らない人と喋るのが苦手だった。
けど、気になってちらりと後ろをうかがうと——私を団長と呼んだ人は、とても驚いた顔をしてずっとこちらを見ていた。
あんな綺麗な人に声をかけられるなんて、なんだか不思議な感じ。
でも、どことなく見たことあるんだよね。どこだったかな?
——そしてその後も奇妙な体験は続いた。
友達に声をかけると、悲鳴をあげて逃げられるし、体育の時間はたくさんの人に応援されて、すごいプレッシャーで——まるでアイドルにでもなったような、そんな感じだった。
いったい、私の身に何が起きたのだろう。
私は現状が理解できないまま、ただ流れに身をまかせるしかなかった。
***
「ねぇ、どう思う?」
体育館で隣のクラスの授業を見守っていた
「本当に……団長は全てを忘れたみたいだね」
「何度か声をかけようとしたんだけど、逃げられたんだよね。団長、記憶が戻る前はあんな子だったんだ……」
「可愛い普通の女の子って感じだよね」
「俺たちのこと、完全に忘れたみたいだね。前世の記憶のことも。けど、襲われた件は未解決だし……こんな面識ゼロの状態でどうやって一緒に帰るの?」
「しばらくは知らないふりして見守るしかないんじゃない?」
「それもなんだか悲しいな」
「……これでよかったんだろ」
一つ下の学年だが、同じく体育の授業を受けていた
だが
「
「嫌なことを無理に思い出す必要なんてないだろ? この間は、過去のことをやたら知りたがってはいたが」
「それはそうだけど……」
「記憶のことをあれこれ言っても仕方ないよ。僕たちが団長の記憶をコントロールできるわけでもないんだし。様子を見ようよ」
「そうだな。とりあえず副団長……
***
「……はあ、やっと午前の授業が終わった」
お昼休み。
気づくと私——
ただ、一人なのに一人じゃないみたいで——なんだか違和感があった。
ずっと誰かの視線を感じるけど……気のせいかな?
そんな風に私が落ち着かないでいると——ふいに私の机に影ができる。
見上げると、目の前には綺麗に揃えたボブヘアーの女の子が立っていた。
「ねぇ、あなた」
「え?」
「
知らない女の子に名前を呼ばれて、私はサンドイッチを慌てて飲み込んだ。
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