第4話 対等の友達



 体育館倉庫に知らない男子から呼び出された私——彩弓あみは、身に覚えのない罪に問われ、襲われるのだが——そこに偶然居合わせた前世の部下、ウンギリーが助太刀をしてくれたのだった。


「ウンギリー、私の背中は頼んだぞ」


 私が信頼している旨を伝えると、背中合わせのウンギリーは鼻で笑った。


 体育館倉庫のような密室で、男子生徒に囲まれても焦る様子はなかった。


「今は夕凪霧生ゆうなぎ きりうだ。全部で十人くらいか? 昔の団長なら、ひとひねりだったのにな」

「体格差ばかりはどうにもできないからな」

 

 私はウンギリー——キリウと喋りながらも、ひらりひらりと男子生徒の拳をかわした。


 こちらからも攻撃したいところだが、逆に足をとられそうで仕掛けることができなかった。


「これだから狭い場所は嫌いなんだ」


 私が吐き捨てるように言うと、ふいにキリウがぽつりと告げる。


「そういえば団長があんなことになった場所も――だったな」

「……え? なんの話だ?」

「いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」

「気になるじゃないか」

 

 その時だった。


 キリウの言葉が気になって振り返った瞬間、背中に何かの気配を感じて慌てて視線を戻す。


 すると木製のバットが私の頭上めがけて落下していた。


 が、気づいた頃には遅く。


 私は落ちてくるバットを見ていることしかできなかった。


 ———逃げられない!


 衝撃を覚悟する私だが。


 バットが落ちてくる寸前で、黒い影が私の視界をさえぎった。

 

「伊利亜!」


 いつから見ていたのだろうか。


 物陰から現れた伊利亜が、代わりにバットを素手で受け止めたのだった。


 ただ、さすがに素手だと無理があったらしい。


 伊利亜はバットを受け止めた瞬間、顔を歪めた。


「伊利亜! 何をやっているんだ」

「団長こそ何をやってるんだ! こんな小者たち相手に——ッ」

「痛むのか? 伊利亜」

「大したことない」


 なんてことない風に見せる伊利亜だが、その右手は赤く腫れていた。


 伊利亜の赤い手を見ていると——私の中で沸々と何かが燃えたぎるのを感じる。


 ああ、そうだ。忘れていた。


 こいつは昔から私に心配ばかりかけるんだ——。


「なんだなんだ? もうちょっとのところで、横入りしやがって」


 バットで襲いかかってきた男子生徒が舌打ちをする。

 

 その瞬間、私は自分でもブチ切れるのがわかった。


「こんのっ! バカモンがぁあああああ」


 伊利亜の怪我を見て興奮した私は、思わず男子生徒たちに頭突きをくらわしていた。


 いつものことだが——部下に何かあると私は自分を見失うことがあった。


 騎士である限り、戦場に出れば怪我をすることも少なくはない。


 だが自分の子供のように育てた部下たちのことなので、どうしても耐えられなかった。


 ——と、そんな風に私が頭突きで暴れ回る中、ガチャンと音を立てて体育館倉庫の扉が開いた。


 誰かが鍵を壊したのかもしれない。複数の足音がパタパタと体育館倉庫に入ってくるのがわかった。


 たける尚人なおとだった。


 その気配に気づいてはいたもの、私は止まらなかった。


 それから私は襲ってきた男子生徒たち全員に頭突きをくらわせたあとも、胸倉を掴んでさらに殴ろうとしたが——。


「だめだよ、団長」


 ふいに、誰かのぬくもりに包まれた。


「ほら、深呼吸して」


 大きな体に抱きしめられて、私は思わず動きを止める。


 そして言われるがままに深呼吸をしたあと、視線を上げると——そこには、にこやかにこちらを見下ろす茶髪の美形——尚人なおとの顔があった。


「……尚人?」

「もう大丈夫だから、誰も傷ついたりしないから……もういいんだよ」


 いつの間にか尚人に抱きしめられていた私は、子供をあやすように背中をトントンと叩かれる。


 すると、肩から力が抜けて、私はその場で気を失った。




 そして次に目覚めた時——私は自宅マンションのベッドにいた。




「……私はどうしてここに?」


 さっきまで学校にいたはずが、いったいどういうことだろう。


 私は不思議な気持ちで身を起こすと、隣のリビングに移動する。


「あ、目が覚めたみたいだね」


 すると、リビングのコの字ソファには笑顔のたけるがいて、私に手を振った。その隣には、尚人なおと伊利亜いりあも座っている。


ジミール尚人テナ伊利亜グクリア。お前たちなんでここにいるんだ?」


 訊ねると、伊利亜いりあが呆れた目を私に向ける。


「なんでここにいるんだ、じゃないぞ。襲ってきた男子生徒たちに頭突きして気を失ったんだろ」

 

 伊利亜の言葉に続き、健も笑いながら告げる。


「危なかったね。最初はどうなることかと思ってたけど、逆に彩弓あみが停学を食らうところだったよ」

「見てたのか? いつから?」


 私の問いに答えたのは、尚人だった。


「倉庫の隙間から……最初から見てたんだけど、彩弓がバットで殴られそうになった時はひやっとしたよ。中にいた伊利亜が真っ先に飛び出していったけど」

「そういえば……」


 伊利亜の右手に包帯が巻かれていることに気づいた私は、そっとその手を両手で包み込んだ。


「すまない。私の不注意のせいでこんな怪我をさせてしまった」

「ああ、ほんとだよ。お前、昔とは違うんだから気をつけろよ」

 

 伊利亜いりあはそっぽを向いて、私の手を振り払った。

 

 その言葉にはトゲがあったが、どこか優しさのようなものも含まれていた。

 

「そうだよ。彩弓あみは今、小さくてとっても柔らかいんだから、気をつけないとダメだよ」

尚人なおと、抱きしめた感想はいらないから」

 

 たけるはツッコミを入れるが、尚人なおとの発言のせいで、微妙な空気になり——沈黙が続いた。


 だが私は大事なことを思い出して、沈黙を破る。


「そうだ! ウンギリーに会ったんだ!」

「ああ、霧生きりう先輩ね」


 健は知っている様子で頷いた。

 

「知っていたのか?」

「いや、彩弓あみが気絶してる間に少し話したんだけど。バスケ部のOBらしいよ。今大学生だって」

「そうなのか。また会えるだろうか?」

「わりと頻繁に来てるみたいだから、また会えると思うよ」


 その希望に満ちた言葉に、私は顔を輝かせる。


 せっかく会えたのだから、このままで終わらせたくはないものだ。


 他のメンバーともそうだが、私はもっと騎士たちと友好を深めたい。


 そんな風に思っていると、ふいに伊利亜が訊ねてくる。


「そんなにウンギリーに会いたいのか?」


 伊利亜の怪訝な顔を見て、健が笑って告げる。

 

「伊利亜、妬かないの。どうせ彩弓あみは昔の仲間全員に会いたいんだから、なんてないよ」

「ば、ばかなことを言うな。なんで俺がこんなおっさんに妬かないといけないんだ」

「彩弓がピンチだったとき、誰よりも真っ先に飛んでったのは誰だよ」


 健に指摘され、伊利亜は顔を背ける。


「あれはだな……とっさに体が動いただけだ」


 健がため息混じりに「はいはい」と言う中、私は首を傾げる。


「おい、それ以外の意味とはなんだ?」

 

 訊ねると、健と伊利亜はぎょっとした顔をする。


「彩弓、ライクとラブの意味の違いはわかる?」


 尚人に訊かれて、私は大きく頷く。


「もちろんだ。それがどうかしたのか?」


 なぜか三人に呆れた目を向けられる私だったが——そんな時、キッチンのほうから足音とともに甲高い声が響いた。

 

彩弓あみちゃ~ん! ケーキを持ってきたわよ!」

「ああ、姉さん。ありがとう」


 現れたのは、大きなお盆を持った姉の友梨香ゆりかだ。


 姉は肩までの髪を揺らしながら、ケーキを近くのテーブルに並べた。


 私より六つ年上の姉は、大手企業に勤めるOLで、私よりもずっと綺麗な人だった。


 そんな姉に、騎士たちをいかに自慢しようかと考えていると——姉はふと考えるそぶりを見せる。


「やっぱりお赤飯のほうが良かったかしら?」

「姉さん、もう食事前だから、あまり重いものは良くないだろう」

「もう、彩弓ちゃんったら、こんなにたくさんのイケメンを連れてきて……うぅ」

「姉さん、何を泣いているんだ?」

「最近オヤジくさい喋り方になって、とても心配だったけど……こんな素敵なイケメンたちを家に連れてくる日が来るなんて! 皆さん、彩弓をどうぞよろしくお願いしますぅ」

「いえいえ、お姉さん。こちらこそよろしくお願いします」

 

 健が爽やかに笑うと、私の姉はきゃーと悲鳴をあげながら去っていった。


「面白いお姉さんだね」


 尚人の感想に、私は小さく頷く。


「とても良い姉なんだが、少々心配症でな」

「お姉さんが心配する気持ちもわからなくはないよ」


 そう言ってため息を落とす健に、私は手を合わせてお願いする。


「お願いだ、姉さんには今回の件は言わないでくれ」

「もちろん、誰にも言ってないよ」


 尚人にそう言われて、胸を撫で下ろす私だが——。


「そういえば、あの男子生徒たちはあの後どうなったんだ?」

「ああ、それなら僕が穏便に解決したよ? ちゃんと彩弓たちの会話を録音しておいたから」


 悪い顔をする健に、伊利亜は白い目を向ける。


「それは強迫ってやつだろ。どこが穏便なんだよ」

「あいつら、彩弓を裸にしてネットにさらすって言ったんだよ? 僕の強迫なんて可愛いものだよ」

「私はお前たちのためなら、裸になることもいとわんがな!」


 私が親指を立ててウインクすると、伊利亜がむせた。


「彩弓、もうちょっと慎みを持って。仮にも女の子がその発言はまずいよ」


 健に指摘され、私は豪快に笑う。


「半分は冗談だ」

「半分は本気なんだね」


 尚人に真面目な顔で返されて、私はうんうんと頷く。


「大事な部下だからな」

「今はお前に守られるような立場じゃないだろ」


 伊利亜の言葉に、健も頷く。


「そうだよ、彩弓。今後は俺たちのためとか思わず、自分を守ることを優先しなよ」


 まさかそんなことを言われるとは……。


 予想もしていなかった言葉に、私はしょんぼりと肩を落とす。


 団長たるもの、皆を守ってこそだと思っていたが——現世の騎士たちには、私は不要ということなのか?


「……なんだか寂しいな」

「前世とは違うし、僕たちには新しい付き合い方ができると思うよ。友達もいいものだよ」


 健の前向きな言葉に、私は顔を輝かせる。


「そうか? そうだな!」

「……単純」

「なんか言ったか? 伊利亜」

「別に」





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