第3話 体育館倉庫で眠る男



 ハンバーガーショップで騎士団と集まっていた私——彩弓あみは、エジンという知り合いに瓜二つの青年を見つけて、近づいてみたわけだが。


 私がデートに誘われたところで騎士たちが割り込むと、エジン似の青年は、驚いた顔をしていた。


 まあ、それも仕方のないことだろう。いきなり知らない男どもにテーブルを囲まれたのだから。


 エジン似の青年が困惑する中、ジミール——たけるは、慌てて自分たちの素性を説明する。


 健が前世の記憶について話すと、エジン似の彼は信じられないという顔をしていた。


 なんてワクワクする展開だろうか。


 ジミールたちの名前を知っているからには、彼にも前世の記憶があるに違いない。


 そして彼がエジンだと確定したことで、同じ席に集まった私たちは、他にも仲間がいることを告げた。


「つまり……前世で騎士団をしていたメンバーを集めているってことか? なんのために?」


 エジン——現在は江地甚十えじ じんとと言うらしい。大学二年生の彼は、私たちの話に興味津々だった。


 だが、健はやや残念そうに告げる。


「せっかくまた巡り会えたんだから、一緒にお酒でも飲もうって言いたいところだけど、僕たち未成年なんだよね」

「前世では一番年下だった俺が、一番年上なのか……妙な感じだな。それより、本当にその子が団長なのか?」


 やはり私だけ容姿が違うことに違和感があるあらしい。


 エジン——甚十じんとさんにそう言われて、私は自身の証明について考えてみる。


 今の私に出来ることといえば、一つしかないだろう。


「疑うなら、手合わせしてみるか?」


 私が好戦的な目で伝えると、甚十さんはおかしそうな顔をする。


「いや、その言葉がもう団長だよ。俺はグクリアじゃないから、女の子に暴力をふるったりはしないよ」

「なんだと?」

 

 甚十さんの言葉に、伊利亜は片眉をあげる。


 少しだけ不穏な空気になるのを見て、私は団長らしく伊利亜をフォローしてやることにした。 


「私は喧嘩は嫌いだが、正々堂々と戦う奴は嫌いじゃない」


 すると、たけるが小さく噴き出す。


「団長はわかりやすく団長してるよね。ギャップのある美少女ってむしろイイ感じじゃない?」


 その言葉に、テナ——尚人なおとも笑顔で頷く。


「おっさん口調も慣れれば可愛いかも」

「あんたたちはどれだけ前向きなんだよ。いいか? あの熱血オヤジがこの中に詰まってるんだぞ? 存在が暑苦しいだろ」


 伊利亜の言葉に私は固まった。


 むむ……暑苦しいとはどういうことだ?


 熱い男と言われるのは悪い気はしないが、暑苦しいと言われるのはなんとなく複雑だった。


 私が一人不満を抱いていると——甚十じんとさんは不敵に笑う。


「じゃあ、彩弓あみちゃんのこと俺が狙っても問題ないよな? 伊利亜は横入りするなよ」


 狙う? なんの話だろうか。


 私が首を傾げていると、尚人が嫌そうな顔をする。


「ええー、団長はみんなの団長だろ、誰か一人に取られるのはつまらないよ」

「それは言えてる。しばらくは団長であそびた……いや、一緒に遊びたいしね」


 健の言葉に何か引っかかったらしい。


 伊利亜いりあが、怪訝な顔をする。


「今、団長で遊ぶって言わなかったか?」

「ううん。気のせいだよ。そんな大それたこと僕にはできないから」

「今も昔も、たける……先輩は胡散臭いんだよ」

「心外だなぁ」

 

 伊利亜に胡散臭いと言われても、ちっとも不快そうに見えない健は、さすがジミールという感じだった。


 ジミールは昔から些細なことは気にしない性質タチだからな。


 そんな昔から変わらないやりとりを微笑ましげに見ていると、尚人なおとが不思議そうな顔をこちらに向ける。


「団長、どうしたの? すっごい笑顔だけど」

「いや、こうやってみんなと語りあうことが幸せだと思ってな。やはり仲間とはいいものだな」

「……もしかしてだけどさ。ちょっと嫌なこと聞くけど……彩弓って友達いないの?」


 さすが健である。誰よりも鋭い洞察力だ。


 私は正直に告げる。


「ああ。実はそうなんだ」


 すると、いつも大人しかったテナ——尚人が驚きの声をあげた。


「ええ!? そうなの?」

「クラスメイトに話しかけると、みんな悲鳴をあげて逃げるんだ」


 どうしてこんなことになったのだろう。


 以前は普通に接してくれていたクラスメイトたちが、私と距離を取るようになった。それも前世の記憶を取り戻してからだ。


 周りの見る目が変わったということは——私が何かしたに違いない。


 私がクラスメイトたちの冷ややかな視線を思い出しながら、暗い顔をしていると、相変わらず察しの良いたけるが訊ねてくる。


彩弓あみ、なんかしたの?」

「記憶が戻るまでは友達もいたんだが。やはりおっさんに女子高生の相手はキツイのか?」


 私が気持ちのままに告げると、甚十さんが憐れむようにこちらを見る。


「こんな人懐っこい彩弓ちゃんがぼっちだなんて……なんだか可哀相だな。おい伊利亜、なんとかしてやれよ」

「なんで俺なんだよ。今の俺が年下だからって命令するなよ」

「どうせお前、昔のように男女問わずモテるんだろ? 友達くらいなんとかできるだろ」


 確かに、伊利亜は老若男女にモテるやつだった。


 美しい容姿だったのもあるが、普段はクールなくせに、猫を助けたりするから、ギャップが良いのだと酒場の女将がよく言っていた。


 だから私も、期待を込めた目で伊利亜を見る——が、健がため息混じりに告げる。


「甚十さん、ごめん。伊利亜もぼっちなんだよ」

「そうなのか?」

「高嶺の花って呼ばれてるらしいよ。綺麗すぎて近寄れないって。誰にもまともに相手してもらえないから、性格もこじらせてるし」


 伊利亜よ……昔はあんなに人気者だったのが、今では私と同じだなんて残念なやつだな。

 

 だがこういう時こそ団結すればいいだろう。


 私は思い切って提案してやった。


「だったら、私が伊利亜の友達になればいい。――いや、もう友達だな。今はまだ会ったばかりだが、昔と違って世代も変わらないし、友好を深めような」


 私が親指を立ててウインクすると、隣の伊利亜はむせた。


 すると、そんな私の親指を両手で包み込んだ甚十さんが、色気のある目を私に向けてくる。


「だったら俺とも仲良くしてほしいな」

「ああ、甚十さんも友達だ」

「俺はできれば友達以上に——」

「はい、イエローカード! ダメだよ、甚十さん。今はみんなの団長だからね。彩弓と友達以上になりたいなら、俺を倒してからにしてくれます?」


 私の手から、甚十さんの手を引き剥がした健がそう言うと、


「……冗談。お前とやりあったら、殺し合いになるだろ」


 甚十さんは肩を竦めてみせたのだった。



 その後、私たちは昔話で大いに盛り上がり解散した。


 久しぶりの仲間との語らいを満喫して、私は柄にもなく舞い上がっていたと思う。


 これで大好きな酒があれば、もっと良かったのだが……まあ、人生まだまだこれからだ。成人までは酒くらい我慢してやろう。






 ***







 ————翌日。


「ねぇ、尚人テナ

「なに? どうしたの? ジミール


 体育館で隣のクラスの授業風景を覗き見していたたけるは、同じく授業をサボって隣にいる尚人なおとに話しかける。


「実は彩弓あみのことなんだけどさ」

彩弓あみが何かあったの?」


 二人の視線の先には、バスケット中の彩弓の姿があった。


 羽でもあるかのように軽くドリブルをする彩弓の姿は、誰が見ても輝いていた。


 そんな彩弓を見ながら、健はため息を吐く。


「そういうわけじゃないよ。友達がいないって言ってたから、不思議に思って調べてみたんだよ」

「それで?」

「……どうやら彩弓、男子にも女子にも人気過ぎて、誰も近寄ることができないみたいなんだ」

「ぷっ、なにそれ」

「なんか、困ってる女の子を見かけたら、片っ端から助けたり、乱闘騒ぎをおさめたりしてるみたいだよ」

「なんだか団長らしいね」

「あ、噂をすれば!」

 

 彩弓が健たちの方に向かって走ってくるのを見て、慌てて健は顔を伏せた。


 すると、クラスメイトの間を縫うようにして移動した彩弓がシュートをきめた瞬間、黄色い悲鳴があがった。


「今も昔も、騎士団のメンバーは目立つね。人のこと言えないけど」

 

 健がしみじみ言うと、ふいに尚人が体育館の異変に気づく。


「ん?」

「どうしたの? 尚人」

「体育館の隅にいる連中、彩弓を見てこそこそ話してる——なんか嫌な感じがする」

「ほんとだ。注意しないとね」


 彩弓を見て、下品な笑みを浮かべる複数の男子生徒たち。


 嫌な空気を察した二人は、互いに顔を見合わせて体育館をあとにした。






 ***






「よう、伊利亜いりあ、元気か?」


 一日の授業が終わって、なんだかスッキリした気分の私——彩弓あみは、廊下で通りすがりの伊利亜いりあに片手で挨拶をする。


 だが、伊利亜は相変わらずニコリともしなかった。


「もっと普通に挨拶できないか? 中身がおっさんだとバレるぞ」

「そうか。気をつけよう」

「ところで、下校時刻はとっくにすぎてるのになんでこんなところにいるんだ?」

「ああ、ちょっと男子生徒に呼びだされてな。これから体育館倉庫に向かう予定だ」

「……へぇ。お前、モテるんだな」

「お前こそすごいじゃないか」

「なんのことだ?」

「今日は十人に告白されたらしいな。たけるから聞いたぞ」

「……あいつ、余計なことを」

「こらこら、今はたけるが先輩だぞ」

「わかってる」

「じゃあ、男子生徒が待っているかもしれないから、私は行くぞ」

「ああ。じゃあな」

 

 本当はもっと話していたかったのだが、仕方なく私は呼び出してきた男子の元へと——体育館倉庫に向かった。




 カビの臭いが漂う体育館倉庫には、マットや跳び箱などが積まれていたが、それでも教室の三分の一ほどのスペースは残っていた。


 そこに、私を呼び出した生徒が十人。見たことのない顔ぶれが集まっていたが。


 どうして灯りをつけないのだろう——そんなことを思っていると、私を呼び出した男子の一人が、暗い声で告げる。


「よくのこのことやってきたな」


 気づくと囲まれていた。


 決して好意的ではないその雰囲気に警戒していると、背中でガチャリ……と、カギをしめる音がした。


 それでも私が余裕を見せると、別の生徒が怒りをあらわにして告げる。


「お前、むかつくんだよ。人のことをコケにしやがって」

「私はあなたの顔を全く覚えていないが……何かしたか?」


 凡庸ぼんような顔をした少年だった。平均的といっていいだろう。騎士団の面々の——派手顔に慣れてしまったせいか、他の生徒の顔を覚えられなくなってしまった私は、正直な言葉を伝えた。

 

 しかし、目の前の彼はその言葉が気に食わなかったらしい。逆上キレ気味に訴えてきた。


「なんだと!? 俺はお前に三度も殴られたんだぞ」

「私は正当な理由がなければ人を殴ったりしない」


 そうだ。私は正当な理由がなければ、暴力など振るったりしないのだ。


 健にはそれもやめるよう言われているが、仕方のない話だった。


 すると、最初に声をかけてきた暗い男子が、吐き捨てるように言った。


「……ふん。今度こそ、そのすました顔を歪めてやる」

「お前の裸の写真をとって、ネットにさらしてやる」


 平凡顔の少年にもそんなことを言われ、私は腕を組んで考える。


 ——いや、それはよくないことだろう。


 だから警告のつもりで私は口を開く。


「ほう。お前、女の裸体に興味があるのか。だからといって、私が裸体をさらすわけにはいかないな。うちの姉がショックで死んでしまう」


 私が正直に告げる中、どこからともなくガサガサと衣が擦れる音がした。

 

 他にも客がいたらしい。


 周囲を見回すと、すぐ近くのマットにジャージで寝ている男子を発見する。


 男子はゆっくりと上半身を起こすと、伸びをしながら口を開いた。 


「うるさいな……いったい誰だ、こんなところで騒ぐやつは」


 そのゆっくりとした動作を食い入るように見つめていた私だが——その顔を見るなり、驚きに見開いた。


 見たことのある顔だった。


「おお、その顔! ウンギリーではないか。久しいな」


 私がそう告げると、元部下の騎士——ウンギリーにそっくりな青年はどうでも良さそうな顔でこちらを見る。


「ん? 誰だあんた。俺の前世の名前を知っているなんてな」

「私は〝虹の騎士団〟の団長だ」

「それは本気で言ってるのか?」

「いかにも、だ」

「その言い方、確かに団長だが……前を見たほうがいいぞ」


 ウンギリーの顔を持つ者に指摘され、慌てて前を向くと、男子生徒たちがいっせいに襲い掛かってきた。


 が、軽くかわして転んだ相手を足蹴あしげにしてやると、激高した生徒がさらに何度もつかみかかってくる。


「その動き、紛れもなく団長だな。なんだか知らんが、加勢しようか?」


 ウンギリーの言葉に、私は頷く。


「すまない。そうしてもらえると助かる。狭くてうまく動けないんだ」

「団長は狭いところが苦手だったからな。よしっ」


 そして私とウンギリーは背中合わせになって、男子生徒に立ち向かった。




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