第3話 体育館倉庫で眠る男
ハンバーガーショップで騎士団と集まっていた私——
私がデートに誘われたところで騎士たちが割り込むと、エジン似の青年は、驚いた顔をしていた。
まあ、それも仕方のないことだろう。いきなり知らない男どもにテーブルを囲まれたのだから。
エジン似の青年が困惑する中、ジミール——
健が前世の記憶について話すと、エジン似の彼は信じられないという顔をしていた。
なんてワクワクする展開だろうか。
ジミールたちの名前を知っているからには、彼にも前世の記憶があるに違いない。
そして彼がエジンだと確定したことで、同じ席に集まった私たちは、他にも仲間がいることを告げた。
「つまり……前世で騎士団をしていたメンバーを集めているってことか? なんのために?」
エジン——現在は
だが、健はやや残念そうに告げる。
「せっかくまた巡り会えたんだから、一緒にお酒でも飲もうって言いたいところだけど、僕たち未成年なんだよね」
「前世では一番年下だった俺が、一番年上なのか……妙な感じだな。それより、本当にその子が団長なのか?」
やはり私だけ容姿が違うことに違和感があるあらしい。
エジン——
今の私に出来ることといえば、一つしかないだろう。
「疑うなら、手合わせしてみるか?」
私が好戦的な目で伝えると、甚十さんはおかしそうな顔をする。
「いや、その言葉がもう団長だよ。俺はグクリアじゃないから、女の子に暴力をふるったりはしないよ」
「なんだと?」
甚十さんの言葉に、伊利亜は片眉をあげる。
少しだけ不穏な空気になるのを見て、私は団長らしく伊利亜をフォローしてやることにした。
「私は喧嘩は嫌いだが、正々堂々と戦う奴は嫌いじゃない」
すると、
「団長はわかりやすく団長してるよね。ギャップのある美少女ってむしろイイ感じじゃない?」
その言葉に、テナ——
「おっさん口調も慣れれば可愛いかも」
「あんたたちはどれだけ前向きなんだよ。いいか? あの熱血オヤジがこの中に詰まってるんだぞ? 存在が暑苦しいだろ」
伊利亜の言葉に私は固まった。
むむ……暑苦しいとはどういうことだ?
熱い男と言われるのは悪い気はしないが、暑苦しいと言われるのはなんとなく複雑だった。
私が一人不満を抱いていると——
「じゃあ、
狙う? なんの話だろうか。
私が首を傾げていると、尚人が嫌そうな顔をする。
「ええー、団長はみんなの団長だろ、誰か一人に取られるのはつまらないよ」
「それは言えてる。しばらくは団長であそびた……いや、一緒に遊びたいしね」
健の言葉に何か引っかかったらしい。
「今、団長で遊ぶって言わなかったか?」
「ううん。気のせいだよ。そんな大それたこと僕にはできないから」
「今も昔も、
「心外だなぁ」
伊利亜に胡散臭いと言われても、ちっとも不快そうに見えない健は、さすがジミールという感じだった。
ジミールは昔から些細なことは気にしない
そんな昔から変わらないやりとりを微笑ましげに見ていると、
「団長、どうしたの? すっごい笑顔だけど」
「いや、こうやってみんなと語りあうことが幸せだと思ってな。やはり仲間とはいいものだな」
「……もしかしてだけどさ。ちょっと嫌なこと聞くけど……彩弓って友達いないの?」
さすが健である。誰よりも鋭い洞察力だ。
私は正直に告げる。
「ああ。実はそうなんだ」
すると、いつも大人しかったテナ——尚人が驚きの声をあげた。
「ええ!? そうなの?」
「クラスメイトに話しかけると、みんな悲鳴をあげて逃げるんだ」
どうしてこんなことになったのだろう。
以前は普通に接してくれていたクラスメイトたちが、私と距離を取るようになった。それも前世の記憶を取り戻してからだ。
周りの見る目が変わったということは——私が何かしたに違いない。
私がクラスメイトたちの冷ややかな視線を思い出しながら、暗い顔をしていると、相変わらず察しの良い
「
「記憶が戻るまでは友達もいたんだが。やはりおっさんに女子高生の相手はキツイのか?」
私が気持ちのままに告げると、甚十さんが憐れむようにこちらを見る。
「こんな人懐っこい彩弓ちゃんがぼっちだなんて……なんだか可哀相だな。おい伊利亜、なんとかしてやれよ」
「なんで俺なんだよ。今の俺が年下だからって命令するなよ」
「どうせお前、昔のように男女問わずモテるんだろ? 友達くらいなんとかできるだろ」
確かに、伊利亜は老若男女にモテるやつだった。
美しい容姿だったのもあるが、普段はクールなくせに、猫を助けたりするから、ギャップが良いのだと酒場の女将がよく言っていた。
だから私も、期待を込めた目で伊利亜を見る——が、健がため息混じりに告げる。
「甚十さん、ごめん。伊利亜もぼっちなんだよ」
「そうなのか?」
「高嶺の花って呼ばれてるらしいよ。綺麗すぎて近寄れないって。誰にもまともに相手してもらえないから、性格もこじらせてるし」
伊利亜よ……昔はあんなに人気者だったのが、今では私と同じだなんて残念なやつだな。
だがこういう時こそ団結すればいいだろう。
私は思い切って提案してやった。
「だったら、私が伊利亜の友達になればいい。――いや、もう友達だな。今はまだ会ったばかりだが、昔と違って世代も変わらないし、友好を深めような」
私が親指を立ててウインクすると、隣の伊利亜はむせた。
すると、そんな私の親指を両手で包み込んだ甚十さんが、色気のある目を私に向けてくる。
「だったら俺とも仲良くしてほしいな」
「ああ、甚十さんも友達だ」
「俺はできれば友達以上に——」
「はい、イエローカード! ダメだよ、甚十さん。今はみんなの団長だからね。彩弓と友達以上になりたいなら、俺を倒してからにしてくれます?」
私の手から、甚十さんの手を引き剥がした健がそう言うと、
「……冗談。お前とやりあったら、殺し合いになるだろ」
甚十さんは肩を竦めてみせたのだった。
その後、私たちは昔話で大いに盛り上がり解散した。
久しぶりの仲間との語らいを満喫して、私は柄にもなく舞い上がっていたと思う。
これで大好きな酒があれば、もっと良かったのだが……まあ、人生まだまだこれからだ。成人までは酒くらい我慢してやろう。
***
————翌日。
「ねぇ、
「なに? どうしたの?
体育館で隣のクラスの授業風景を覗き見していた
「実は
「
二人の視線の先には、バスケット中の彩弓の姿があった。
羽でもあるかのように軽くドリブルをする彩弓の姿は、誰が見ても輝いていた。
そんな彩弓を見ながら、健はため息を吐く。
「そういうわけじゃないよ。友達がいないって言ってたから、不思議に思って調べてみたんだよ」
「それで?」
「……どうやら彩弓、男子にも女子にも人気過ぎて、誰も近寄ることができないみたいなんだ」
「ぷっ、なにそれ」
「なんか、困ってる女の子を見かけたら、片っ端から助けたり、乱闘騒ぎをおさめたりしてるみたいだよ」
「なんだか団長らしいね」
「あ、噂をすれば!」
彩弓が健たちの方に向かって走ってくるのを見て、慌てて健は顔を伏せた。
すると、クラスメイトの間を縫うようにして移動した彩弓がシュートをきめた瞬間、黄色い悲鳴があがった。
「今も昔も、騎士団のメンバーは目立つね。人のこと言えないけど」
健がしみじみ言うと、ふいに尚人が体育館の異変に気づく。
「ん?」
「どうしたの? 尚人」
「体育館の隅にいる連中、彩弓を見てこそこそ話してる——なんか嫌な感じがする」
「ほんとだ。注意しないとね」
彩弓を見て、下品な笑みを浮かべる複数の男子生徒たち。
嫌な空気を察した二人は、互いに顔を見合わせて体育館をあとにした。
***
「よう、
一日の授業が終わって、なんだかスッキリした気分の私——
だが、伊利亜は相変わらずニコリともしなかった。
「もっと普通に挨拶できないか? 中身がおっさんだとバレるぞ」
「そうか。気をつけよう」
「ところで、下校時刻はとっくにすぎてるのになんでこんなところにいるんだ?」
「ああ、ちょっと男子生徒に呼びだされてな。これから体育館倉庫に向かう予定だ」
「……へぇ。お前、モテるんだな」
「お前こそすごいじゃないか」
「なんのことだ?」
「今日は十人に告白されたらしいな。
「……あいつ、余計なことを」
「こらこら、今は
「わかってる」
「じゃあ、男子生徒が待っているかもしれないから、私は行くぞ」
「ああ。じゃあな」
本当はもっと話していたかったのだが、仕方なく私は呼び出してきた男子の元へと——体育館倉庫に向かった。
カビの臭いが漂う体育館倉庫には、マットや跳び箱などが積まれていたが、それでも教室の三分の一ほどのスペースは残っていた。
そこに、私を呼び出した生徒が十人。見たことのない顔ぶれが集まっていたが。
どうして灯りをつけないのだろう——そんなことを思っていると、私を呼び出した男子の一人が、暗い声で告げる。
「よくのこのことやってきたな」
気づくと囲まれていた。
決して好意的ではないその雰囲気に警戒していると、背中でガチャリ……と、カギをしめる音がした。
それでも私が余裕を見せると、別の生徒が怒りを
「お前、むかつくんだよ。人のことをコケにしやがって」
「私はあなたの顔を全く覚えていないが……何かしたか?」
しかし、目の前の彼はその言葉が気に食わなかったらしい。
「なんだと!? 俺はお前に三度も殴られたんだぞ」
「私は正当な理由がなければ人を殴ったりしない」
そうだ。私は正当な理由がなければ、暴力など振るったりしないのだ。
健にはそれもやめるよう言われているが、仕方のない話だった。
すると、最初に声をかけてきた暗い男子が、吐き捨てるように言った。
「……ふん。今度こそ、そのすました顔を歪めてやる」
「お前の裸の写真をとって、ネットにさらしてやる」
平凡顔の少年にもそんなことを言われ、私は腕を組んで考える。
——いや、それはよくないことだろう。
だから警告のつもりで私は口を開く。
「ほう。お前、女の裸体に興味があるのか。だからといって、私が裸体をさらすわけにはいかないな。うちの姉がショックで死んでしまう」
私が正直に告げる中、どこからともなくガサガサと衣が擦れる音がした。
他にも客がいたらしい。
周囲を見回すと、すぐ近くのマットにジャージで寝ている男子を発見する。
男子はゆっくりと上半身を起こすと、伸びをしながら口を開いた。
「うるさいな……いったい誰だ、こんなところで騒ぐやつは」
そのゆっくりとした動作を食い入るように見つめていた私だが——その顔を見るなり、驚きに見開いた。
見たことのある顔だった。
「おお、その顔! ウンギリーではないか。久しいな」
私がそう告げると、元部下の騎士——ウンギリーにそっくりな青年はどうでも良さそうな顔でこちらを見る。
「ん? 誰だあんた。俺の前世の名前を知っているなんてな」
「私は〝虹の騎士団〟の団長だ」
「それは本気で言ってるのか?」
「いかにも、だ」
「その言い方、確かに団長だが……前を見たほうがいいぞ」
ウンギリーの顔を持つ者に指摘され、慌てて前を向くと、男子生徒たちがいっせいに襲い掛かってきた。
が、軽くかわして転んだ相手を
「その動き、紛れもなく団長だな。なんだか知らんが、加勢しようか?」
ウンギリーの言葉に、私は頷く。
「すまない。そうしてもらえると助かる。狭くてうまく動けないんだ」
「団長は狭いところが苦手だったからな。よしっ」
そして私とウンギリーは背中合わせになって、男子生徒に立ち向かった。
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